48話 対談開始!
「ふざけんじゃないわよ!」
と一喝した(ハンドルネーム)ケットシーちゃんだったが、それに対してはるぴよはどう対応したら良いのか戸惑っていた。
凄んできたケットシーちゃんがまるで怖くないのである。
「そうそう……そうよね! ケットシーさんは私たちはるぴよチャンネルの方針に文句があって来たんだものね! 一応事前にチャットで打合せていた通り、この対談の様子も動画にさせてもらうつもりだけど良いかしら?」
「もちろん構わないわよ! そのつもりで来たんだから! どっちが正しいか視聴者に決めてもらおうじゃないのよ!」
えへんと(やや小ぶりな)胸を張ったケットシーちゃんに対し、本来はるぴよは戦闘態勢を取るべきなのだがどうもそうはいかなかった。
「あ、あのケットシーさん? きっと長丁場になるだろうし、フラペチーノでも飲みながら話さない? さっきあっちにスターパックスもあったし」
「……そんな都会のお洒落なもの飲んだことないもの、アタシ……」
「あら、そうなの? なら折角だし飲んでみない? けっこう美味しいと思うわよ? ウチのチャンネルで奢るし」
「はぁ? 別にアンタみたいな人間に奢ってもらいたくないんですけど? アタシはアンタたちに文句があるから出演するだけなんですけど?」
怒ってみた顔も、少女らしい可愛らしさの一面にしか見えない。
あんな風に感情を素直に表出できる少女時代を自分も過ごせていたら、どれだけ幸せだっただろうか?
ふとそんなことをはるぴよは思ってしまうのだった。
「あ、いえ、これは正当な報酬よ? ご存知の通りウチのチャンネルは再生回数に応じた広告費をいただくことで運営が成り立っているわ。そこにケットシーさんが今回出演してくれるわけだから、本来ならば見込まれる再生回数に応じた出演料をお支払いするのが妥当よ? ただケットシーさんは事前に金銭は受け取らないと仰っていたから、あくまで私の個人的なお礼の気持ちとしてそれくらいは奢らせてください。……それともお茶も要らないくらいに自分の言いたいことだけ言って、ケットシーさんは帰っちゃうつもりなのかしら?」
「いや、別に……そんなつもりはないわよ! きちんとアンタの言い分も聞いた上でボッコボコにしてあげるわよ!」
勢い込んでゴスロリ衣装という戦闘服を着て乗り込んできたケットシーちゃんだったのだろうが、どうも少しつつくと純朴な少女の素顔が見えてきてしまう。
「決まりね! じゃあじっくりと対談をしていきましょう。……あ、えまそん! ごめんけど、ちょっとスタパ行って飲み物買ってきて! 領収書ももらってきてね!」
「はいはい、わかったわよぉ~」
ケットシーちゃんとはるぴよのやり取りを見ていたえまそんは、クスクスと微笑みながらスタパにコーヒー等を買いに行った。
「あ、私も行きますよ。えまそんちゃん1人じゃ運ぶの大変でしょ?」
ひょこひょことえまそんを追いかけていったのは、沖田だった。
「あ、甘い……すごく甘いけど……でも全然嫌な甘さじゃなくてもっと飲みたくなっちゃう……。これは流行るのもわかるかも……」
「でしょでしょ、初めて飲むと衝撃的な美味しさよね!」
初めて飲むスタパのフラペチーノに驚くケットシーちゃんの顔が見られて、それだけではるぴよはご満悦だった。
「はるぴよぉ? もうカメラ回ってるよぉ?」
買い出しの際には一旦カメラを切っていたのだが、このままではあまりにほっこりした女子会になってしまうところだった!
えまそんの言葉に、はるぴよはようやく配信者のスイッチを入れ直した。
「やほほ~! はるぴよです! 緊急で動画を回しています! 今回はなんと『粘着してくるアンチにダンジョン外でガチ凸してみた!』という企画で~す!」
(まあ、ここは方針転換よね……)
元々はガチの厄介迷惑系経年劣化BBAが突撃してくる……と想定した上での企画だった。カメラの前で散々にケンカして、こちらが完膚なきまでに論破し、最悪こっちがボコボコに負かされても良い。どっちに転んでも面白い企画になるだろう……という想定だった。
だが目の前に現れたのは、うら若き少女のケットシーちゃんである。もちろん対談が始まった途端に彼女が猛烈なアンチとしての本性を表す可能性もある。
それならそれで、彼女の大人しそうな見た目がギャップとなってさらに面白くなるのだが……今のところ彼女はそこまでのエネルギーを秘めているとは思えない。
つまり動画の方針として軌道修正が必要なのである。
とりあえずは話しながら彼女の様子を探ってゆくしかない。
「えっとぉ……ケットシーちゃんは、何でそんなに我がはるぴよチャンネルのことが気に入らないんですかぁ?」
対談が始まるとはるぴよの口調は小馬鹿にするようなものに一変した。
呼び名もあえて『ケットシーさん』から『ケットシーちゃん』へと変えた。
安い挑発ではあるが、視聴者にはこれくらいわかりやすくしなければ伝わらないものだ、ということをこれまでの配信者生活の中ではるぴよは嫌というほど学んできたのだ。
今回はこうやってケンカの構図であることを明確に示さなければならない。
「は? 何? バカにしないでよね。……アタシはね、元々シニチェクのファンだったのよ!」
「あ~、シニチェク……たしかいたわね、そんなヤツ!」
もちろんはるぴよが元々縁の深いシニチェクのことを忘れるわけなどないのだが、あえて挑発的な態度を続けた。
「はぁ? よくも抜け抜けとそんなこと言えるわね!」
「……ケットシーちゃん、あのね? あれからこっちはダンジョンの階層もレベルもかなり進んじゃったのよ。シニチェクとコラボした時のことなんか、私たちにとっては遥か昔みたいな感覚なのよ、ごめんなさいね!」
高笑いしたはるぴよをギリリとケットシーちゃんが睨み付ける。
視聴者にも緊張感のある険悪な雰囲気が伝わっていた。それはつまりはるぴよの狙い通りの展開というわけだ。
「……とにかく! アタシは、シニチェクの配信を見ている時だけは嫌なことも忘れて笑えたのよ! 最初はアンタのこともコラボ相手として好意的に見ようと思っていたわ。だけどアンタとのコラボ以降シニチェクは一気に元気がなくなった……。配信の回数も減ったし、色々な人からコメントでバカにされたことで話し方も変わっちゃった。あの頃の明るかったシニチェクはもういないのよ……全部アンタのせいよ!」
「う~ん、まあシニチェクが元気がなくなったのは気の毒っちゃあ気の毒だけどねぇ……。全部アイツが自分で蒔いた種だからねぇ。っていうかケットシーちゃん? 推しが変わっちゃったショックはわからないではないけれど、だからといって私のところに毎回のように迷惑コメントを送って来られても困るわよ? そんなことをして自分の推しのシニチェクが喜ぶとでも思ったの?」
「……そ、それは……でも、だってアンタがすべての元凶なんだもん! アタシに出来ることって言ったらそれくらいしか思い付かなくて……」
実にあっさりとケットシーちゃんは怯んだ。元来は素直で善良な子なのだろう。
(……これは、かえってマズイかも?)
こんなに簡単にケットシーちゃんがアンチとしての強硬な姿勢を崩してしまうと、こちらが一方的な悪者になってしまう。元々誹謗中傷に近いコメントを延々と送ってきていたのはケットシーちゃんの方なのだが、こうして面と向かって対談してしまっている以上この画面上の構図だけで視聴者は善悪を判断する。
視聴者の印象で一度貼られたそのレッテルは、誤解だろうと何だろうとあっという間に拡散し炎上する。散々やらかしてきたことだけにはるぴよはその気配には敏感だった。
(……どう軌道修正するかなぁ?)
必死で自慢の打算コンピューターを稼働させていたはるぴよだったが、思わぬ所から救いの手は差し伸べられた。
「大丈夫だよ、ケットシーちゃん。シニチェク君は良い男だったからね。今はちょっと元気がなくなっているかもしれないけど、すぐに復活してまたダンジョン攻略でも元気な姿を見せてくれると思うよ? 今はその準備期間なんだと思うよ!」
沖田総司が例の人懐っこい笑顔でケットシーちゃんに微笑んでいた。
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