45話 風呂上がりの散策

「遅いぞ、お前たち。待ちくたびれて干からびるかと思ったぞ……」


 新宿の総合スパ施設に入った新撰組3人とはるぴよ、えまそんの女子コンビだった。

 土方の言葉は怒りというよりも、心底待ちくたびれて疲れたという色が濃かった。


「あ、ごめんなさい。……えまそんともリアルで会うのは久しぶりだったから、中でつい長話をしちゃって……」


 そもそも女子のお風呂は最低限の嗜みというか、男子に比べて断然長いものだ。

 それに対し新撰組3人は基本的にダンジョンの外に出ることもない。寝食をギルドで済ませ、はるぴよとのダンジョン攻略の時間以外はほとんどを3人での戦闘訓練に充てている。

 それが急に街に連れ出され、道を行く人々の好奇の目に晒されるというのはかなり精神的に疲れることだったのだろう。


「……にしてもこうやって見ると、3人ともやっぱり私たちよ同じ日本人なんだねぇ……」


 総髪のまげを解き、スパ施設のラフな館内着に着替えた3人の姿はとても新鮮で思わずはるぴよはそんな声を掛けていた。今の3人は新撰組というよりも新鮮組だろうか。

 戦闘中の彼らの姿しか目にしていないので、今まではダンジョン内のモンスターの一種……とは流石に言わないけれど、どこか異人種と接しているような感覚をはるぴよは抱いていた。

 だがこうして純粋に顔立ちを見ると彼らも自分たちと同じ日本人なのだと改めて思わせられる。はるぴよが普段過ごす街の中で、リラックスした表情の彼らがいることに違和感はほとんど覚えなかった。……いや、3人とも現代に生きる日本人とは微妙に表情が違ってはいるのだが。それはやはり戦闘を生業にしている者としての凄味だろうか。


「あ、え、どうしたのえまそん?」


 えまそんがさっきから一言も発していないことを思い出し、はるぴよが後ろを振り返ると、えまそんは口元を両手で覆い隠し赤面していた。


「は? なにどしたの? お風呂でのぼせちゃった?」


 はるぴよが心配して尋ねると、えまそんは激しく首を振って否定した。


「……ヤバい……カッコいい……」


 最初はえまそんの言っている意味がわからなかったけど、視線が目の前の3人に釘付けなのを見てどうやら彼らのことを指して言っているのだと、はるぴよはようやく気付いた。


「ああ……そうなの? 私にはよくわかんないけど。……まあじゃあとりあえず動画回すからね?」


 まあいつも3人と一緒に行動しているはるぴよよりも、えまそんの方が視聴者の感覚に近いのだろう。

 最近はチャンネルも女子視聴者が増えてきたということで、彼女たちのために今回の企画をはるぴよは思い付いたのだった。えまそんにそれだけ刺さるということは、今回の企画がそれなりに女子視聴者にウケるという保証だと考えて良いだろう。




「やほほ~、はるぴよです! というわけで新撰組のお三方と私とえまそんの5人は新宿の総合スパ施設に来ています。5人とも先ほどまでお風呂で俗世間とダンジョンの埃をお湯に流してきたところでございます! ……流石にお風呂の中は動画の撮影NGでしたので、はるぴよの裸を妄想していたHな男子たちにはごめんなさい、って感じなんですけどね!」


〈はるぴよの裸体? ないない! ……え? ないないないない!〉

〈あのな、アラサー女の生活感あふれるリアルな裸体なんぞ俺たちは1ミリも求めちゃいねえんだよ!〉

〈マジそれ。俺たちは2次元しか愛せないし〉

〈はるぴよで抜くなら、雲とか見て抜くよね?〉

〈そもそもはるぴよに裸なんてあるの? あのいっつもダンジョンで見るくたびれた鎧をふくめてはるぴよの本体なんじゃないの?〉


「今は、こうして、その鎧を脱いでおろうが! ……あ、はは~ん、さては私の普段とは違った浴衣姿に見惚れてこうやって照れ隠しのコメントを送ってきているんだな? ……あのね男子が照れるのも悪くはないけどね、素直に褒めてくれた方が女の子は嬉しいものなんだよ? 素直になれない子はモテないぞ!」


 いい女ぶったはるぴよの言葉は、ほとんど無視された。


〈土方さん、はあはあ……〉

〈湯上り沖田きゅん凛々しくてカワユス……〉

〈斎藤さんも、普段と違ってどこか知性と優しさを感じさせますよね。2人になると意外と優しい表情を見せてくるタイプだったりして……〉


 ……こうしたコメントはすべて男性視聴者からのコメントだった。

 まあ、それもこれも含めてはるぴよと視聴者との互いの信頼関係の上で成り立ったおふざけではあるのだが。


(……にしても、女子視聴者からのコメントが飛んでこないのがって感じだよね……)


 やんややんやとうるさい男子コメントに比べ、女子コメントは頑なに沈黙を保っていた。

 それだけ3人の普段と違った姿が刺さっておりコメントをする余裕もないのだろうか? 興味がなくて沈黙を保っているわけでは絶対ないはずだとはるぴよは確信していた。


「……はい、まあふざけた視聴者さんのことは放っておいて、少し館内を周りますね~」


 現在はるぴよたちのいる新宿のスパ施設は、総合複合施設ともいうべき巨大なものだ。

 一日中いてもやることは尽きないし、なんならここにしばらく住むことも可能だ。飲食店もエンタメ施設もあらゆるものがこの施設には揃っていた。


「あ、せっかくだから、少し3人さんにファッションコーディネートでもしてみましょうか?」


 少し5人で館内を歩いていると、世界的なファッション量販店を見つけた。

 さも偶然歩いていたらその店を発見したような口ぶりをはるぴよは装っているが、もちろんすべては計算済みだ。

 普段とは違った現代のファッションに身を包んだ3人の姿が視聴者に刺さることをはるぴよは確信していた。そしてその企画を成立させるために下調べをして、ここにその店があることを当然知って歩くルートも計算済みの上の演出だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る