36話 いや、こういう注目のされ方は勘弁して!

「えっと……とりあえず今回の配信はこれで終わります。これからの俺たちの活動にも注目してくれよな!」


 切ったと思っていた配信がファッサマーユの手違いで全世界に拡散されていた。

 それでも何とかシニチェクはいつもの体裁を保って締めの挨拶を述べたが、流石にその声も表情も引き攣っていた。


 すぐさまシニチェクパーティーとは別れたが、お互い気まずい雰囲気の別れだったことは言うまでもない。




〈は? マジでこの女なんなの? いい加減にしなさいよね!〉

〈シニチェクと一時でも一緒にパーティー組めたならそれだけで幸せじゃない! それを捨てられたとか言って文句言ってる女ってイタすぎない? 身の程を知れってのwww〉

〈慶光卒業しても結局頭の良さってそういうことじゃないのね。この人見てるとつくづく思い知ったわwww〉

〈やっぱ女は学歴とかじゃないのよね。愛された経験が無いと性格歪んでいっちゃうってことの証明よね~。怖いわ~〉




〈は? 何言ってんだ、ここの閉経クソBBAどもは? このイケメンもどきなんかよりはるぴよの方が百倍正論言ってるだろ。要はコイツは初心者冒険者から搾取しようと思って近づいたけど、自分が得るものがなかったから一方的に捨てたってことだろ? 普通に人としてどうなん?〉

〈マジでそれ。はるぴよにそうしたってことは他にも初心者冒険者を食い物にしてた可能性が高いだろ。他人に対する最低限の尊敬がないのは人として終わってるよな? 『他者を手段としてではなく目的として扱え』やはりカント先生はいつでも正しい!〉

〈はるぴよは苦労してきてるのか、やっぱ俺たちの味方っていう感じがするよな? たしかに高学歴なのかもしれないけど俺たち陰キャの心持ちに近いっていうかさ……〉

〈あ~、マジでそれだわ。俺がはるぴよチャンネルを見続けてたのはそういう理由だったんだな……〉


 慌てて配信を切ったがすでに動画は拡散されコメントの応酬が始まってしまっていた。


〈は? マジでこの女何なの? 調子乗り過ぎじゃない? 最近はちょっと注目されてるみたいだけど、それって全部この侍みたいな変な格好した3人の男たちが強いからでしょ? アンタ自身の魅力じゃないんだから勘違いするなよな!〉

〈わかる! ド陰キャオタサーの姫を気取って小さい内輪でチヤホヤやってるのは良いんだけどさ、それを外部に見せ始めたらド痛だってこと理解してないのかな?〉

〈でも本人はまだ配信者としてダンジョンに出てるだけマシでしょ? そんな女に自分を投影してこれだけ必死に擁護してる中年子供部屋おじさんよりは100万倍マシだと思うわ。正味な話〉

〈ホントそれ! 私が配信者だったらマジで中年童貞にだけは支持されたくないわ~。せっかく慶光大学まで出てもお勉強だけでは生きていけないことの証明ねwww〉




 対立の構造は実にわかりやすいものだった。

 元々のシニチェクの女性ファンと、えまそんが集めたガールズちゃんねるから参入してきた女性ファンとが結託し、(やや中年が多い)男性中心のはるぴよのファンを叩くという構図だった。

 元々のシニチェクファンにも当然男性は多数いたが、彼らはコメントを控え静観しているようだった。


(……ヤバい! 流石に口が滑ったかも!)


 今まで見たこともないスピードで伸びてゆくコメント欄を見て、はるぴよは顔から血の気が引いてゆくようだった。


 だけど少し時間が経ち、冷静に振り返るとはるぴよは次第に後悔の念を薄めていった。

 まあ所詮はシニチェクの側のチャンネルでの動画だったから、自分の方のチャンネルへの影響は少ないだろう。そりゃあ、まあ多少は動揺して離れていく視聴者もいるかもしれないが、またのんびりとこちらはこちらの配信を更新してゆけば良いだけだ。シニチェクとのコラボも二度としなければ同じ失態をする理由もないのだ。


 それに……はっきり言って私は間違ったことは言っていない!

 そりゃああんなキツイ言い方をする必要はなかっただろうが、シニチェクに対する反感はずっと思っていたことだ。……コラボ動画を最初から最後まで見ればシニチェクの非は明らかだろう。これをきっかけにシニチェクの行動が改まって感謝こそされ、私が責められるいわれはないのである!


 はるぴよはそんな気持ちだった。






 だがまあ、そんな正論が通用しないのがこの界隈である。


「やほほ~、一週間のお仕事お疲れ様です。皆さんお元気でしたか? はるぴよです! えっと……先週は色々とありましたけどもね、今日からまた改めてダンジョン攻略頑張っていきたいと思っておりますので、皆さん応援よろしくお願いします!」


 翌週の土曜の朝だった。

 一週間過ぎれば、チャンネル登録をしている元々の自分の視聴者しか観に来ないだろうとはるぴよは楽観的に考えていた。

 だが……


〈うわ、コイツ……まだ性懲りもなく動画回してる……〉

〈何が『やほほ~』よ! アラサー女のほど寒気のするものないでしょwww〉

〈こんな女の配信を土曜の朝から観てる中年童貞がこんなにいるっていう事実の方が信じ難いんですけど? 日本ヤバくない?〉

〈ってか、なんかこのチャンネル臭くない?〉

〈wwwwww〉




(……はぁ、マジか……)


 配信を始めたはるぴよはもちろん笑顔を作っていたが、いきなりのアンチコメント襲来に流石にげんなりしていた。


〈マジでさ、閉経ババアの嫉妬ほど醜いものはこの世にないからな? とっととブラウザバックして湿気た煎餅でも齧りながらいつものワイドショー見て文句垂れてろよ! くそBBA!!!〉

〈一回ムカついた配信者のチャンネルを探して、新しい回の配信をわざわざ荒らしに来るなんてどんだけのエネルギーだよ? 男より女の方が粘着質だってハッキリわかんだね〉


 旧来のはるぴよチャンネルの視聴者が援護のコメントを出してくれたが、まだ朝8時と早いためその数は少数だった。やはりシニチェクとのコラボの配信は今までとは比べ物にならないくらい大勢の目に留まったということなのだろう。

 というか、正直言って擁護のコメントもあまりして欲しくないのが本心だった。

 とにかくここが荒れた場、どんな汚いコメントもして良い場、として新規の視聴者に認識されることは非常にマズイのである。


「……はるぴよぉ? ヤバいコメントは削除して、ヤバい視聴者はブロックすることも出来るよぉ?」


 流石に溜まり兼ねたのか、えまそんが視聴者には聞こえないようにはるぴよにそう忠告してきた。

 申し訳なさそうなえまそんの声は、やはりこうした視聴者を引き込んできた責任が自分にもある、という意識があったからだろう。


「……いや、まだ良いよ。ブロックし出したらキリがないしさ。それになんか簡単にブロックしたらこういう人たちに負けたみたいな気がするから。とにかくもう少し様子を見よう」


「そう? 管理人への通報もいつでも出来るからね……。ムリしちゃダメだよ?」


 どんな窮地に立とうともえまそんだけははるぴよの味方だ。




 そもそも問題となったシニチェクとのコラボ動画はアーカイブを残さなかった。それはシニチェク側も同様だった。

 つまりリアルタイムで見ていた視聴者以外には目撃者はいないはずなのだが、実際にはその時の視聴者よりも遥かに多くの悪意を持った視聴者が新たな動画を見に来ていた。

 これは違法アップロード動画の存在による。

 公式には残っていないコラボ動画が悪意ある切り抜き方をされ、コメントを付けられ、拡散されてしまったのだ。


 デジタルが進んだ時代というのは人の悪意も非常に容易に拡散してしまうものだ。



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