31話 ゴーレム

 いよいよこれから20階に到達するというところまで迫った。


「うっす! というわけで次の20階は俺シニチェクの出番ということになりました! 20階をまともに攻略したのなんて半年近く前のことじゃなかったっけ? その時は結構苦戦したような気がするけど……流石にあの頃よりはレベルも大幅に上がってるわけだから楽勝だよな! ……とか言いつつ苦戦してたら俺のことを笑ってやってください~」


 シニチェクは楽勝ムードを作りながらも、すこし弱気を覗かせた。




「やほほ~、はるぴよです! というわけで私たちよりも遥かに人気上位のシニチェクさんパーティーとのコラボを引き続きお送りいたします! 20階層はシニチェクさんが担当するというわけで、どんな戦いを見せてくれるの今から楽しみです! では、また20階の攻略が始まりましたらまたその模様をお送りします。一旦配信は切りますが、すぐに再開しますので皆さんチャンネルはそのままでお待ちくださいね!」


 はるぴよも自らのチャンネルの視聴者に向けて配信をしていた。




「……おい、はるぴよ。俺たちが上位なのは人気だけじゃなくて実力もな? たまたま前ちょっとだけ一緒にパーティー組んでたよしみでコラボしてやってんだから、その辺は気を付けた方が良いぜ? ……いや俺は全然そういうの気にしないから良いんだけどさ、もしこれから他の上位陣のパーティーと絡むことがあったら気を付けた方が良いぜ? そういう些細な一言で縁を失うこともあるからな。お前も人気配信者になっていきたいんだろ?」


 シニチェクの方も一旦配信を切っていたようで、先ほどまでの配信中のハイテンションとは打って変わった一段も二段も低い声ではるぴよに苦情が申し立てられた。


「……そうね、ごめんなさい。ご忠告感謝するわ……」


 反論をグッと堪えてはるぴよはシニチェクの言葉を受け入れる。


「……でも珍しくシニチェクも『苦戦するかも』みたいなことを言ってたけれど、20階はそんなに大変なフロアマスターが出てくるの?」


 そして空気が悪くならないように、はるぴよの方からシニチェクに話題を振った。

 言い掛かりを付けてきたのはこのチャラついたイケメンもどきの側であるにも関わらずである! これこそはるぴよが一流企業で身に付けた社会人力というものである! 理不尽だろうが何だろうが立場の強い人間には自然におもねるのだ! お勉強だけでは社会人として成功出来ない……ということを就職してからのはるぴよは嫌というほど学んできたのだ。


「は、いやいや! 流石に俺が20階くらいで苦戦するわけないだろ? 20階のボスが何だったかなんて、もう覚えてねえよ。とりあえず視聴者には謙虚な姿勢を見せといた方が良いんだよ。アイツらはバカで単純だからな。自信なさそうなフリを少しでも見せといた方が倒した時のカタルシスもデカいだろ?」


「……なるほどね、勉強になるわ」


 今の会話もこっそり配信しておけばコイツの株も大暴落だっただろうな……とはるぴよは少し後悔した。






「さあいよいよフロアマスターの登場だ!……見えてきた、ゴーレムだ!」


 配信が再開されシニチェクの威勢の良い実況が響く。

 巨大な泥人形ゴーレムを目の前にしても、落ち着いた様子は先ほどまでと何ら変わらなかった。裏ではるぴよに言っていた通り20階のフロアマスターが何だったのかは実際覚えていなかったのだろうが、不気味なゴーレムの姿を目にしても慌てないのはやはり自分の実力に自信があるからなのだろう。


「……みんな覚えているかな? 俺たちがゴーレムを倒したのは半年くらい前だからな。その頃はまだ俺たちのチャンネルのことを知らない視聴者さんも多かったんじゃないかな? ま、そういう人たちのために一度倒したフロアマスターだけどじっくり見ていってくれよな! あ、今回は特別に俺1人で倒すからな……って、おっと!」


 不意に攻撃をしてきたゴーレムは巨大な土の塊……どこかロボットを感じさせるような……そんな質感だった。

 今までのモンスターはどんなに異形のものでも生物であることを前提として感じられたのだが、ゴーレムはどこかそれとは異なる存在感を放っていた。敵である冒険者を認識しても咆哮を上げたりはしないし、対峙する冒険者の呼吸を伺っているような機微も感じられない。


「おいおい、まだ挨拶の途中だっての、この泥人形! 焦ってる男はモテないぞ!……って見た目からはわからないけど、このゴーレムさんが女性の可能性もあるよな?……って待て待てって!」


 ふざけているのか真剣なのか分からない軽口を再びシニチェクが叩いている間にも、ゴーレムの巨大な拳が鉄槌のように振り下ろされた。

 すんでの所でシニチェクが飛び下がって避けると、そこには人が一人すっぽりと入れそうな大穴が開いた。




「も~、集中しろし! アタシがカメラ変わるから!」


 後ろから手を伸ばしてシニチェクの持っていたカメラを強引に奪い取ったのは、シニチェクパーティーの女武闘家ファッサマーユだった。

 どうやらこうしたやり取りは彼らにとって日常茶飯事らしく、他のメンバーもそうした様子をニヤニヤと見守っていた。


「は~い、ファッサマーユ先輩に怒られてしまいした。しゃあないから戦闘に集中しまっす。……おい、泥人形! よくも全国100万人の視聴者さんの前で恥を掻かせてくれた代償は大きいからな! 覚悟しろ!」


 一足飛びに飛び退いたシニチェクは腰の剣を引き抜くと、ビシッとゴーレムに向かって指し示し戦闘開始を宣言した。


〈きゃあ、いよいよね!〉

〈って100万人は流石に同接してねえっての!〉

〈ま、シニチェクならこれくらいのボスでも面白く倒してくれるだろ!〉


 シニチェクの動画に寄せられたコメントも彼への信頼に満ちたものばかりだった。



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