15話 ミノタウロス再戦

「おら、牛頭。来いよ?」


 ミノタウロスと対峙した土方は腰から刀を鞘ごと抜いて、くいくいと5階層フロアマスターを挑発した。


 ウオオオォォ~~~ン!

 モンスターと言えど挑発は伝わるようだ。全力で踏み込むとミノタウロスは左の大斧を振り下ろした。


「おほ、間近で対峙すると中々の圧力だな!」


 嬉しそうに笑いながら土方はその一撃を前に転げながらかわす。

 ミノタウロスの空を切った一撃が地面を砕き、人が1人入れそうなほど大きな穴が開いた。


「小娘! お前の奇術は優秀だな! 先ほどとまったく遜色ない動きが出来るほどにコイツは全快しておるわ!」


「副長! アンタもあんまり遊びすぎるなよ!」


 今度は傍から見ていた斎藤の野次が飛ぶ。どうやら沖田の次の番を土方に取られたのが納得いっていないようだ。

 ……どんだけ、戦闘狂なんだ、この人たちは……

 口にこそ出さなかったが、はるぴよの気持ちはその一色だった。

 あるいはこの人たちのみたいな戦闘力があれば、モンスターと対峙してもお遊びのような感覚で戦えるのだろうか?

 まるで彼らの感覚は理解出来なかったが、少しだけ彼らのことを羨ましいとも思うはるぴよであった。


 最初の一撃を外されたミノタウロスだがすぐに体勢を立て直し、再び大斧を上段に構えて土方を睨み付ける。


「なあ、早く掛かって来いって? 睨んでるだけじゃ倒せないことはお前だって分かってるだろ?」


 再び土方はミノタウロスに声をかけた。どちらかと言うと優しく諭すような口調だった。この状況ではこれ以上の挑発もないだろう。


「ねえ、沖田さん……挑発してる割に土方さん、まだ刀も抜いてないですよね? どういうつもりなんですか?」


「ん? ああ……まあ『どっちが早く倒せるか競争だ!』って言っておきながらやっぱり土方さんもアイツとの対峙を楽しんでるんだよ。あれだけの巨大な敵を相手にする機会は今までなかったからね。流石に土方さんの方から仕掛けちゃったらすぐにあの牛頭クンも倒れちゃうでしょ?」


「え、そうなんですか?……」


 挑発を受けてしっかりと怒りを感じていたのだろう。

 ミノタウロスの次の攻撃はさらに速く、力強いものだった。軸足の踏み込みで足元の岩場が削れるほどだった。

 音の出るようなミノタウロスの攻撃だったが、はるぴよの予想に反し土方は今度は後ろにも左右にも足を動かさなかった。


(え?)


 何か不意のケガか、ミスがあったのか……これで土方もやられる……とはるぴよが思った瞬間、土方は鞘のままの刀でミノタウロスの左右大斧の連撃をそれぞれ叩き落した。

 どう見ても質量が倍以上違うであろうに、なぜあんなに簡単に大斧の攻撃を弾き返せるのか……まるで理解出来なかった。


「ねえ……何で土方さんまだ刀を抜かないんですか!? どっちみち相手の斧に攻撃を合わせるなら抜き身でやれば良いんじゃないんですかね!?」


 はるぴよはまた沖田に尋ねた。

 沖田もはるぴよの質問に楽しそうに応える。今までこんな風に仲間の戦いを解説する機会はなかったのだろう。


「ああ、土方さんは相手の太刀筋をしっかりと見切った上で倒したいんじゃないかな? それには抜き身じゃない方が良いんだ。土方さんの佩刀和泉守兼定いずみのかみかねさだはもちろん名立たる業物わざものだけど、名刀ほど乱闘の中であっけなく折れたり、刃こぼれすることも多いからね。あれだけの大きな斧を相手に刃を交えるのは危ないってことを土方さんは意識してるんだよ」


「はえぇ~……」


 自分よりも背丈小さく、重量も半分に満たない相手に攻撃が全く通用しないことにミノタウロスも流石にイラ立っているのだろう。またすぐに次の攻撃に向けて大斧を振りかぶった。

 どうせまた、その攻撃も土方に弾き落とされるのだろう……

 はるぴよにはその映像が容易に想像出来たが、それは実現しなかった。


 振りかぶったミノタウロスの大斧が振り下ろされる前に、土方の鞘ごとの強烈な突きがミノタウロスの額に直撃していたからだ。

 踏み込んできたミノタウロスの力を利用したカウンターの正確な一撃。

 ミノタウロスは4~5メートルほども後ろに吹き飛ばされ、岩場に頭を打ち付けてあっさりと昏倒した。

 

「……ったく、もう飽きたぞ。お前は攻撃の種類が乏しいな。いつもいつも左の振り回しから入り、右の一撃に繋げる。そればかりでは子供にも動きを読まれるぞ。お前も所詮は図体だけデカいけだものか……」


 昏倒したミノタウロスに向かって土方は憐れむような視線を向けた。

 そしていよいよ抜刀し留めをさすのか……と思われた瞬間、今まで煙草をくゆらせていた斎藤一さいとうはじめが声を上げた。


「歳さん! これ以上やったらソイツ死んじまいますって。私の番が残っているでしょうが!」


「……ち、しょうがねえな、斎藤。ああ、お嬢ちゃん。俺はコイツを倒すのにどれだけの時間を使ったんだい?」


 土方は通信の向こうにいるえまそんに向かって呼び掛けた。


「はいはい、土方さぁん! ……えっとねぇ、土方さんのタイムは2分10秒ですね!」


「ほれ、見たか総司。 まあ流石に半分とはいかなかったが、お前よりもだいぶ速いぞ?」


 土方は沖田に向かって勝ち誇ったように言った。


「いやいや、それはズルいでしょ、土方さん。私は競争だと思わずにこの子と遊んでいたんですからね? それを後から入って来ていきなり時間で競おうなんてのは勝負でも何でもないですよ!」


 沖田もそれにムキになって応える。


「……これこれ、お二人さん。まだ俺の番が残っているでしょうが。ごちゃごちゃ言い争うのは俺の番が終わってからにして下さいな」


 割って入った斎藤が静かに言い放つと、2人とも争いを止めた。


「……ったく、まあその通りだな。斎藤君にも機会を与えてやらねば不平等というものだろう。西欧列強の到達によって時代は変わったのだからな、これからは君臣ともに皆平等でなくてはならんな!……よし、では小娘。頼むぞ」


「え、あ……そっか……そうですよね……」


 言うまでもなく、もう一度ミノタウロスに回復魔法ヒールをかけろということだろう。

 正直言ってはるぴよは気が進まなかった。

 どう考えても次は斎藤に倒されることが明らかなのに、回復させてもう一度戦わされるミノタウロスが、なんかもう可哀相に思えてきてしまったのだ。

 だがまあ……今さら自分の意志でこの3人に逆らうのは不可能というものだ。


「……回復魔法ヒール!」


 はるぴよは心を鬼にして、ミノタウロスにヒールをかけた。



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