46話 休日満喫

「いやぁ、やっぱり土方さんはカジュアルな感じよりも、きっちり綺麗目フォーマルの方が似合うわよね! 逆に沖田さんはカジュアルな感じで、何なら大学生くらいのコーディネートで全然いけるし。となると斎藤さんは……やっぱりカタギの恰好をちょっと踏み外したくらいの方があの狂気的な眼力を生かせるのかしら…………」


「……お~い、えまそん? あの、流石にそろそろ決めない?」


「ダメよ! 3人に似合う最高のコーディネートをしなきゃ! せっかくの一日なんだから!」


 ダンジョン外に出てきた新撰組3人に今風の格好をさせて休日を満喫させよう……というの趣旨のゆるゆるお気楽配信のつもりだった。

 だが3人のコーディネートをえまそんに任せたところ、えまそんは親友のはるぴよも見たことのない眼付きで夢中になってしまった。


「……ねえはるぴよ? 斎藤さんどっちのシャツが似合うと思う?」


 えまそんが手に持っていたのは、今時あまり見ない派手な蛍光色のアロハシャツだった。はるぴよにはどちらも似たような色味に見えた。


「う~ん、いや……どっちも素敵なんじゃない?」


「もう! ちゃんと考えなさいよ! アンタがそんなんだからこのチャンネルも伸び悩んでるのよ!」


 やはりいい加減な気持ちでの返答は伝わるものらしい。


(……まあ、えまそんの気持ちもわからなくはないけどさ……)


 ショッピングモール内の眩い光と、ズンズンとBGMが鳴り響く店内の雰囲気に飲まれ、3人とも完全にこちらに身を委ねていた。

 いつもは傲岸不遜、はるぴよのことなど人とも思ってもいない屈強な3人が、子供のような表情で着せ替え人形に甘んじているのだ。彼らに対して上から接せられるまたとない状況なのだ。楽しくないわけがない。


(ってかまあ、割とどんな服装も似合うわよね、3人とも……)


 改めて客観的に見ても、やはり3人とも目を惹く。

 3人とも背はそれほど高くないのだが、厚い胸板とがっしりとした下半身、強い体幹が着衣の上からでも伝わってくる。なにより姿勢が堂々としているし、表情にも現代人とは異なった意志の強さが滲み出ている。

 現代日本人が忘れかけている日本人らしさを思い出させるような魅力が3人からは感じられた。


 しかしだな……


「……えまそん? あのさ……お3人のコーディネートに夢中になるのも良いけどさ、一応カメラ回って配信してること忘れてない? 大丈夫?」


「もちろんよ! だから少しでも3人の魅力が伝わるように、こうして私も頑張ってるんじゃないのよ!」


「あ、いや、それはもちろん嬉しいんだけどさ……アンタ一応既婚女性だったよね? 万が一旦那さんがこんな姿見たらなんて言うか……わたしは親友として心配だよ……」


 はるぴよのせめてもの忠告だったが、その言葉もえまそんの熱を下げるには至らなかった。


「良いのよ! 結婚しちゃったら、もうダンナなんて異性じゃないの! 私は別に浮気してるわけでもないんだし、別に良いでしょ。……ってか、そもそもあの人は私が何に興味あるかなんて知らないだろうから、こんな動画に辿り着くこともないわよ。あはは」


「ちょっと、唐突に既婚者の闇をぶっちゃけないでよ!」


 はるぴよがえまそんの言葉を嗜めたところで、それまで静かだった女性視聴者たちから一斉にコメントが飛んできた。


〈わかる〉

〈ホントそれ〉

〈「結婚したら女として見れなくなった」とか言うけどさ……そっちがそういう感じなんだから、こっちもそうならざるを得ないでしょ? っていう単純な話よね?〉

〈釣った魚にはエサをあげないのって、幕末の時代から変わらないのかしらね?〉


 予想だにしなかった女性視聴者からの共感の嵐にはるぴよは大いに戸惑い、そして自分の中の結婚というものへの幻想がどんどんと崩れていくのを感じていた。




「やほほ~、はるぴよです! というわけでですね……ジャジャーン! ご覧のように3人のコーディネートが決まりました~! はい~、パチパチパチパチ!」


〈お~!〉

〈これは素直に良い!〉

〈やだ……土方さん素敵……ワイ土方さんになら抱かれても……〉

〈沖田氏なんかは歌って踊ってのボーイズグループにいそうな感じだよね!〉


 なぜか真っ先に飛んできたのは男性視聴者からのコメントだった。

 3人を現代風にコーディネートしてカッコよくさせよう……なんて思いっ切りはるぴよの趣味丸出しの女性視聴者向けの企画で、男性からの視聴数はほとんど当てにしていなかったのだが、ほとんど普段と変わらぬ割合で男性も視聴を続けてくれている。


「いやぁ、にしてもファッションだけでなくて美容室も行って髪型も今風にしてもらいましたからね! 本当に皆さん新宿の街並みにも馴染んでますね!」


 そうなのだった。

 服装も髪型も現代風にアレンジされた3人がそこにはいた。3人の正体が新撰組だなどと言っても誰も信じないだろう。


〈♡♡♡♡♡♡〉

〈……素敵〉

〈やっぱ土方さんって俳優さんみたいよね? ドラマに出てたような気がするもん〉

〈斎藤さんのまともなフリして必死にヤバいオーラを隠そうとしてるんだけど全然隠せてない感が……スキ〉


 ここぞとばかりに女性陣からもコメントが飛んで来る。


「あれ? どしたの、えまそん? 視聴者のみんなも喜んでくれてるよ?」


 この華やかな動画の最大の貢献者であるえまそんは、イマイチ釈然としない表情をしていた。


「……いやね、そりゃあ勢いのまま、配信中の限られた時間と量販店ばっかりっていう乏しい選択肢の中でわたしは最善を尽くしたと思うよ。でもさ、勢いに任せてお3人のまげまで落としちゃったのは、流石にやりすぎだったんじゃないのかなぁ……ってちょっと罪悪感が押し寄せてきたところなのよ……武士の魂とも言える髷をこんな企画なんかで……」


 えまそんは元々新撰組オタクだっただけに、彼らの心情を深く考えてしまうようだ。

 動画の見栄えと視聴者の反応だけで、この動画は文句なしに成功だと判断を済ませている功利主義者はるぴよとは、彼らへの寄り添い方がまるで違う。


 複雑な表情をしているえまそんの肩に土方がそっと手を添える。


「……気にするな。郷に入っては郷に従えだ。別にこの世界ではこうするのが普通なのだろう? 俺たちは誰よりも武士に憧れて武士になった。……だがそれも過去のことだ。時代は常に動いている。ザンギリ頭も慣れれば悪くないだろう」


〈ひ、土方さんステキ! 俺男だけどキュンとした!〉 


 えまそんを慰める土方にさらに沖田もニヤニヤしながら近付いてきた。


「ま、こう見えて土方さんは洒落者ですからね~。えまそんちゃんを慰めるために仕方なく……って風を装ってますけど、もともと異風の装いに興味津々だったんですよね~。だから本当は滅茶苦茶気に入ってますよ!」


「何だ、総司? こう見えてもとは何だよ?」


 沖田が土方をからかうという、いつもの絡みが出てきたのを見てはるぴよも少しホッとする。


「斎藤さんはどうですか? この時代の格好は?」

 

「……別に。服装も髪型も何でも構わん。この妙ちきりんな衣装も剣を振るうのに邪魔になるような代物でもないからな。一向に構わん」


 斎藤の反応は、いつもと変わらぬ表情から予想出来た通りのものであった。


「……おい、小娘! これまでは慣れぬ異界の地に来てお前たちに合わせてやっていたがな……流石にそろそろ限界だぞ。そろそろ飯でも食わねば俺たちも干上がってしまうぞ!」


 そろそろ企画も一段落したことを感じたのだろう。土方がはるぴよに向き直った。


「たしかにわたしもさっきから腹の虫がうるさくってですね」

「だな。腹が減っては戦も出来ぬ」


 時刻は午後2時近くになっていた。

 朝から慣れぬ現代の新宿の街を連れ回され、着せ替え人形のように扱われてきたのだ。3人の疲労もたしかに限界近くに達しているはずだ。


「は~い、はいはい! ……そろそろそう来るだろうと思っていましたよ!」


 それに対しはるぴよはなぜかドヤ顔で返した。


「そしてお疲れのところすみませんが、3人にはこれからどうしても会っていただかなければならない人がいるのです!」


「は? 会う?」「え、 誰々?」「……何を措いても飯が先だろうが、阿呆……」


 3人は不審な顔をしてはるぴよを見つめ返すが、もちろんはるぴよは気にしない。というか彼らの表情など目にも入っていない。はるぴよの打算コンピューターは3人ではなく画面の向こうの視聴者に向いていたのだ。


「はい~! いくら何でも我がはるぴよチャンネルがダンジョンを飛び出して現世に来て、やることが単なる休日ムーブでは視聴者様に申し訳ないでしょ! この3人の新撰組。そして私はるぴよもダンジョン攻略配信者……つまりは戦う者たちなのです。戦士の休息もまあ少しは息抜き動画として需要はあるかもしれませんが、そんなものはもう皆さん満足してしまったでしょ? ここからが今日の本当の企画なのです!」



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