19話 サーペント②
「ありがとう、沖田さん!」
沖田の愛刀である菊一文字をはるぴよは駆けながら受け取り鞘から抜いた。
日本刀など今まで触ったこともなかったが、思っていたよりも重さも手頃で非力な自分でも充分扱えそうだ。
「はるぴよちゃん、頑張ってね~」
緊張感のない沖田の声援を受け、はるぴよは再びサーペントと向き合った。
15メートルはあろうかという巨体だが意外に素早く非常に動きが読みづらい。4足歩行や2足歩行のモンスターなら初見でもまだ動きが予測できるのだが、地を這う動物などどうしても動きが読めない。
シャー!
身体のどこから出たのか分からない音を発し、サーペントが再びはるぴよに向かってきた。人間1人など余裕で飲み込めそうな大きな口を開けて音もなく近付いてくる。
それを正面から見たはるぴよは改めてその異形の姿にビビり、大きくサイドステップして離れる。
「おい、小娘。逃げてばかりでは勝てんぞ。臆して逃げては攻撃を当てられん。攻撃のためには最小限に避けろ!」
土方からはずいぶん実戦的なアドバイスが飛ぶが、もちろんはるぴよに返事をする余裕などない。
(……最小限に避ける? ムチャ言わないでよ!)
だがその時幸運が起こった。
声を発した土方に対してサーペントが反応し、はるぴよに対する注意が一瞬途切れたのだ。
ビビりまくっていたはるぴよだったが流石にこの機を逃すわけにはいかない。3メートルほどの距離を一気に距離を詰め、両手で持った沖田の愛刀菊一文字を上段に振りかぶった。
渾身の力を込めたはるぴよの一撃だったが、サーペントの太い身体を傷付けることはなくはじき返された。攻撃を当てたはるぴよの方が、衝撃で手が痺れるような感覚を覚えた。
打撃の痛みに腹を立てたのか、振り返ったサーペントが赤い眼ではるぴよを睨み付け再びシャーという音を発した。
「ウソ、沖田さん! これ全然斬れないんですけど! この剣ニセモノなんじゃないですか!?」
「ははは、ニセモノじゃないよ、はるぴよちゃん! 大事な大事な私の愛刀さ!」
「ニセモノはお前だ、小娘。剣というものは剣士が振るうから剣なのだ。一流の得物を手にしても三流の人間には使いこなせないものだ」
「……それなら最初からそう言ってよ! 土方さんのイジワル!」
反論しているはるぴよに向かって、再び死角からサーペントの尻尾が襲いかかる。
「……ぐっ」
完全に不意打ちだった最初の一撃よりも軌道は見えていたので、大きなダメージを受けることはなかったが、やはりその力の強さには恐怖を感じる。
「……とにかく、じゃあこれ返しておきます。折ったりしたらマズイので!」
吹っ飛ばされた先に丁度いた沖田に向かってはるぴよは菊一文字を差し出す。
仕方ない。土方の言う通り自分の手慣れた武器を扱って戦うしか勝つ方法はないのだろう。はるぴよは覚悟を決めて腰のナイフを引き抜いた。
(……っていうか無理ゲーじゃない?)
ナイフをしっかり中段に構えてサーペントを睨み付けながらもはるぴよはそんな気がした。
しっかりとしたダメージを与えるには、やはりもっと近付いてナイフを突き刺すしかないのだろうか?
シャー!
再び向かってるサーペントをサイドステップでかわし、なんとかナイフを突き立てようとするが、丸太のように分厚いその胴体にはまるで刃が立たない。
〈wwwマジでダメージ、1ミリも与えられないじゃん!〉
〈当たらないとかじゃなくて、しっかりと全力の攻撃を当ててダメージ全く与えられないんだもんな。どう考えても勝ち目ゼロだろ?〉
〈土方さ~ん! 俺たちのはるぴよちゃんを助けてあげて下さ~い〉
〈最初っから刀扱えないことが見込めたのに刀貸してあげたんだろ? はっきりと協力を拒否しながらも実のあるアドバイスを送る土方や完全無視の斎藤よりも、沖田の方が実は全然ドSなんじゃねえの?〉
〈っていうか、戦闘ってこんな協力しないもんなの? パーティーって何だっけ? ここを見てると改めて思わされるよなww〉
(……魔法、かな?)
サーペントの攻撃を搔い潜ってはナイフを突き立て、それでもダメージを与えられないということを何度か繰り返した後、はるぴよは不意に思い付いた。
回復魔法は学生の時から割と得意だったが攻撃魔法はからっきし使えなかった。だが物理攻撃がまるで通じないなら、何かしらの攻撃魔法を用いるしかないだろう。
「……
思い付いたままに唱えてみる。前回5階層のミノタウロスが使ってきた魔法がイメージに残っていたのかもしれない。
「わあ、はるぴよの
イメージしていた威力には程遠く、えまそんの呑気な感想が聞こえてくるほどのものしか打ち出せなかった。
「……うるさいわね、自分でもセンスがないことくらい分かってるわよ!」
イラだちからついそんな返事をしてしまったが、何しろ戦闘中なのだからはるぴよだって切羽詰まっている。
「ねえ、3人さん! そろそろマジで助けてくれませんか! 私が死んじゃったら皆さんも色々面倒くさいでしょ!?」
はるぴよは相変わらず微動だにしない新撰組3人に向かって叫んだが、もちろん彼らははるぴよが幾ら言葉を尽くしてもそれによって助けに動いたりはしないだろう。
「考えろ。考えなしに成長はないぞ!」
「あ~、もう!」
土方のにべもない態度にイラだったはるぴよだったが、すぐに考え直した。
(……考えるのは私の得意分野でしょ。そこで負けたら
学歴自体にさして意味はないのかもしれないが、それでも積み重ねた努力がどこかで自分を支えるものだ。はるぴよは自身の出身である最高学府のことを思い、一瞬で自分の持っている武器・相手の特性・状況を整理し戦略を定めた。
はるぴよは今まで向かって来るサーペントをフットワークで左右にかわして攻撃する……という行動を繰り返していたがここに来て完全に足を止めた。中段に構えていたナイフも下ろし、だらりと脱力する。
動きの止まった獲物相手にサーペントもほんの一瞬だけ戸惑ったようだったが、すぐに大きな口を開けて真正面からはるぴよを丸吞みにせんと近付いてきた。
「……
向かって来る大きな口に目掛けてはるぴよは呪文を唱えた。
シャー!
今まではどれだけはるぴよが攻撃しても何の反応も示さなかったサーペントが、直撃した火球によって初めて大きな拒否反応を示した。焼け焦げたような匂いが辺りに充満する。
「やっぱり! 胴体がいくら分厚い皮膚でも粘膜に直接火をぶち込めば流石に利くわよね!」
怯んだサーペントに向かってはるぴよは脱兎のごとく駆け寄った。
粘膜とはもちろん口の中だけではない。次の狙いははるぴよの頭ほどはあろうかという真っ赤な眼である。
「
のたうち回るサーペントへの1発目は外れてしまったのですぐに2発目を放つ。
怯んだ敵に対して攻撃をまとめて叩き込んでゆくはるぴよのセンスは中々のものだった。狙い通り2発目の火球魔法がサーペント右目に直撃してその眼は完全に潰れた。
「おい、小娘あまり暴れさせるな。こっちにも迷惑だ」
今まではどれだけうるさくなろうとも完全に沈黙していた斎藤だったが、暴れ回るるサーペントの風圧に煙草の火を消されたことではるぴよに苦情を申し立てた。
何しろ15メートルはあろうかという巨体が苦痛にのたうち回っているのだ。身体がこれだけ長ければ尻尾の方はそれだけ暴れ回る範囲も広くなる。
「知らないわよ、そんなこと!」
もちろんはるぴよにそこまで気を遣っている余裕はない。
「
慣れない攻撃魔法はそれだけ負担も大きいのだろう。もう火球魔法は出て来なかった。
だがはるぴよはすぐに攻撃プランを変えて力強く踏み込み、サーペントの残った左目にナイフを深々と突き立てた。
噴出する血の勢いが弱まった頃、ついにサーペントは力尽き動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます