18話 サーペント

「ここは……」


 階段を下りたはるぴよはその雰囲気の違いに驚いた。

 今まではゴツゴツした岩場ばかりのフィールドだったのだが、ここの10階層は綺麗な白いツルツルした床だったのだ。一見コンクリートのようでもあるが硬いかといえばそうでもなく、柔らかいともいえない不思議な感触の床だった。

 そして異様に静かだった。フロアマスターのフロアに入ればザコ敵は出て来ない……というのは先の5階層で予想していたことではあったが、音がどこかに壁や床に吸収されていくかのようだった。


 そうしてフロアマスターは唐突に現れた。

 というよりも最初からそこにいたことにはるぴよは気付かなかったのだ。あまりの大きさにそれがモンスターだとは認識しておらず、背景に同化しているかのようだった。

 近付いたはるぴよに緑色に縁取られた赤い瞳がギョロリと向けられる。

 ひんやりとした白壁だと思ってはるぴよが手を付いたのは、フロアマスターの巨体だったのだ。

 唐突な一撃を食らいはるぴよが吹っ飛ぶ。何が起きたのかが分かったのはその後だった。


「……サーペントだ!!!」


 吹っ飛ばされて少し距離が出来たところでようやく相手の全貌が分かった。敵は白い大蛇のモンスター、サーペントだったのだ。全長15メートルはあろうかという敵の全貌が分かり、はるぴよの足がすくむ。


「デカいですねぇ……土方さん」

「ああ、まさか蛇だとはな。しかしまあ、普通に考えれば蛇なんて大した敵でもないだろ?」

「ですな。人間相手の方がよっぽど面倒でしょう」


 敵の正体が判明しても3人の新撰組は呑気なものだった。

 もちろん彼らも元の世界でこんな大きなバケモノを相手に剣を振るっていたわけではないだろう。かと言って彼らは虚勢を張っているわけでもなさそうだった。

 本気でさして強い敵だとも思っていないし、はるぴよが危ないとも思っていないようだ。例えフロアマスターが相手でも戦闘は基本的にはるぴよに任せ、自分たちは手を出すつもりはない……という態度の表明でもあった。


〈うお! サーペント! 実際目にするとデカいな!〉

〈巨木みたいな太さだよな。画面越しじゃなくて生で見たらもっと迫力あるよ〉

〈は? お前は生で見たことあるって言ってんの?〉

〈ないない! 生であんなキモいモンスター見たいと思うか?〉




(もう! こっちは死にそうだってのに!)


 相変わらず同接視聴者のコメントは無責任なものだった。

 サーペントの巨大な尻尾の一撃に吹っ飛ばされてダメージを負ったはるぴよにはとても苛立たしいものだったが、まあいつの時も視聴者というのは無責任で勝手なものだ。


「はるぴよぉ、大丈夫?」


 親友えまそんのふんわりとした声がイヤホンから聞こえてきて、はるぴよは少しだけ落ち着いた。彼女もまた無責任な視聴者の1人ではあろうが、彼女は自分が無理矢理巻き込んだようなものだ。

 元々ダンジョン攻略配信なんて自分が好きでやり始めた道楽みたいなものなのだ。他人に心乱されず、やるしかない。新撰組3人も本当にヤバい状況になったら助けてくれるだろう。

 はるぴよは弱気を振り払った。




「さあ、初めて見る巨大な難敵に私はるぴよはビビりまくっておりますが、何とか活路を見出したいと思います!」


 不思議とこんな時ほど自ら実況を入れたくなってしまうのは、配信者魂が染み付いてきている証拠なのだろうか。


(さて、どうしよっかな……)


 最初の一撃で吹っ飛ばされたことで、はるぴよとサーペントの間にはおよそ5メートルほどの距離が出来た。

 すぐに敵ははるぴよの姿を捉えするすると近付いてくる。

 蛇特有の音もない移動がとにかく不気味で、はるぴよは全力で方向を変えて逃げる。


「そうだ! どんな敵だろうと正面に立つな! 脇に潜り込め!」


 土方から声が飛んで来るが、もちろんはるぴよに冷静に聞いている余裕などはない。


(う~ん、近付きたくないなぁ……)


 はるぴよには最初の尻尾の一撃のイメージが残っていた。

 あの巨体にまた吹っ飛ばされたくないと、前回のスケルトン戦で覚えた投石によるヒット&アウェイで戦おうと思ったが、この白床は今までの岩場のような床とは違い投げられるような石が一つも転がっていなかった。

 フットワークでははるぴよが上回っている。サーペントの身体の横に回り込み一撃食らわせることは出来そうだったが、自分の非力な一撃でこの丸太のような大蛇にダメージを与えられるのか……はるぴよは未だ躊躇していた。




「……ねえ、土方さん! そのお腰に付けた日本刀貸してくれませんか!?」

「断る」


 せめて強力な武器を使えればサーペントにダメージを与えられるのではないか……というはるぴよのアイデアは土方に断られた。


「……せめて『なぜだ?』とか会話のラリーがあっても良いでしょ! いきなり全否定はないでしょ!」


「馬鹿か、お前は。刀は武士の魂だ。おいそれと人に貸すようなものではない」


「……まったく、土方さんに頼んだ私がバカでしたよ。……斎藤さ~ん! は、言うまでもなく完全無視だろうし……沖田さん! お願いします! 大事なものだとは思うんですけど、私にとっては窮地なんです! 沖田さんが使っている刀、私に貸してくれませんか!」


「そうだよね~、わかった!」


 やはり沖田は……沖田だけは優しい。沖田はニコリと微笑み自分の腰から佩刀を外した。感謝の気持ちを込めてはるぴよは沖田のもとに駆け寄り、鞘ごとその刀を受け取る。


「私の菊一文字は名刀だからね~、心して振るってね」


 はるぴよには沖田の微笑みが天使の微笑みに見えた。



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