28話 巨大化したんだけどなぁ
「うおぉぉ~~~ん!!!」
シニチェクの火球魔法の効果によって(恐らくは巨大な火の玉が満月のような効果を発揮したのだろう)、巨大化したワーウルフだったが、それに対しても対峙する沖田はまったくもって動揺を見せなかった。
「これはこれは……随分と大きくなられたな、狼男どの!」
冷静に振り返れば巨大化している最中は隙だらけだったのだから、一撃入れることも容易だっただろうが、沖田はその様子をずっと興味深げに見つめていた。
いや、沖田の場合はそうした事態の推移に興味があったというよりも、向こうの事情をなるべく尊重してあげたい……という精神からの行動に見えた。それが「正々堂々と勝負する武士道」というものに由来しているのかはよく分からない。単純に相手が全力を引き出せない内に勝負を決してしまうのがもったいなく感じる性質なのかもしれない。
今までの行動から沖田の性質を推察して、はるぴよはそう判断した。
だが結局のところ勝負は驚くほど一瞬で決まった。
巨大化したワーウルフだったが、どこかその巨体を持て余したかのような動きのままだった。
最初はワーウルフのさらなる動きを引き出そうとしていた沖田だったが、芯の無い攻撃を繰り返すワーウルフに見るべきものはないと判断したのだろう。
一つ軽くため息をついた沖田は、上段に構えていた刀を正眼に下ろすと一気に攻勢に転じた。
むろん巨大化したワーウルフの頭や胸には沖田の刀は届くはずもない。
剣術の正当な攻撃といえば多くは、面・胴・小手といった部位への斬撃、あるいは
ほとんどの剣術の流派では下半身への攻撃を卑怯なものであるとしているのだ。
だから自分の倍以上の体躯となったワーウルフと対峙した場合、どこに攻撃を当てれば良いのか戸惑う剣士がいてもおかしくないだろう。いや普通はそんな事態を想定して鍛錬を積んでいるわけはないのだから戸惑うのが自然だ。
だが沖田は違った。目線をワーウルフの顔に向けた正眼の構えのまま鋭く踏み込むと、瞬間的に刀の軌道を下げ、実にスムーズにワーウルフのスネに斬撃を当てた。
巨体になればなるほど目線から遠い足元への反応は遅くなる。沖田の鋭い攻撃にワーウルフはほとんど反応出来ないままだった。
もちろん最初の一撃で致命傷となったわけではない。巨大化したワーウルフの骨はそれだけ頑丈だったのだろう。一瞬よろけて痛みの咆哮を上げたワーウルフだったが、すぐに戦意を取り戻すと沖田を睨みつけた。
だが、その後もすぐに同じことが繰り返されるだけだった。
再び正対した沖田が、上に攻撃するというフェイントを入れてから飛び込んでワーウルフのスネに斬撃を入れる。……それもほぼ同じ個所に……ということが計三度繰り返されると、実にあっさりとワーウルフの巨体は膝を付き地面に横たわった。
そこにすかさず沖田がとどめの一撃を加えるとあっさりと戦闘は終了した。
最後は慈愛を込めたかのような介錯の一刀だった。
「おい総司! 指斬りの次は脛斬りか!? いつの間に
勝敗が決すると土方から大袈裟なヤジが飛んだが、からかいよりも明らかに賞賛の色の濃いヤジだった。土方にとって卑怯とか邪道というのはあまり悪口ではなさそうだった。斎藤もその様を見て実に美味そうな顔をして煙草をふかしていた。
「いやいや土方さん。どんなに強大な姿に変わっても、自らの力に確信を持てないような人間が勝てるほど戦いというものは甘くないですよ……」
逆に沖田の声は、自らが斬って倒したワーウルフへの憐れみの色が濃かった。
「は、人間ねぇ……まあお前らしいよ!」
土方も長い付き合いで沖田の心情がすぐに手に取るように分ったのだろう。
近付くと沖田の肩をポンポンと叩いた。
〈なんだ、せっかく巨大化して面白くなるかと思ったのに見掛け倒しかよ! ワーウルフの野郎!〉
〈まあな。今さら狼男なんか出てきてもな……もっと強いモンスターたちがダンジョンのさらなる下層にはいっぱいいるしな……〉
〈……え、この沖田って人、巨大化するなんて全く想定してなかったんだろ? なのにあの冷静過ぎる対応、的確な攻撃……どう見ても只者じゃねえだろ!?〉
様々なコメントが飛んできたが、どうも視聴者のほとんどに沖田の凄さはあまり伝わっていないようだった。
「はい~! 皆さん見ましたか! 見ましたよね!? あれが沖田さんなんです。新撰組の剣の実力なんです! ということで15階層は実にあっさりと突破することが出来ましたぁ~! ありがとうございます! ……はい、この後もシニチェクパーティーとのコラボは続きますが、ちょっと一旦配信は休憩したいと思います。すぐに再開しますので皆さんチャンネルはそのままでお待ち下さい! ではまた後ほど。やほほ~! はるぴよでした!」
状況を判断したはるぴよは、そうコメントをまとめると一旦配信を切った。
そして、一瞬でワーウルフを葬った沖田の実力に面食らっているシニチェクに向き直った。
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