16話 瞬間移動の腕輪

「はっや……」


 例にとってはるぴよの回復魔法によって全快したミノタウロスは、次に斎藤一さいとうはじめと対峙した。

 モンスターといえどやはりある程度の知性はあるようで、予期せぬ二度目の回復にミノタウロスも一瞬戸惑った様子を見せた。

 それでも本能がそうさせるのか、すぐに戦闘の雄叫びを上げた。


 だが斎藤は沖田や土方のように相手の攻撃を引き出して楽しむ……というような戦い方はしなかった。

 回復して2つの大斧を上段に構えたミノタウロスを見て戦闘準備完了と判断したのだろう。敵が大斧を構えた瞬間に一足飛びに飛び込み、左の片手突きを放ったのだ。

 剣は深々と眉間に突き刺さり、ミノタウロスは三度目の昏倒に至った。




「おいおい、斎藤君。キミの剣にはまるで面白味がないな」


 一撃で倒してしまった斎藤に向かって、土方がやれやれと首を振っていた。


「もう粗方コイツの動きも見切ったのでね。……ああお嬢ちゃん、俺が一番早かっただろ?」


 斎藤は通信中のえまそんに呼びかけた。


「えっとぉ……斎藤さんのタイムは5秒ですね」


 斎藤は無言でドヤ顔をキメると、例によって懐から取り出した煙草に火を点けた。

 それに異を唱えたのは最初に戦った沖田である。


「ちょっと待って下さいよ! 本気出せば私が一番早く倒せたに決まってるんですからね! ほらはるぴよちゃん、もう一回回復!」


「いや、もう完全に死んでますから……」


 ミノタウロスの額からはおびただしい量の血が流れ出ており、どう見ても回復の余地は無さそうだった。というか流石にもう一度倒されるためだけにミノタウロスを回復させるのは、はるぴよの精神的にも無理だったが。


〈いやエグすぎやろ……〉

〈なあ、この自称新撰組さんたち、めっちゃ強いんじゃねえの?〉

〈どうだろな……もちろんある程度強いとは思うけど、ミノタウロスくらい一瞬で倒す上級攻略者は割といるっちゃあいるからなぁ〉

〈でもこの人たち明らかにまだ本気出してないじゃん。しかも魔法の類は一切使わないし〉

〈まあ、お侍さんの恰好した日本刀の達人たちってだけで惹かれるよな。俺はもう少しこの人たち追うよ〉

〈俺も〉




 フロアマスターであるミノタウロスを倒したことで次の6階層への扉が開き、隠れていた宝箱が開く。そこにあったのはシンプルな装飾の金の腕輪だった。


「……これが、瞬間移動ワープの腕輪かぁ……」


 ダンジョン冒険者にとって最もポピュラーなアイテムの一つだろう。

 イチイチ徒歩で往復しなくてもフロアマスターを倒した階層まではワープ出来るというアイテムだ。これを手にして初めて初心者冒険者を脱した、という共通認識が出来ているくらいにはポピュラーなものだ。

 逆に中級以上の冒険者たちにとってはあまりにありふれたもので、今さら意識もしないものなのだろうがはるぴよは感動していた。初めて5階層にまで到達してフロアマスターを倒し、そして瞬間移動の腕輪まで入手したのだ。


「……えまそん、今同接何人?」


「んっとね~、あ、スゴい。120……今130人を超えたよぉ~」

「オッケー、ありがと」


 素早く通信の回線を切り替えるとはるぴよは、ダンジョン攻略配信者としての顔を一瞬で作った。


「やほほー! はるぴよです!……ということで同接の皆様、ご覧いただきありがとうございました! 新撰組の皆さんの戦闘凄かったですねぇ! 今日の配信もアーカイブに残してありますので、どんどん拡散して1人でも多くの視聴者さんにご覧いただきたいと思っています! ……でもやっぱり攻略に向かうドキドキはリアルタイムが最高ですよね? これからも配信を続けていきますので、是非ともチャンネル登録をして、はるぴよと一緒にダンジョン攻略のハラハラドキドキを楽しみましょう! あ、サンクス機能による投げ銭なんかも随時お待ちしております! はるぴよの活動を応援してやっても良いよ、っていう方は是非ともブックマーク登録をしてレビューの項目から★を投げてね!……それではまたね~、バイバイ~」


 配信者として精一杯の笑顔を見せたはるぴよだったが、不思議とそれに対しては視聴者からは何のコメントも返っては来なかった。




「やほほ~、お姉さん! 5階層のフロアマスター、ミノタウロスを倒しましたよ!」


「あら、はるぴよさん! おめでとうございます、早かったですね!」


 一度ギルドに戻り、はるぴよは受付のお姉さんに得意気に戦利品である瞬間移動の腕輪を見せた。


「……ほう、本当に一瞬で入口まで戻れる代物だとはな……」


 土方は時間のロスだということで、例によって一度ギルドに戻ることに反対していたのである。だが腕輪を用い一瞬でダンジョンの入口まで戻ってみせると、3人は目を丸くしていた。


「すごいじゃん、はるぴよちゃん! これがあれば洞窟のどこまでも一瞬で移動できるってことだよね? じゃあ近藤さんもすぐに発見できるね!」


「……いや、沖田さん。腕輪の効力は一度到達したフロアにしかありませんからね? 未到達のフロアには移動出来ないですよ」


 瞬間移動と言っても本当にどこまでも行けるわけではない。行ったこともないフロアにも簡単に行けるようなアイテムがあればチートもいいところだろう。


「あら、はるぴよさんはまたレベルが上がっていますね? 回復魔法ヒールもまた一段階レベルアップしてDにランクアップです。そして5階層クリアということで冒険者ランクもFにランクアップしています! おめでとうございます!」


 受付お姉さんがカウンターの中から拍手をすると、それに追従して何人かのギルドの職員たちが拍手をしてくれた。

 

「あ、あ、ありがとうございます!」


 別にFランクの冒険者なんて珍しくもない。

 早い冒険者ならば2,3回のダンジョン攻略で到達するようなレベルだ。それでもはるぴよはランクアップをしたという事実が嬉しかった。

 何回もダンジョン攻略に挑戦してはさしたる功績も上げられず、何も獲得できない冒険を繰り返していた時には「もしかしたら自分は冒険者には向いていないのではないだろうか?」という弱気な気持ちが浮かんできたものだ。

 偶然出会った新撰組3人の力を借りてではあるが、それでもこうして冒険者ランクを上げられたのは自分の努力が認められたようでとても嬉しかった。


「あら? そちらの3人様はまだ全然レベルアップまでは遠い様子ですね」


 受付お姉さんがはるぴよの後ろにいる3人を鑑定すると、やや驚きの声を上げた。


「は、当然だ。今まで対峙した獣たちなど我々にとってはモノの数ではないからな」

「……当然だな。俺たち同士で斬り合った方が鍛錬になるに決まっている」

「あの頃の京の見廻りの緊張感だとか鳥羽伏見の時に比べれば、今までの戦いは鍛錬というにも甘すぎますよね、正直」

「おいおい総司! お前は鳥羽伏見の頃はもうほとんど臥せっていたじゃないか!? 何一丁前に参加したツラしてやがるんだよ?」

「ちょっと土方さん! それは言わないでくださいよぉ~!」


 土方のツッコミに沖田が情けない声を出して、それを見て斎藤もゲラゲラ笑っていた。

 ……こういうよく分からない内輪だけのノリで盛り上がって、女の子に疎外感を味わわせるような男子はモテませんからね? 皆さんも注意して下さいね。



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