27話 ワーウルフ
「やほほ~、未だシニチェクパーティーとのコラボが続いておりますが、皆さん楽しんでいただいているでしょうか? はるぴよです! おかげさまで攻略もサクサクと進んでですね、次はいよいよフロアマスターのいる15階層です! さあどんな難敵が待ち受けているのでしょうか?」
はるぴよの実況も安定したものになりつつあった。
新撰組3人の実力が想像以上のものであることが間違いない……という確信が安心感を生んでいるのかもしれないし、はるぴよ自身の覚悟が出来てきたということもあるかもしれない。
今回のコラボに関してもシニチェクファンの多くの新たな視聴者が付いていたが、特にそういったプレッシャーから来る失敗も今のところ無かった。
コメント欄では元々の古参ファンと新規の女性視聴者との間で若干の煽り合いが依然として続いていたが、特に大きな問題になるほどではなかった。
「それではいよいよ15階層に入ります。……今までのボスフロアとは違い薄暗いですね。ランタンを灯しましょう。……あ、いました! あれがここのフロアマスターでしょう! あれは……ワーウルフです!」
フロアマスターであるワーウルフもこちらを認識したのだろう、一際大きな咆哮を上げた。
「どうする? ちったあ手を貸そうか?」
ボスの登場にシニチェクから有難いお言葉をいただく。
彼らにとってはとっくの昔に攻略したフロアなのだろう。
「……余計なお世話だ。ヒマならウチの小娘の尻でも撫でていろ」
はるぴよが返事をするより先に返事をしたのは土方だった。
「いや、勝手に返事しないで下さい! っていうか尻でも撫でてろって……そんな失礼な! 今時セクハラで訴えられたら勝てませんよ!」
〈そうよ! シニチェクにだって選ぶ権利があるんだから!〉
〈ね! 若作りしたアラサー女の垂れ始めたお尻なんて誰も触りたくないわよね?〉
すかさずシニチェクファンであろうコメントが飛んできてはるぴよの心を余計に抉りにきたが、そんなものに関わっている暇はなかった。
はるぴよの土方への返事を聞く前に沖田がワーウルフに向かって突進していたからだ。
「あ、あ、沖田さん! 大丈夫ですか!?」
はるぴよが心配したのは何も沖田の剣の実力を心配してのことではない。
この薄暗闇の空間に対してである。
ワーウルフは見たところ体長2メートルほど。鋭い牙も爪も持ってはいるだろうが、一見してそこまでの攻撃力がありそうには見えない。今まで倒してきたサーペントやミノタウロスの方が明らかに強く見える。
だがそれでもこの15階層のフロアマスターをしているのだから、何か強さの理由があるはずだ。
少なくともこんな薄暗い空間での戦闘は今まで経験がなかった。多くのダンジョン攻略者はこれに苦戦したのではないだろうか? はるぴよはそう予想して沖田に声をかけたのだった。
「大丈夫だよ~、はるぴよちゃん!」
だが沖田は後ろ手に手をひらひらと振ると、振り返ることもなく一直線にワーウルフに突っ込んでいった。
「ねえ、土方さん? 本当に沖田さん大丈夫なんですか? フロアは薄暗いままですけど……」
心配になったはるぴよは土方に尋ねたが、土方は鼻で一笑に付した。
「お前なぁ、総司のことをどっかの御曹司だと勘違いしていないか? アイツは確かに元々は歴とした武士の家の子だが、子供の頃からの貧乏暮らしだ。俺や近藤さんたちとほとんど育ちは変わらねえよ。闇夜で他流と喧嘩試合をしたことも一度や二度じゃねえ。ましてや京ではほとんどが夜道での斬り合いだった。夜目も利かないような道場剣術育ちのボンボンならここまで生き残ってねえよ」
「あ、そうか……そうですね……」
沖田の柔らかな物腰と少年のような表情を見ていると、はるぴよはついうっかり特別視してしまいそうになるのだが、彼もまた剣豪集団新撰組の中核を担ってきた人物なのだ。……いや中核どころか、新撰組最強だったという噂もあるらしい。
それでもはるぴよはどこか沖田に対する心配が抜けなかった。
とりあえずカメラを夜間モードに切り替え沖田を追う。最近のカメラは高性能で暗い空間でも昼間とほとんど変わらず鮮明に映像を映すことが出来る。
一直線に飛び込んでいった沖田のスピードにワーウルフの方は明らかに対応出来ていなかった。
転げるようにして最初の一撃をかわしたワーウルフだったが、すかさず沖田が再び踏み込んでいった。
早くも勝負あったか……と思われた瞬間、はるぴよの後ろから魔法の詠唱が聞こえた。
「……
はるぴよの放つこじんまりとした
だがそれはワーウルフには直撃せずにそのはるか頭上に向かって飛んで行き、壁一面に広がっていたツタに燃え移るとフロア全体を煌々と照らし始めた。
そしてその瞬間ワーウルフは今まで聞いたこともないような大きな咆哮を上げた。
「うおぉぉ~~~ん!!!」
「あ、ああ……ワーウルフが、巨大化している?……」
どんな事態になっても実況を止めないのは、はるぴよに配信者魂がそれだけ染み付いてしまっている証拠だろう。
体長2メートルほどだったワーウルフは、みるみるうちに倍以上の体躯に一気に巨大化していた。
〈マジかよ!〉
〈まあダンジョン内のモンスターだからね。これくらいのことはあるでしょ?〉
〈ワーウルフ、つまり狼男。狼男の伝説ってのは普通の男が満月の夜になると狼男に変身してしまう……っていう話じゃなかったか? いつの間にか伝説もこんな風にインフレしてしまってるんだな……〉
〈知るかよ、そんな伝説。とにかくあの巨大化したワーウルフはヤバいって!〉
コメント欄も大騒ぎだったが、はるぴよはまず尋ねなければいけないことがあった。
「……ねえシニチェク? こうなることが分かっててわざわざ魔法を放ったの?」
「まあな、あんまり長く退屈が続くと流石にウチの視聴者に悪いからな」
はるぴよの問いにシニチェクは何ら悪びれることなく応えた。
〈そうよ! わけの分かんない3人のチョンマゲが剣を振るうところばっかりで、いい加減退屈してたんだから!〉
〈そろそろシニチェクも戦ってよね!〉
すかさずシニチェク派の視聴者から擁護のコメントが飛ぶ。
はるぴよも流石にこれには腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。
当然シニチェクはすでにこのフロアを攻略しているから、ワーウルフがどういった特性を持ったモンスターなのかを理解していたはずだ。そしてそれが分った上でワーウルフが覚醒するように火球魔法を放ったというわけだ。
もちろん視聴者が楽しむため……という大義名分があるにしても、共に戦う我々にとって一気に苦境に陥るようなことを何の断りもなく行うなど、はっきり言って決裂宣言と受け取られても仕方ない行為だと思うのだが……。
「よう、どうする? 流石に俺たちも手伝おうか?」
意地悪く再度聞いてきたシニチェクに対し、はるぴよが流石に抗議の言葉を述べようとした時だった。
そんなはるぴよの怒りなどつゆ知らず……といったのんびりした声が、当の沖田本人から声が聞こえてきた。
「シニチェク殿~、全くもってご無用でござる! 拙者も狼男殿をあのような覇気のない姿のまま討ち果たさずに済んで、とても感謝しておりますぞ~」
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