44話 悠久の時
「はい~、というわけでアイランドタワーの展望台に来ました! どうですか3人さん? 大都会新宿を見下ろして!」
見渡す限りの人工都市である。雄大な大自然も絶景だろうが、人の手によって作り上げられてきたこの街並みもまた絶景であることには変わりない。
遥か幕末から来た3人に新宿の街並みを紹介するはるぴよは何故か誇らし気だった。もちろんはるぴよはこの街の建設や都市計画に携わったわけでもないのにである。
「……おい、今は何年だと言った?」
はるぴよのそうした感慨など軽く鼻であしらうかと思われた土方だったが、予想に反して眼下に広がる新宿の街並みに釘付けのまま呻くように尋ねた。
「えっと……今は西暦2230年なので土方さんたちの時代よりも360~370年後って感じですね」
えまそんが横から答えたが、土方はそれには応えず相変わらず眼下の景色を食い入るように見ていた。
表情はそれぞれ異なっていたが、土方だけでなく沖田も斎藤もやはり新宿の街並みに釘付けになっていた。
「ここが新宿かぁ……懐かしいですね、土方さん」
「……そう言えば、甲州街道沿いに新宿という小さな宿場町があったな。試衛館と多摩を行き来する時は必ず通っていたか。まあわざわざこんな近場で泊まることもないゆえ、俺たちは常に素通りだったが……」
土方は少し感慨深げに目を細め、虚空を見上げていた。
「え、新宿ってそんなに昔からあったんですか? っていうか、甲州街道は今もありますよ! 今も幹線道路としてバリバリ交通の中枢ですよ!」
今度は現代人側を代表してはるぴよが驚く番だった。
自分たちの住んでいるこの街が、自分たちが生まれるよりも遥か昔から存在していること。そしてそれが大きく変化しながらも存続し、人々の生活の場となってきたこと。人の営みというのがとても不思議なもののようにはるぴよには思われるのだった。
「あ、ねえ、ちょっと何しんみりしちゃってるのよ! せっかくの機会なんだし時間ももったいないでしょ! そろそろ展望台は下りてショッピングに行こうよ!」
不意に一瞬訪れた静寂をかき消すようにえまそんが声を上げると、はるぴよも新撰組3人も夢から覚めたかのように顔を見合わせた。
だが……
〈これはえまそんが空気読めないわ。ファインプレーに見せた失策だな〉
〈な、俺たちも悠久の時の流れに思いを馳せてたのにな……〉
「ほれ、えまそん。視聴者さんからのコメントも来てるよ。今のは意味のある沈黙で、決して空気が悪くなってたわけじゃないのよ」
〈いや、っていうかこの3人がホントに幕末からタイムスリップして来た……っていうことにはもう誰もツッコまないのね……〉
〈あのな……今さらそんなこと言って誰が得するんだよ? っていうかこの人たちの反応見てそんな野暮ったいこと思い付くなんてお前マジで視聴者としての才能ないぜ?〉
「う~、ごめんなさい。アタシが空気読めなかったのね……」
コメントを受け、えまそんは殊勝にも画面に向かって頭を下げた。
〈あ、はるぴよがえまそんを泣かした!〉
〈せっかく意を決して出演してくれた親友を泣かせるなんて、はるぴよに人の心は無いのか?〉
〈はるぴよマジ鬼畜。親友を簡単に裏切りやがった。えまそんが唯一の友達だったのにな……〉
「いやいやいや! 泣かせたのは私じゃなくてコメント欄の皆様でしょ? っていうか、えまそん別に泣いてないし!」
「あは、バレてた?」
えまそんが涙を拭っていた手を退けると、そこには明るい笑顔があった。
「はい、じゃあ私の方から企画を発表しちゃいたいと思います! 今日は新撰組のお3人を現代風にコーディネートしてみたいと思いま~す! はい、拍手~!」
〈え、女子っぽい企画だな……〉
〈視聴者は冴えないおっさんばかりだから、正直男がどんな服着てても……〉
〈まあ、えまそん氏の笑顔が見られるなら良いか……〉
一瞬冷めたコメントが優勢だったが、すぐにそれは覆された。
〈はあ? 需要在りまくりに決まってんでしょ!〉
〈凛々しい3人目当ての女子も観てるの、このチャンネルは! ホント自分の基準でしか考えられないのね、ここの男子は。そんなんだからいつまで経っても女の子に相手にされないのよ? わかる?〉
〈え、何か上のコメント欄、臭くな~い?〉
〈wwwwwwwwwwwwwwwwww〉
「はいはいはい! もう止めて下さい! ホントにこういう揉め事は勘弁してください、マジで……。これ以上煽るようなコメントを続ける人はブロックしますからね!」
心底うんざりといった表情ではるぴよがそれに介入した。
男女両方がチャンネルを見てくれるのは嬉しいのだが、なぜかとても(単にはるぴよの性質がそれを引き寄せているという話もあるが)この場が好戦的になってしまう。
〈あ、了解です。すみません。すみません……〉
〈はい、私も言い過ぎました〉
流石にはるぴよの言葉にコメント欄も停戦する。
「あ、でもさ、えまそん。コメント欄見てて私気づいちゃったんだけどさ、コーディネートの前に皆さん銭湯に行きませんか? ねえ……あの、言いにくいんですけど3人とも汗臭いんですよね。お風呂入りましたか?」
街を歩けばはるぴよも普通の女子だ。モンスターやら何やらで充満したダンジョンでは気にならなかったが、こうして普段の生活の場になるとそんなことが気になってしまった。
「風呂? ギルドで2日前には入ったぞ」
1ミリも悪びれることなくさも意外そうに言い切った土方を見て、はるぴよもえまそんも頭を抱えた。
「……流石にこれで服屋さんに行くのはダメね」
「あの、じゃあとりあえずサウナでも行って来ましょう! 私もゆっくりしたいですし!」
まあこれはこれで女子としてはテンション上がるようで、はるぴよもえまそんもすぐにどこかサウナやスパが近くにないか検索を始めた。
「あ、ねえねえ。あっちにもお風呂屋さんあるみたいだけど?」
遠くの看板を目敏く見つけた沖田がはるぴよの肩を叩いた。はるぴよはその方向を凝視する。
確かにパステルカラーのイラストでバスタブと白い泡がモクモクと描かれていたが、あれは、その……また違うお風呂屋さんだ。
「あの……あれは、違います。その、私も詳しくは知らないんですが個室のお風呂に女の人がいてですね……」
「なんだ、遊女屋か」
こともなげに言ったのは斎藤だった。
どうもやはりそういった商売は昔から現在まで連綿と続いているものらしかった。街が変わり、人が変わっても、変わらないものもあるらしい……。いや、そういうことか!?
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