37話 アンチに悩んだりはしません!

「どうした小娘? 切っ先を向けてくることはおろか、面と向かって野次も飛ばせない、そんな敵に一喜一憂しておるのか?」


 次のフロアに移るため一旦配信を切ると、土方がはるぴよににやけた顔で話しかけてきた。切れ長の一重の目がへの字口に歪んでいる。


「……え、そんなこと私言いました?……」


 はるぴよは朝6時に起きて盛りに盛った(メイクも配信者の大事な仕事の一つです!)目元をパチクリさせた。

 アンチが湧いていることを3人に愚痴ったわけでも、配信中にそのことに触れたわけでもないのにである。


「阿呆。言われんでもそれくらいのことは顔に書いてあるわ」


(まったく、何なんだこの人は?人の気持ちになんかまるで無頓着なのかと思ったら妙に敏感だし……やりにくいなぁ)


 しかも生配信を一旦切ったタイミングというのも憎い。

 やはり土方は配信のシステムにまつわる諸々を概ね理解してしまっていると思った方が良いのだろう。まさか江戸時代からタイムリープしてきた300~400年も昔の人間が現代の複雑な配信システムを理解出来るはずもない。自分たちがタイムリープしてきた存在だと名乗ったのはやはり噓だったのだろうか?

 というか土方がこうして理解しているということは、何も言わない沖田も斎藤も同程度には理解しているということなのだろう。今後彼らをタイムリープしてきた無知な人間として接することは止めておこうと、はるぴよは一瞬だけ思った。




「ふ、仕方ない小娘。老婆心ながら俺の話を少ししてやる。……その昔、俺たちは京で浮浪の士を求めて斬りまくった。もちろん箸にも棒にも掛からぬ下らぬヤツらも無数にいた。だが一瞬対峙しただけでその胆力・覚悟が感じられる一流の人物もそこには混じっておった。無論だからと言って俺たちはソイツらに手心を加えるようなことはしない。他の有象無象と共に見つけ出しては淡々と斬る。そうするのが俺たち新撰組の存在意義だったし、白刃の下でしか俺たちは理解を深め合えなかったとも言える。……ともかく今ではヤツらに感謝しておる。ヤツらと日常的に命を賭けた日々を過ごしてきたから今の俺たちがあるのだからな」


「あ~、ホントそれですよね! 平和は平和で良いんですけど、私たちみたいな人間はそんな緊張感がないとどこか物足りなく感じてしまうんですよね!」


「まあアンタの言うこともわかる……。だが死があまりに身近にあったあの頃が異常だったようにも自分には思えるけどな」


 珍しく昔を懐かしんだ土方に、沖田も斎藤も乗っかってきた。

 やはり彼らにとっては幕末の京都こそが自分たちが最も輝いていた時代という共通認識があるのだろうか。


「はあ……まあ土方さんたちの言っていることはわかりますけどね……。そういう話で言うと執拗にコメントを送ってくるアンチの連中が敵なのかっていうのはこの場合微妙な所なんですよねぇ」


「どういうことだ? 京でも裏切り寝返りは日常茶飯事だったぞ?」


 理解力に富んでいると思われた土方だったがアンチという存在の微妙さについては理解し切れていないようだった。……やはりこの辺りの機微が分からぬとは現代人とは思えない。となると彼らは本当にタイムリープしてきた存在なのかもしれない。


「まあとりあえず土方さんの言うというほどの格に彼らはいません。私たち配信者がいて配信を行うから彼らは好き勝手コメント出来るのです。同等の存在では決してないんですよ。それに彼らはアンチ活動を通して私たちを宣伝してくれているとも言えるんですよ。……アンチが私の配信に粘着するようになったのはほんの少し前ですけど、もう明らかにPVは激増しています」


「なるほど、さっぱり分からん。配信情勢は複雑怪奇といったところか。……やはり剣の道の方がわかりやすくて良いな。見よこの兼定の美しさを! ここには敵を斬るという唯一明確な目的を持った存在だけが持つ輝きがある! やはり俺たちも男として生まれたからにはだな…………………………………………」


 どうやらこの辺りの微妙で下らない配信業界特有の話までは土方も受け付けなかったようだ。

 突如自分の佩刀を抜き、その美しさを熱弁しだした奇妙な行動がそのことを物語っていた。


「ねえはるぴよちゃん、そのアンチ(?)っていうのを増やせば視聴回数が増えてはるぴよちゃんは沢山お金儲けが出来て幸せなんだよね? じゃあもっともっとそのアンチを増やせば良いんじゃないの? 何なら私たちもそのために一肌脱ごうか?」


 一方の沖田は相変わらず実に無邪気な顔でえげつないことを尋ねてきた。


「いや、私はお金儲けのために配信者をやっている訳ではないんですけど……。っていうかアンチをこれ以上意図的に増やすことだけは勘弁です! これ以上のガチ炎上だけは勘弁です、本当に。私もそんなにメンタル強い方じゃないですし……」


「ふ~ん。そうなの? ま、何か私たちに何か協力出来ることがあったらまた言ってね」


 配信者として有名になるチャンスが増えるということを考慮しても、これ以上の大炎上だけはマジで遠慮願いたい、とはるぴよは本気で思っていた。

 大丈夫、私は地道に攻略を続けていくだけでもファンはきっと増えてくる! 何より超強い3人の新撰組が私のパーティーにはいるんだし、私の人間的魅力にも多くの視聴者は気付いているに違いない! 大丈夫、このまましっかりとダンジョン攻略だけを考えていこう!

 呪文を唱えるように、自分に言い聞かせるように、はるぴよは改めてそう決意した。



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