12話 ミノタウロス

 あっという間に5階層に到着していた。

 はるぴよと新撰組の3人が初めて遭遇した3階層には例によって地獄の冥犬ガルムの群れがいたが、何の感慨もなくあっさりと彼らは斬って捨てた。

 一度倒したモンスターを再び倒す時の彼らは本当に退屈そうだった。


 続く4階層ではホブゴブリンが10匹の部下のゴブリンを率いていた。

 最初こそ、これまでとは違った連携した敵の攻撃に笑みを漏らした3人だったが、やがてその指揮の単調さに慣れるとその失望っぷりは傍目にも明らかだった。

 もう飽きたと言わんばかりに斎藤が一足飛びに飛び込んでホブゴブリンを一突きで倒すと配下の10匹ほどのゴブリンたちは一目散に逃げていった。それを見て追うのも馬鹿らしいとばかりに3人は渋々と剣を納めた。




「あの……今までの敵とは少し違っていたんじゃないですか?」


 本人の純粋な興味というよりも、同接の視聴者が訊きたいであろう質問をはるぴよは3人にぶつけた。常に同接の視聴者のことを考える気の回しようはやはり彼女の賢さだろう。


「まあな、だが気持ちが高揚したのはほんの一瞬だけであったわ。けだものたちにも指揮系統があるかとたしかに一瞬驚いたが……ああも読み易くては却って退屈だ。振り返ってみると獣は獣らしく猛進してきてくれた方が幾分マシだったな」


「ですよねぇ、私もガッカリです。これでは眠くなってしまいますねぇ」


 あくびをした沖田を見て斎藤は無言で煙草に火をつけていた。言うまでもなく彼も同感なのだろう。


「……あの、一応次の5階層はボスというかフロアマスターがいるので、これまでほど楽ではないと思いますよ……」


 はるぴよが念のため警戒して5階層に向かうよう忠告したが、もちろんこんな状況で耳を貸すような3人ではない。


〈まあ、中級以上の冒険者ならこれくらいはよくあるよな?〉

〈だな、っていうかダンジョンのこんな最初の方の層をわざわざライブ配信する冒険者も今時少なくなってきてね?〉

〈まあまあ、このまったり感が良いんでしょ。ガチの攻略配信者を見たい人はいくらでも別チャンネルあるんだしさ〉


 それでもコメント欄は幾分盛り上がってきたようだ。




〈お、いよいよフロアマスターって感じだな〉

〈5階層とはいえ流石にちょっと緊張感があるよな〉


 基本的には下の階層(ダンジョンは地下に潜ってゆく構造なので階数が大きいほど位置的には下になる)になるほど強い敵が多く存在することになる。

 そのため、4階層の階段を降りてすぐに多数モンスターの歓迎が待っているのかとはるぴよは身構えていたのだが、5階層で待っていたのは拍子抜けするほどの静寂だった。


「あれぇ? 全然モンスターが出てきませんねぇ? 今日は土曜日ですからね、モンスターさんたちも週休二日制なんですかねぇ……ははは」


 緊張したはるぴよが強張った声で冗談を放ったが、誰も反応しなかった。

 はるぴよ本人も初体験の5階層とはいえ、これが嵐の前の静寂であることは当然理解していた。

 地形も実に平坦で動きやすい岩場が続いているし、何なら壁にはかがり火が煌々こうこうと焚かれている。なぜ無人のこの場所で灯が消えないのか……まさにダンジョンが生き物であることの証明のようだ。




「あ、あ、いました! ミノタウロスです! ここのフロアマスターです!」


 一本道を少し歩いた先にはるぴよが目にしたのは、ゆうに3メートルはあろうかという半牛半人のモンスター、ミノタウロスがいた。2本の太い腕には2つの大斧が握られていた。

 向こうもはるぴよパーティーを認識したのだろう、大きな咆哮を一つ上げた。その声は高い天井に跳ね返りいつまでも反響しているかのようだった。

 

「小娘。あれがここの首領ということか?」


 土方の声はいつもと同じ、低くだが不思議と聞き取りやすいものだった。


「そうです! アイツを倒せば5階層までを制覇したことになります。私たちの冒険者ランクも上がるでしょうし、報奨金も経験値もたっぷりもらえること間違いなしです!」


〈おお、ミノタウロスだ!〉

〈久しぶりに見たけど、こうして対峙してみると結構イカツいな〉

〈ね。ダンジョン攻略配信もインフレ気味で今さら5階層くらい大したことないって思っちゃうけど、こうして生で見ると結構ヤバいよね?〉


 いつの間にか同接者は100人を突破していたが、見守っていたえまそんも流石に今はそのことをはるぴよに告げることは忘れて画面を見守っていた。

 もちろん新撰組の3人もあんなモンスターと対峙するのは初めてに違いないが、少しも慌てた様子は見せなかった。


 だがその時再びミノタウロスが大きな咆哮をしたかと思うと、大きく両腕を振りかぶりこちらに向けて手のひらをかざしてきた。

 そしてその両手からは幾つもの火の玉が4人目掛けて放たれてきた。


「え、ウソ? 魔法!?」


 まさかの事態にはるぴよは驚き身体が硬直してしまう。自分に向かって来る火の玉が無限に大きくなるような錯覚を覚える。このままスローモーションのように炎に包みこまれ死んでしまうのだろう……そんな風に死を覚悟した瞬間、誰かに突き飛ばされた。


「バカが、油断するな。あれが魔界の獣なのだろう?」


 はるぴよを庇ってくれたのは土方だった。

 突き飛ばして火の玉から回避させてくれた後も、はるぴよが転ばぬようその肩を掴んだままだった。

 思わぬ形の近距離接触にはるぴよは少しだけドキリとする。


「あ、いや、そうですけど……ミノタウロスが魔法を使ってくるなんて聞いたこともないですし……」


 そうなのだ。

 ミノタウロスは怪力で振り回される2つの斧が脅威の物理攻撃系モンスターのはずだ。ダンジョンやモンスターに関して多少知っている人にとっては常識だし、出発前に一応確認したモンスター図鑑でも特にそれ以上の情報はなかった。

 まさか攻撃魔法を放ってくるなんて……常識ではあり得ないことだった。


「いっちば~ん!」


 だがそんなはるぴよの戸惑いなどまるで無視したかのように飛び出したのは沖田だった。


「おい、総司! 待て!」


「すいません、土方さん! 斎藤さん! 私もう退屈で退屈で死にそうだったんですよ! ずっと労咳で寝込んでいた身体が久方ぶりに全快してうずうずしていたんです。ここは申し訳ないですけど、私が一番槍とさせて下さいね!」


「ズルいぞ、沖田君! 抜け駆けとは!」


 斎藤も実に悔しそうな声を上げるが、すでに沖田はミノタウロスに向かって一目散に突進していた。

 自分に向かって来る敵を認めたミノタウロスが再び火球魔法ファイアボールを放つが、沖田は突進の歩を緩めることなく左右に身体を屈めただけでそれを避けると、約5メートルの距離で抜刀し正対した。



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