10話 シゴキなんて時代錯誤でしょ!

「おはよう~、はるぴよ~、もうダンジョン行ってるのぉ?」


「うっさい、えまそん! このねぼすけ! 何がおはようよ、もう昼でしょ!」


「おいおい、小娘? 今他人と話している暇があるのか? 口ではなく手と足を動かさんと死ぬぞ?」


 ゴブリンの群れに追われるはるぴよに、斎藤一さいとうはじめの実に楽しそうな悪戯声がかかる。

 はるぴよと新撰組の土方歳三ひじかたとしぞう沖田総司おきたそうじ・斎藤一の4人はダンジョン『新宿フルシアンテ』の2階層に来ていた。

 1階層であまりの戦闘力の無さを晒したはるぴよに対して土方が鍛えることを約束したので、こうして戦闘は主に彼女が担当することになったのだ。


「あれぇ、どうしたのはるぴよ? いつもは2階層あたりのモンスターなんて全スルーだったじゃないの?」


「この人たちが逃げるなって言うのよ! とりあえずこの辺りのモンスター程度1人で全滅させることが出来なければ冒険者としての成長は見込めないって言うから……って、もう! 来るなっての!」


 えまそんと会話をしていると横から急に視界に入ってきたゴブリンの攻撃がはるぴよを襲った。

 2階層のモンスターは主にゴブリンたちだった。

 これもダンジョン内では最もポピュラーなモンスターと言っていいだろう。人間の子供くらいの大きさで、手には棍棒を持っていたりする。1匹ずつならば大して脅威にもならない存在だが複数で向かって来ると中々鬱陶しいものがある。


「ほれほれ、休んどる暇は無いぞ! 動け動け、小娘! 足を動かすことでしか生き延びる道はないぞ!」


 実に楽しそうな斎藤一の声が再び響く。


「ったくもう! このドSが! 見てないで少しは手を貸しなさいよ!」


 2階層に入り、土方の指示ではるぴよの教育は斎藤一が担当することになったのだ。

 沖田なら優しく教えてくれるかと思っていたけど、まあいつも厳しい意見しか言わない土方本人に比べれば、無口な斎藤の方がマシかなと思っていたのだが……実際の戦闘になると斎藤は人が変わったように楽しんでいた。明らかに窮地に立たされているはるぴよの姿を見て本気で笑っているのだった。


「はるぴよちゃん、頑張って~」


 岩に腰掛けて遠巻きに眺めている沖田からのんびりとした激励の声が飛んで来る。


「いやぁ、こうして見ると新人隊士の教育の時を思い出しますねぇ、土方さん。斎藤さんも生き生きしてますし!」


「斎藤にも活気が戻ってきて何よりだ。もっともウチではいくら新人隊士といっても、あそこまで弱い人間は採用しないがな!」


 沖田の隣に腰掛けていた土方も実に上機嫌にそれに応える。


「はは、たしかに。あんまり弱い隊士は足手まといになってこっちの命も危なくなってしまいますからね!」


「きゃあ! もう、来ないでって言ってるでしょ!」


 3匹のゴブリンに囲まれそうになるのをはるぴよが素早く脱出する。


「おお、良い出足だ! だが逃げてばかりでは勝てんぞ! 最小限に避けることで次の攻撃に有利な位置を取るんだ!」


「うっさい! そんな余裕ないから!」


 囲みを突破したはるぴよに向かって再びゴブリンたちが突進する。

 その時、別の1匹のゴブリンが斎藤に目を付け棍棒を振りかぶって襲いかかってきた。


「おっと、お前の敵は俺じゃないぞ。あっちの小娘だからな。間違えるなよ?」


 ゴブリンの渾身の一撃を素手でピタリと受け止めると、斎藤は襲いかかってきたゴブリンの身体を丁寧にはるぴよに向けてやり、ポンと背中を叩いた。


「もう、余計なことしないでよ! 自分に向かって来た敵くらい倒してくれても良いでしょ!」


「阿呆が! それもこれもお前の鍛錬のためにやっていることだ。有難く思え!」


 それ以降は不思議なことにゴブリンたちは近くにいても斎藤を狙うことはなかった。彼らにも力量の差は本能的に分かるのだろう。逃げ惑うはるぴよに向かって全ゴブリンが殺到する展開になり、はるぴよの戦いはさらに苦しいものになった。




「……回復魔法ヒール


 床にへたり込みながらはるぴよは自らを回復させた。

 何とかほうほうの態ではるぴよは2階層のゴブリン10匹ほどを全滅させることに成功したのだった。


「ほれ見ろ。無理だ無理だとやってみる前から自分の限界を決めるな」


 斎藤も言葉こそ依然として厳しかったが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。


「お疲れ様、はるぴよちゃん。あの逃げて振り向きざま石を拾って投げて……っていう戦法は中々良かったよ!」


「……何よ! 私は武士じゃないんだから、別に武士道を守る必要はないですからね!」


 途中からのはるぴよの戦略はヒット&アウェイだった。

 囲まれる前に逃げてはダンジョンに転がっている石を拾い、追ってきた先頭のゴブリンに向かって投げる、という作戦を繰り返したのだ。ナイフによる近接戦ではどうしても複数のゴブリンに囲まれて不利になると悟ったはるぴよが編み出した苦肉の策だった。

 どうせまた「卑怯なやり方だ!」とか「武士の風上にも置けぬ!」とか土方にボロクソ言われるのだろう、と覚悟して保険をかけたはるぴよだったが、当の土方から出てきたのは意外な言葉だった。


「いや見事だったぞ、小娘。利用できるものは何でも利用する。強い者が生き延びるのではない。生き延びたものが強いのだからな。ははは」


 なぜか上機嫌な土方だった。




「スゴイじゃんはるぴよ~。見直したわよ~」


「……えまそん。今、同接何人?」


「えっとねぇ、あ、スゴイ。ちょうど50人よ。最高記録じゃない?」


「……こんな配信で最高記録を迎えたくはなかったよ、私は……」


〈ウケる。ゴブリン相手にあんだけマジに逃げる冒険者の姿初めて見たwww〉

〈まあ、でも大抵のパーティーは複数人で戦うしね。1人であれだけ囲まれてたら結構苦戦する冒険者もいるんじゃない?〉


「……ねえ、えまそん。回復魔法ヒール何回も使ったせいで私のMPほとんど空っぽなんだけど……」


「あ、えっと、もうレベルアップの経験値を充分満たしてるわよ」


「あ、え、マジで!」


 いつもは最速で宝物やフロアマスターを狙うような攻略をはるぴよはしていたため、ほとんどレベルが上がっていなかったのだ。ダンジョン最初の雑魚モンスターでもキチンと倒していけば、もっと早くレベルアップしていたということなのだろう。



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