13話 沖田の実力

「ち……総司のヤツ」


 いの一番に飛び出していった沖田に舌打ちしながらも、土方はどこか嬉しそうだった。

 労咳で日に日に弱っていく沖田の姿がチラついていたのかもしれない。それに比べれば元気溌剌な今の姿は頼もしく映っているのだろう。


「おい、総司! 油断するなよ!」


 ミノタウロスと正対した沖田に土方が後ろから声をかけると、沖田の方も後ろ手で大きく手を振ってそれに応える。


「……え、え、一緒に倒さないんですか!?」


 沖田の後方10メートルのところで完全に足を止めた土方と斎藤に、はるぴよは驚きを隠せなかった。もちろん沖田も相当強いのだろうが相手は未知の実力を持ったボスだ。ここは3人で確実に倒すのがセオリーじゃないのか?

 驚いたはるぴよの声にも、土方は表情一つ変えなかった。


「当然だ。これは武士にとって尋常な立会いだ。お前も余計な横槍を入れるなよ?」


 いつの間にか少し距離を少し詰めたようで、沖田は3,4メートルほどの間合いでミノタウロスと正対していた。


 と、思った次の瞬間ミノタウロスが動いた。

 3メートルの巨体が沖田に向かって一直線に踏み込み、両手に握られた2つの大斧がダンジョンの灯りを反射しギラリと黒光りした。

 最初は左の斧が沖田に振り下ろされ、それを追うように右の斧が横から薙ぎ払われた。ボクシングのワンツーのようなリズムだ。単なるモンスターとは違いたしかな知性を感じさせる攻撃だった。

 左の斧はフェイントだったのだろう。空中で止まったままだったが、右の斧は渾身の力で振り抜かれダンジョン内の大岩を粉砕していた。


「きゃ!」


 あまりの破壊力にはるぴよは思わず声を上げてしまう。あんなに強暴なモンスターを生で見るのは初めての経験だった。大岩をあれだけ木端微塵に破壊されるような破壊力では地形を防御に使うことも出来ないだろう。

 

 沖田は?……はるぴよの視界からいつの間にか沖田が消えていた。さっきの一撃で大岩もろとも砕け散ってしまったのだろうか?




「良い一撃、いや最初の囮の左も含めると二撃でしょうかね? 中々見どころあると思いますよ、牛頭君!」


 いた。

 なんと沖田は水平に振り抜かれたミノタウロスの右の斧の上に乗っていたのだ。


「でもねえ、やはり武芸者としてはまだまだでしょうかねぇ。剣というのは残心が大事なんですよ。まずは基本の姿勢に戻るということですかね。……って、あはは、流石に言葉は通じてないですかね?」


 斧から飛び降りると沖田はミノタウロスの背中側に回った。

 その動きに挑発の意図を感じたのだろう。猛烈な咆哮を上げながらミノタウロスが振り向きざま、再び大斧を振り回す。


「そうそう、まずは相手を倒すまで油断しないことですよ!」


 今度は身を屈めて大斧をかわした沖田は再び回り込み、見守っている3人の側に戻ってきた。


「どうも、ただいまです」


 戦闘中とは思えぬ笑顔を3人に向ける沖田だった。


「あの……もしかして沖田さん、3人で訓練してた時みたいに私の回復魔法をあてにしてます? もちろんある程度は回復出来ますけど、MPにも限界がありますし、最悪死んでしまっては……」


 控え目に言ったはるぴよだったが、その言葉は隣にいた土方に遮られた。


「おい、総司。遊んでるんじゃねえよ。とっととケリを付けろ!」


「まあまあ土方さん。慌てないでゆっくり見ていて下さいよ!」


 斎藤はすでに煙草に火を点けてニヤニヤしていた。

 沖田はまだ抜刀すらしていないが、もう必勝だということなのだろうか?




 2人(?)は再び正対した。

 ミノタウロスの方もさっきの一連の攻防で明らかに沖田を警戒しているのが伝わってくる。今度は大斧を構えたまましばらく仕掛けてこなかった。

 もしかしてそろそろ火球魔法が再び撃たれるんじゃないだろうか? そしたら方向的に自分も巻き添えを食らいそうだな、さっきみたいに土方さん私を守ってくれないかな? と相変わらず虫の良いことを考えていたはるぴよだったが、そうはならなかった。

 あるいは火球魔法の詠唱のスキに来るであろう沖田の一撃をミノタウロスも本能的に警戒していたのかもしれない。


「あれ、もう打つ手なしですか? ダメですよ、もっとガンガン仕掛けて来てくれないと……。ま、仕方ないですね、こちらから行きますか。♪♪斬~って嬉しい菊一文字♪♪っと……」


 ミノタウロスの微妙な動揺も沖田には手に取るように分かるみたいだ。

『花いちもんめ』の節で鼻歌を唄いながら沖田は抜刀して正眼に構えた。

 その様子にコメントが飛んで来る。


〈ってか、今まで刀すら抜いてなかったのかよ……〉

〈マジで目にも止まらぬ動きじゃん。曲芸師の方かな?〉


 やや左に偏った平正眼に構えたままスタスタと距離を詰めてゆく沖田にミノタウロスがジリジリと後退してゆく。倍近い巨体のモンスターが細身の沖田の威圧に押され下がらされる様は、傍から見ていると不思議な光景だ。


 グオォオオ!

 再びミノタウロスの咆哮が響く。

 壁際に押し込まれ後退する余地のなくなったミノタウロスが大斧を振りかぶり、いよいよ攻撃を繰り出してきたのだ。

 最初の時と同じように目にも止まらぬステップワークで再び翻弄するかに思われた沖田だったが、はるぴよの予想に反して半歩バックステップし、軽く頭を引くだけでミノタウロスの左の一撃をかわした。

 だが最初の左がかわされることを予想していたかのように右の連撃が続けざまに沖田を襲う。最初の時とは違いミノタウロスも決死の踏み込みだ。

 そして……


 ギャオオオオン!

 次の瞬間に聞こえてきたのはミノタウロスの叫び声だった。

 沖田はミノタウロスの右手側に一歩だけ抜けていた。いつも通りの涼しい人懐っこい笑顔だった。


 ミノタウロスが両方の斧を取り落としていた。

 だが一見した感じミノタウロスにもそれほどの大ダメージがあるようには見えない。何が起こったのか、はるぴよにはさっぱり理解出来ていなかった。


「見ました? 見ましたよね? 土方さん!」


 当の沖田は土方を振り返ると満面の笑みを浮かべた。大人とは思えないような実に無邪気な笑顔だった。


「わかった、わかった。……そんな指斬りみたいな曲芸技ばかりやってるとまともな太刀筋が鈍るぞ?」


 取り落とした大斧のそばにミノタウロスのどす黒い血が滴り、ペットボトルほどはありそうな肌色の物体を見つけた時、ようやくはるぴよも事態を理解した。


〈うおおおおお、マジかよ! マジで新撰組つえええぇ!!〉

〈え、ごめん俺まだ理解出来てないんだけど、ミノタウロスは何で斧を落としたの? あの沖田って人が攻撃魔法かけたの?〉

〈ちげ~よ。お前のモニターは画質クソなのか? ネット回線は良いもの選べよ?〉

〈指を斬り落としたんだよ。しかもご丁寧に連撃に合わせて左右の親指を両方ともな〉

〈え、指? こんだけ死にもの狂いで戦ってたら指がダメージ受けるなんてよくあることじゃないの? それだけで戦闘不能になるの?〉 

〈お前も一回親指落としてみろって。マジで何にも握れなくなるから〉

〈怖いこと言うなよ……〉

〈ってかこの沖田って人、終始笑顔なのがマジで怖いんだけど……俺むしろミノちゃんがちょっと可哀相に見えてきた〉


 斧を持てないミノタウロスはヤケクソのようにそのまま沖田に突進して殴りかかってきたが、沖田がステップワークだけでかわすと大きくバランスを崩し、もんどり打って地面に倒れた。

 普段持っている大斧がないとバランスも崩れ上手く自分の身体を扱えないのだろう。


「……ま、そろそろ楽にしてあげましょうかね。私もあんまりなぶり殺すような真似はしたくないですし」


 地面に倒れたミノタウロスを見て沖田は憐れむように顔をした。

 これ以上は戦闘続行不可能だと判断したのだろう。


「あ、待て、総司」


 だがその時土方が声をかけた。いつも通りの低い冷静な声だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る