43話 番外編配信開始!

「はい~、というわけで今日はダンジョンを離れて新宿の街に来ています!」


 翌日朝、唐突な配信の開始だった。

 今まではダンジョン攻略配信者の常として、ダンジョン外で動画を回したことは一度もなかった。


〈は?〉

〈え?〉

〈空が明るいのだが?〉

〈知ってっか? 昼間太陽が出ている時、空は明るいんだぜ?〉

〈マジ? 昼間に外出たことないから知らんかった……〉

〈ニートでも外には時々出て陽の光を浴びた方が健康のために良いぜ?〉

〈善処します!〉


 はるぴよの恰好も普段のダンジョン内での装備ではなく、仕事で着ているスラックスにジャケット姿だった。

 ただ後ろに控える3人の新撰組たちは、黒や海老茶といった地味な色の袴姿であり背景の新宿のビル群の風景からはいかにも浮いていた。


〈え、マジで新宿じゃね?〉

〈だからそう言ってただろ。はるぴよの話聞いてた?〉

〈だから、その驚きを言ってるんだよ! ダンジョン配信者がわざわざダンジョン外の様子を撮影することなんてほぼないだろ?〉

〈まあでも言われてみればちょっと不思議だよな? 誰も思い付かなかったのかな? ダンジョン外の様子を撮影するって〉

〈ん~、なんつーか……ダンジョン攻略配信者ってVtuberみたいなもんなんでしょ。攻略者っていう別人格をある種演じているから配信者をやってられる……みたいな気持ちの人が多いんじゃない? 知らんけど〉


 あまりお目にかかることのないダンジョン配信者の普段着姿に、コメント欄は盛り上がっていた。


「はい! というわけで……とりあえず自己紹介からしましょうかね? まずは私から……はい! 永遠の17歳、慶光大学卒の才色兼備、はるぴよです!」


 くるりとターンをキメて、はるぴよは配信用のカメラに笑顔を作った。


〈うわぁ……〉

〈アイタタタ……〉

〈これをずっと考えてたのか、この人……。ぶりっ子な自己紹介そのものよりも、その重ねた時間の方に恐怖を感じるよ、俺は……〉


 案の定と言うかコメント欄は一斉にドン引きコメントで溢れたが、それもこれも馴染みのファンとのお決まりのじゃれ合いのケンカのようなものだ。


「はい~、今〈イタい〉とか〈キツい〉とかコメントした人たちは全部アカウント名覚えたからね~。……ま、良いや。じゃあ皆さんも自己紹介して下さいな」


 はるぴよが後ろの3人を振り返ると、土方が不愛想な表情のまま一歩前に歩み出た。


「……会津中将御預あいづちゅうじょうおあずかり、新撰組副長、土方歳三ひじかたとしぞうだ」

「同じく、一番隊組長沖田総司おきたそうじです!」

「……三番隊組長斎藤一さいとうはじめだ」


 土方に続いて沖田も斎藤も続けて自己紹介をした。

 沖田以外は配信者らしいサービス精神など欠片もない、ただただ事務的な自己紹介ではあったが、その無骨さが彼ららしいだろう。


「はい~、皆さんいつも当チャンネルをご覧いただきありがとうございます! そして、今日は何とスペシャルゲストというかですね……いつも当チャンネルのスタッフとして色々と支えてくれているこの人も出演してくれることになりました……ほら、出てきなって!」


 はるぴよが声を掛けると、ちょこちょこと歩み出して来たのは1人の小柄な女性だった。


「……えっと、皆さんいつも見てくれてありがとうございます。はるぴよの親友のえまそんです……」


 それだけを告げるとえまそんは顔を赤らめながら画面外に走り出てしまった。


「あ、ちょっと、えまそん! ……えっとですね、今言った通りえまそんと私は学生時代からの親友でしてですね、私が配信者として活動を始めるにあたって色々と相談に乗ってもらったり、今も配信中に画面外でサポートをしてもらっています。当チャンネルには欠かせない人物なのです!」


〈シャイなえまそん可愛い……決めた! 俺、これからはえまそん推しになる!〉

〈ってか、はるぴよにそんな友達が存在したのが不思議だわ。性格の悪いはるぴよと何年も友達付き合い出来るなんて菩薩みたいな心の持ち主なんじゃね?〉


「……おい、あまり核心を突くんじゃない! そうだよ、私にはえまそん以外の友人なんて1人も存在しないよ!」


「……はるぴよぉ、私のことは良いからさ企画の説明をしないと……」


 画面外に出たえまそんから早速軌道修正の指示が入る。

 はるぴよは時にコメントに反応し過ぎてしまうこともある。もちろんそれが配信者として必要な時もあるのだが今は進行が大事だった。


「そうね……。えっとですね、今回の企画はまあ色々考えているんですが、たまにはスリル溢れるダンジョン攻略を離れてまったりと過ごそうというのが主旨です、はい。……まあ皆さんもご飯でも食べながらですね、ゆるりと見て頂ければと思います」


「具体的には何かプランがあるんだっけ?」


「そうね、とりあえず新宿の街をブラブラして、お3人さんに色々と現代人の文化を体験してもらおう……っていうのが狙いかな」


 3人の新撰組は戦闘に関することならば正確な解説をしてくれることもあるが、こうした視聴者のことを配慮して企画を進めてゆくような会話は、微塵も期待できない。

 えまそんとの対話形式での進行はこれまでと違い、視聴者にも新鮮なものだった。


「何だ、そんな馴れ合いのためだけに俺たちをわざわざ連れ出して来たのか? 難儀なことだな……」


 しかし当の3人に対しては細かい企画の説明をしていなかったようだ。はるぴよの話を聞いた土方はさも面倒そうにやれやれと頭を振った。


「まあまあ、土方さん。せっかくの機会なんですし、楽しまなきゃ損ですよ!」


 土方をからかうように沖田は笑って言った。沖田はいつも無邪気で楽しそうな表情を浮かべている。純粋な好奇心をいつまでも持ち続けていられるというのは稀有な存在だ。

 一方の斎藤はダンジョンの外に出ても相変わらずの無表情の無関心だった。いつも通り、判で押したような姿勢で煙草を吸っていた。


「まあまあ土方さん。いつもの戦闘ではおんぶにだったですけど、今日は私たちに任せて下さい! えっと、あとですね……未だに〈新撰組なんて嘘だろ? コスプレのおじさんだろ?〉というコメントが時々飛んで来るんですよ。なので新宿の街を3人と歩いてみて、お3人のリアクションを見て、彼らのことを深く理解していただければな……と思っているわけです。まあゆったりとお楽しみくださ~い!」


 はるぴよは明らかに乗り気でない土方を何とかたしなめた。

 そんなこんなで、いつもと違ったゆるりとした配信がスタートした。



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