21話 人気配信者?

 はるぴよのこの週の配信・ダンジョン探索はこれで終了した。

 次週11階層からスタート出来るというのははるぴよにとって望外の成果だ。大きな達成感をもってこの週を終えることが出来たのだった。




 翌日の月曜日、朝から出社し立派な会社員を演じていても、はるぴよの心はダンジョン攻略配信者としての自分にかなり傾いていた。

 自分が週中こうして働いている間も3人はまた例のように真剣で斬り合って訓練しているのだろうか? どう考えてもイカれてるよね?

 ……いや、そんなことより、配信者としてのランクを向上させてゆくためにはもっともっとライブ配信の機会を増やさなきゃだよね? 人気を得るためにも、自分の実力を付けるためにも1時間でも多くダンジョンに入っておくべきだよね? となると平日の夜か? ……いやぁ、無理無理! 翌日疲労と寝不足のヘロヘロの身体で仕事やるなんて本末転倒もいいところよね?


「……春名さん……春名さん。聞こえてる?」


「は、はい! 申し訳ございません!」


「いや、そんな謝んなくても良いんだけどさ……ちょっとこの資料について不明瞭な点があってさ…………」


 油断して立派な会社員を演じることを少しだけ忘れていたようだ。

 時代的要請からコンプライアンスが厳しくなったことに伴い、昔のように露骨なパワハラ上司は存在しなくなった。だからと言って仕事が楽かというと全然そんなことはない。

 パワハラじみたキツい言い方がなくても上司の失望は露骨に伝わってくるし、セクハラ紛いの揶揄いはなくとも「女だからな……」という視線は感じるし、周囲の同僚からの言葉は優しくても完全に心を開けるわけではない。

 そもそも自分の仕事がはっきりと結果に出てくる以上、プレッシャーは昔と何ら変わらない。

 はるぴよは日本最高学府とも呼ばれる慶光大学を卒業している。当然周囲からはエリートだと思われてしまうことも多い。だけど本人からしたら全くそんな意識はない。むしろ大学時代に本物のエリートを目の当たりにしてきただけに、自分が凡人であることを身に沁みて理解している。自分はただただ勉強することしか取り柄がなくて、必死で机に齧りついてきた人間なのだ。


(人気配信者たちはこんな悩み無いよね?……私はこんなことしてて良いのかな?)


 自分のような会社員の真剣な悩みなんか人気配信者は知らないだろう。もちろん彼らには彼らの悩みがあるのだろうが。

 昨夜はサーペントを倒した興奮がずっと冷めず中々寝付けなかった。あの興奮、高揚感、達成感、スリル……あれこそが生きているということなのではないか? そんな声がはるぴよの中で徐々に大きくなってきたのだ。

 一度しかない人生。自分の好きなことに全振りしてみるべきなのではないだろうか?


(いや、待て待て私! 冷静になれ!)

 

 はるぴよは自らの思考をストップさせた。

 そもそもの大前提として現在ダンジョン攻略配信者が魅力的に見えているのは、自分に会社員としての安定した収入があるからだ。子供の頃から必死で勉強して、立派な大学を出て、こうして大手企業で安定した収入があって……そうした心の余裕があるからダンジョン攻略配信も趣味として楽しめているのだ。

 その前提を忘れて、意気込んで「私は夢を追ってダンジョン攻略配信者として生きるんだ!」とか言って広告収入を頼りに会社を辞めたりしてしまうのは身の破滅という他ないだろう。


(うん……私は全然冷静!)


 もちろんダンジョン配信者としての活動は大事だが、それはそれ、これはこれ、である。




「やほほ~、皆さんおはようございます、はるぴよです! 土曜の朝から同接の皆さんありがとうございます! 1週間待ち遠しかったですよね? はるぴよに会いたくって仕方なかったですよね? はるぴよも皆さんに会えるのを平日の間、ずっと待ち焦がれてましたよ!」


〈待ってねえよ、ヒマだから覗いてみただけだ〉

〈朝8時から配信開始なんてイカれてんだろ?〉

〈ほんそれ、全然待ってねえし。朝8時から年増女のぶりっ子ハイテンションは正直キツい〉


「ちょっと! 年増女とか言わないで下さいね! はるぴよは永遠の17歳なんですからね!」


(あ~、これこれ、これだよね!)


 配信開始と同時に飛んできたコメントは何故かいずれも辛辣なものだったが、それこそが愛の表れでもある。土曜の朝8時から配信を開始するはるぴよも中々の非常識だが、それに付き合う視聴者はもうコアなファンと見なして構わない存在だろう。

 今週は会社員としての生活に疲れていたはるぴよだったが、このコメントのやりとりだけで心の奥がじんわりと満たされていくのを感じていた。やはり会社員春名日葵はるなひまりとしての世界だけでなく、ダンジョン攻略配信者はるぴよとしての世界があるから自分は生きていけるのだ。


「スゴい! 同接100人を突破しました! こんな早い時間なのに! 皆さんありがとうございます!」


 配信開始からわずか10分程度でのことだ。しかもまだ何も特筆すべきことは起こっていない。はるぴよの配信者としての人気が着実に出て来ていることの証拠だろう。

 先週のサーペントを1人で倒した戦いのアーカイブは今週だけで視聴回数1万回を突破したし、はるぴよ自身のフォロワーも300人を超えた。人気配信者と呼ばれるにはまだまだ程遠いが、はるぴよ自身はっきりとした手応えを感じていた。


 人気が出てきた理由は、先のサーペントを1人で倒した戦いが見応えのあるものだったということ、後ろに控える新撰組3人との出会いのインパクト、そしてはるぴよの魅力的なキャラクターだろう……とはるぴよ自身は分析していた。

 もちろんどれも当たってはいるのだが、実は人気が出てきたのはそれ以外のはっきりとしたきっかけがあった。



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