38話 はるぴよオコ!!
「あの!……はるぴよさんのパーティーですよね!? 俺、この前のシニチェクとのコラボを見てファンになったんです!」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます……」
ギルドに戻った際、少年のような若い男の冒険者に突然声をかけられてはるぴよは驚いた。
正面切って自分のファンだ! と名乗る存在と対面したことがはるぴよは初めてだったので、どう対応したら良いのかわからずモジモジしていると、向こうもあまり長く接しては悪いと思ったのか足早に去って行ってしまった。
(うんうん! こうやって好意を向けてくれるファンもきっと増えたってことだよね! ああいう形だったけどバズるの悪いことばかりじゃないよね!)
初めての経験にはるぴよはしばしウキウキだった。
しかし、そこまで好意的に見られ、ファンだと公言して声をかけてくるような配信者は彼1人だった。
(……あ~、これがちょいバズの効果ねぇ……)
それでもギルドで出会う冒険者からの視線をはるぴよは感じざるを得なかった。
そこには色々な意味が込められていたのだろう。
バズった存在への嫉妬。
その後のプチ炎上と執拗に粘着してくるアンチの存在なども含めた嘲笑。……むろんその裏には「地道に頑張っている自分たちの方が炎上で注目を集めるような存在よりも偉い」という優越感と、それをお互いに確認しあうことによる安堵感も含まれているだろう。自分が人気上位の配信者を見る目もかつてはそうだったかもしれない……と、はるぴよはかつての自分の心理を少し思い出した。
もちろん純粋な興味と好意を向けてくる視線もあった。人気と実力こそがこの界隈の正義なのである。
それでも本筋であるダンジョン攻略は、あまり影響もなく順調に進んでいった。
それは何よりも、共に冒険する新撰組3人の戦闘力が高かったことによる。地下30階に到達してもまだまだ余裕そうで、彼らの戦闘力の底はまだまだ見えない様子だった。
〈出ました。痛い女系配信者! 今日もコスプレ男子を従えてわざわざお疲れ様です! ってか男たちはこの痛い女になんで付き合ってられるの? 金? やっぱ金? O家商事で30歳も超えると流石に金はあるのね。ってか金しかないかwww〉
シニチェクとのコラボ以降そんなコメントはよく飛んできていた。いちいちキリがないので普段だったらそんなコメントは全部スルーする。
だけどその日のはるぴよは本業の方で少し嫌なことが有りイライラしていた。
いくら仕事を真面目に頑張っても結局は「女だから」という目でしか見られないことをまた嫌というほど痛感させられた。もちろんそんなことは誰も公言はしない。だが言外の態度やわずかな仕草で、そして実際の仕事においてはすべてがそうなのである。
そんなこと分かり切っているはずだったが、時としてそれに直面させられると本当にすべてが嫌になって投げ出したくなる。だけどまた少し経つと理性を取り戻して、コツコツと仕事をしてゆくしかない……そんな繰り返しだ。
「はぁ? アンタに私の何がわかんのよ?」
だからそのコメントに言及したのも、単に少しの間を埋めるための雑談……というつもりだった。
何も本気でそのコメントに反応しているわけではない。アンチコメントに軽く反応してあげて、ほんの少しの笑いを視聴者に提供出来ればオッケーだろうと……はるぴよはそんな思惑だった。
〈あら? 効いてる効いてるwww同じ女として見てるの恥ずかしいので、とっとと辞めてくださ~い〉
まさかはるぴよの方から反応があるとは思ってもいなかったのだろう。コメントを送ってきた女(?)もすぐにコメントを返してきた。
「っていうか、女の人だったのね。あのね……私がどんな気持ちで毎日をやってるか、わかってるんですか?」
コメントを送ってきたのが同じ女性だということがはるぴよを余計にエスカレートさせた。
これがいかにもモテない中年男性だったらあ……るいはまだ世の中のことをよく分かっていない学生キッズだったら、ここまではるぴよの心を搔き乱すことはなかっただろう。
自分と近しい立場のはずの同じ女性からこんな揶揄するようなコメントが飛んできたことがはるぴよを悲しくさせたのだった。「女の敵は女」というのはある意味で本当なのかもしれない。
〈は? 別に知らんし興味もないけど? アンタが女だったからシニチェクに目を掛けてもらったのにそれも裏切って……で今は痛い女配信者をやって男に媚びて視聴回数を稼いでるクズ女だってことくらいしか知らんし〉
コメント主も中々気の強い女のようだ。
というか元々シニチェクのファンだったのかもしれない。はるぴよとのコラボ以降のシニチェクは調子を落としていたし、ファンも離れたようだ。そうした鬱憤を晴らすためにはるぴよの配信を見てコメントを送ってきたのかもしれない。
「……まったくさぁ……………ふ~ふ~、はぁ~、ふ~ふ~、はぁ~」
ギリリと拳を握りしめたはるぴよだったが、ワンテンポ置いてから奇妙な息遣いを始めた。
アンガーマネジメントというやつである。
人間の怒りのピークは6秒ほどだと言われている。怒りで我を忘れそうになったら何とか6秒間は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。その6秒さえ過ぎれば徐々に怒りは収まってゆくという話である。
「毎週毎週こっちは朝も早くから配信を始めてんだよ!!! そっちは電源入れて一銭も払わずに画面を眺めながらキモいコメントを考えるだけだろうけどな、こっちは配信している時間以外もエネルギー費やしてるんだよ!! 顔晒して後ろ指さされるリスクも背負ってそれでも観ている人を少しでも楽しませたいと思って必死にやってんだよ!!! お前らみたいな頑張ってる人の冷笑することでしか自分を癒せないクズとは違う次元で生きてるんだよ!!」
残念ながら6秒を過ぎてもはるぴよの怒りは収まらなかったようだった。
〈……は? 何コイツ? 突然キレてコワいんですけどwww〉
「ちょ! はるぴよぉ! どしたのいきなり!?」
耳元からはえまそんの声も飛んできたし、前を歩いている新撰組3人が今までみたこともない顔ではるぴよを見つめていた。だけど堰を切ってしまった怒りのボルテージを今さら止められるわけもなかった。
「平日は毎日毎日仕事してさ、それでどれくらい私がプレッシャー抱えてるのかアンタら想像つく? つかないよねぇ!? アンタらみたいな人の粗探しにそれだけ労力を割ける人間ってのは結構エリートだと思うよ? 人間のクズの方のね!」
思っても見なかった会社のことが自分の口から出てきて、それにつられるかのように普段一緒に働く同僚たちの顔が浮かんできた。
普段はいけ好かない嫌なヤツらとしか思わない彼らの顔だったが、目の前の下らないコメントを送ってくる相手に比べれば、圧倒的に彼らの方が頑張っているしリスクも背負っているわけで……むしろ今は彼らのことが理解出来そうな気がした。
〈は? 配信者ともあろうものが良いの? そんな明らかに視聴者を敵にするようなこと言って? 言っとくけど最近アンタのチャンネルを見始めた女性視聴者も多いんじゃないのかしら!?〉
少し時間を置いてアンチは冷静なコメントを返して来た。
それに呼応するように〈まあまあ落ち着いてよ、はるぴよさん〉〈俺らは全然気にしてないからさ、いつものように楽しい配信にしようよ!〉という優しいコメントも沢山飛んできた。
「は!? アンタみたいな女に見られるくらいならガンガン視聴者減ってもらっても全然構わないから! マジでクソみたいな三流配信者の真似事はウンザリしてたんだから! 二度と見るなこのクズ女!!!」
……一度火の点いてしまったはるぴよの怒りの炎は、それくらいでは鎮火することはありませんでしたとさ。
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