14話 土方の意図は?
「あ、待て総司」
倒れたミノタウロスに向かっていよいよ止めをさそうかという体勢だった沖田だが、土方の一言に殊勝にも動きを止めて振り返った。
「何ですか? 土方さん」
戦いの最中とはまるで思えないような、いつもの邪気のない笑顔だった。
この人は一体どういう精神構造をしているのだろうか? もしかしたら一番恐ろしいのは土方よりも斎藤よりも、この沖田なのではないだろうか?
そんなことを思い付き、はるぴよは少しだけ身震いしそうになった。だがすぐにその考えを打ち消す。そんなはずはない、そんなはずはない……。
「おい、小娘」
「ひゃ、ひゃう!?」
まさか名前を呼ばれると思わず、妙な返事をしてしまったはるぴよだった。
だが土方はその程度のことにイチイチ反応したりはしない。
「あの回復の奇術をかけろ」
「は? 回復魔法ですか? 別に沖田さんはダメージを負ってないと思いますけど……」
どう見てもミノタウロスの攻撃をすべて沖田はかわしていた。それとも自分だけが素早い攻防の中での沖田のダメージを見逃していたのだろうか? 土方の言っている意味がはるぴよには理解出来なかった。
「阿呆。総司があんな鈍重な攻撃を食らうわけがなかろう。あの手負いの獣を回復させろと言っているんだよ。分からんか?」
「……は?」
土方がアゴでしゃくった先にいたのは、言うまでもなく倒れかけているこのフロアのボス、ミノタウロスだ。
「え? え? 何のためにですか? あと一撃で倒せるところまで来ているじゃないですか!?」
土方は頭がおかしくなってしまったのだろうか? もしや、ミノタウロスの何か精神異常の魔法が掛けられていたのだろうか?……思考の周りすぎるはるぴよはそこまで連想してしまった。
その様子を見て土方は説明するのも面倒だと判断したのだろう。
はぁ、と小さくため息をつくと、はるぴよに向かって頭を下げた。
「な、頼む。武士の情けだ」
「え!?……あ、はい……
あの傲岸不遜の塊のような男である土方が自分に向かって頭を下げた、という事実にはるぴよは混乱して思考停止した。
反論という選択肢の芽を摘み取られたはるぴよは、土方の言う通りミノタウロスに向かってヒールを掛けていた。眩いばかりの光が集まってきてミノタウロスの巨体を包み込む。はるぴよのヒールもレベルが上がったこともあり、以前よりも光の収束が速まったようだ。
〈え? マジでこの人何がしたいの?〉
〈まさか、殺すのは忍びないっていう武士の情けってこと?〉
〈わからん。ダンジョンのモンスターに可哀想だとかの感情を持つ冒険者なんて聞いたことないけど……〉
〈どう考えても異質だよな。マジでこの人たち新撰組なんじゃね?〉
〈バ~カ。簡単に何でも信じられる人間は幸せそうで良いな。過去からのタイムリープなんてあるわけないだろ? 三流ラノベじゃあるまいし……〉
コメントが一斉に飛んで来る間にミノタウロスは回復し、落ちていた両手の親指も再生し、両手にはしっかりと大斧が握られていた。
ウオオオォォ~~~ン!!!!
再びミノタウロスの咆哮がダンジョン内に響き渡った。復活した自らの身体を確かめ、喜ぶかのような声に聞こえた。
そして大斧を上段に構えると4人に向かって向き直り、ずん、と一歩を踏み出してきた。
……と思う間もなく、その巨体を突進させ右の斧を大きく水平に薙ぎ払ってきた。
「ねえ、土方さん! やっぱりダメじゃないですか! 情けが通用するような相手じゃないんですって!!!」
もんどり打って後ろに倒れながらはるぴよは土方に向かって叫んだ。
ミノタウロスの斬撃の風圧をしっかりと鼻先に感じていた。あともう少し反応が遅れたらはるぴよの綺麗な顔(自称)は傷物になっていただろう。まだ嫁入り前だと言うのに……。
だがはるぴよが非難した相手である土方は実に満足気に頷いていた。
「おい、小娘。お前の回復の奇術は流石だな! わずかこれだけの時間で全快ではないか!」
嬉しそうな声を聞いてもはるぴよには未だ土方の意図が掴めなかった。
「よし、次は俺の番だな。総司も斎藤も手出しは無用だぞ? 良いな?……なあ、総司はアイツを倒すのにどれほどの時間を使ったのだ?」
「は?……」
はるぴよが答えに窮すると、耳元からえまそんののんびりした声が飛んできた。
「土方さぁん、沖田さんは2分40秒ほどでミノタウロスちゃんを倒しましたよぉ」
「よしよし、では俺はその半分ほどで倒してやろうかな」
独り言のように呟くと土方は手振りで3人を下がらせた。
「もう、あの人も血の気が多いですね、まったく!……はるぴよちゃん、仕方ないから離れて見守ってよっか?」
沖田がやれやれとばかりに首を振って、袖を引っ張るのではるぴよはそれに従い、ミノタウロスと土方を遠巻きに眺める位置まで離れた。
ようやくはるぴよは土方の意図を理解した。
『新撰組対抗! 1人でミノタウロスを倒してみた
ということなのだろう。
ミノタウロスを倒す時間を3人で競おうということだ。わざわざそのために瀕死のミノタウロスに向かって、はるぴよに回復魔法を掛けさせるという常識外れの策を取らせたのだ。
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