3話 新撰組の絆

「え、私……生きてる?」


 飛びかかってくるガルムの群れに死を覚悟したはるぴよだったが、一瞬目をつむっている間に辺りには静寂が訪れていた。


 懐紙を取り出し刀に付いた血を拭う土方。倒れているガルムの群れに合掌する沖田。懐から煙管を取り出しタバコをふかす斎藤。

 3人それぞれの様子は戦闘が終わったことを物語っていた。


〈カッケェ! 鬼のような速さの身のこなし! 剣速! マジで新選組? ハンパねえって!〉


「小娘。これでおあいこということにしておいてやろう。お前が俺たちの命の恩人だというのはどうやら本当かもしれんゆえな……俺も犬っころどもを斬る間にここに来た時の光景をぼんやりと思い出してきた。流山ながれやまから敗走するうち一瞬霧に囲まれたと思ったら、気付くと宙を舞ってここに落ちてきた。そうだったよな、斎藤?」


「ええ、そうでしたね」


「ようやく信じてくれたのね。だから最初からそう言ってたでしょ!……でも、あなたたちがいなかったら私もガルムたちに食い殺されてた。……こちらこそ、ありがとうございます」


 珍しく殊勝に、はるぴよは配信カメラのことも忘れて深々と土方に向かって頭を下げた。


「それから総司……もう一度お前に訊く。お前はなぜここにいるんだ? お前は療養のために多摩の実家に戻っていたはずじゃねえのか?」


 土方は今度はるぴよではなく隣にいた沖田に尋ねた。彼らも元々一緒に行動していたわけでもないのだろうか? はるぴよは余計にわからなくなった。


「さあねぇ、私にもわかりません」


 沖田は肩をすくめて笑った。相変わらず邪気のない透明な笑顔だった。


「私は土方さんの言いつけ通り、鳥羽伏見の後は実家に戻って労咳ろうがいの療養で寝ていたんです。本当ですよ? でもまあ胸のつかえが段々重くなってくのが自分でもわかりましてね。咳にも赤黒いものが混じることが多くなっていったし……自分の身体のことだからわかるじゃないですか、もう長くないんだろうな、って。……で、ある日ウチの庭に黒猫が迷い込んでいたんですよ。せっかくだから最後に遊んであげようと思ってがんばって寝床から這い出て立ち上がったところでまたフラフラっと来てですね……それ以降の記憶はありません。気付くと土方さんと斎藤さんと一緒にここで倒れてたってわけですよ」


「……大丈夫なのか、労咳は?」


 土方が沖田に向けた視線は驚くほど優しかった。この男はこんな目も出来るのかとはるぴよは少し驚いた。


「ピンピンしてますよ! 胸のつかえなんて嘘だったみたいに元気ですよ。なんだか生まれ変わったみたいです」


 大袈裟に沖田は自分の胸を叩いた。


「その肌艶。それにさっきの野良犬を屠った時の身のこなし。どうやら噓でもなさそうだな。昔の総司の動きそのものだった……おい小娘。総司の労咳を治療したのもお前の奇術のせいか? というかそもそもここは何処なんだ? お前は何者なのだ? 西欧の手を借りた奇術師なのか?」

 

 今度は土方に問い詰められるはるぴよであった。


「あ、いや……奇術師というか普通の回復魔法なので。ええと、労咳というと結核ですよね? 私の回復魔法に持病までを治療する効力があるとは思えませんけど……」


 窮したはるぴよは配信者としてのキャラも忘れてボソボソと答える。

 そんな時イヤホンから興奮気味のえまそんの声が飛んできた。


「ねえ、はるぴよ! さっきから話聞いてたら、その人たち本物の新撰組なんじゃない? 絶対そうだって!」


「……だから新撰組なんて会社は私知らないんだって! 業界違うと疎くてさ」


「だから、新撰組は建設業社でも反社会的勢力でもないの! 日本の幕末の志士たちなんだって! さっきから土方さんの話を聞いてたら、3人は幕末からタイムリープしてきたんじゃないかしら? ダンジョンにはまだまだ未解明な部分があるみたいだし絶対そうだって!」


「幕末? 歴史の人ってこと? 私、選択科目は世界史だったから日本史は疎くて……」


「新撰組くらい女子なら必修科目でしょ! 幕末の京都を守るために戦った男たちの熱い友情とBLの物語だよ!」


「あ、え、そうなの……?」


 はるぴよの3人の見る目が少し変わった。

 やや偏ったえまそんの新撰組の認識ではあったが、ともかく彼らがどうやら本物の歴史的人物だということをはるぴよも信じざるを得ないような気持ちになってきた。


「……お前が誰と話しているのかわからぬが、概ねその通りだろう。俺たちは紛れもなく京都守護職会津中将御預の新撰組だ。……さて小娘、今度はこちらの質問に答えろ。ここは何処だ? お前は何者だ?」


 未だ半信半疑ではあったし、そもそも新撰組というものが何なのかはるぴよはイマイチ理解出来ていなかったが、ともかく目の前の彼らが時空を超えてやってきた人物であろうことは分かった。話の内容もさることながら彼らの振る舞い、言葉や表情、何か根本の精神から日常的に接する現代人とは明らかに違っているように思えた。


 意を決してはるぴよはこちらの現状を説明し始めた。


「私ははるぴよです。えっと、現在は2230年の日本です。たしか明治政府が成立したのが1868年だから……大体360年後の世界ですね。あ、でもここは東京ですから未来の江戸ということになります」


 はるぴよの言葉に今度は3人の方が押し黙った。自分たちが時空を超えて来たということは流石に海千山千の新撰組といえどもにわかには信じがたいのだろう。

 続けてはるぴよは自分のしているダンジョン攻略配信の活動についても説明した。


 近年ではどこのダンジョンも攻略を目的とした冒険者で溢れている。ダンジョンを進んでモンスターを退治すればギルドからの報奨金も出るし名も売れる。さらに最近はその攻略の様子をライブカメラで配信して広告収入を得ようという者たちも増えてきた。それがはるぴよのような配信者である。当然これにも大きなニーズがある。

 冒険者がモンスターを倒したり、見たこともない財宝を手にする瞬間の快感……リアルタイムで冒険者の視点そのままで見られる映像は、他のどんなエンタメでも味わえないスリルと興奮があった。そのためここ最近……特にダンジョン攻略の手続きが整備され出してから一気に配信者は増えた。はるぴよ自身もそのニワカの1人だ。

 3人がどれほど理解したかは心もとないが、ともかくはるぴよはそのように説明した。




「……副長。この小娘の言うことを真に受けるんですか?」


 最初に口を開いたのは斎藤一だった。

 

「さあな、滑稽本の作者でももう少しまともな筋道の物語を書きそうだがな」


 土方はくくくと可笑しそうに笑い、続けた。


「だがな、その小娘の言うことも丸っきりの嘘というわけでもないだろう。嘘をついている顔ではない。……それに俺が気になっているのは近藤さんのことだ」


 近藤、という名前が出た瞬間に沖田・斎藤の表情が一瞬で変わった。


「俺と斎藤は流山で近藤さんとたもとを分かった。大久保大和おおくぼやまとなんていう偽名程度で薩長の賊軍どもを欺けるとはとても思えねえ。近藤さんの顔を知っている古い連中も中にはいるだろう。俺たち新撰組なんてヤツらにしてみれば親の仇よりも憎い存在だ。捕まっちまえば叩き殺されるどころでは済まないに決まっている。……だけどだ! 俺たちがこうしてこの妙ちきりんな世界に紛れ込んでしまったってことはだな、もしかしたら近藤さんもこっちの世界に来ているんじゃないのか? 俺にはそんな気がしてならねえんだよ」


「あ、それ私も思ってたんですよね! 何となく近藤さんがいるんじゃないか……って。もちろん私も何の理由もないただの勘ですけどね」


「……正気ですか? 2人とも?」


 斎藤はやれやれという風に首を振った。


「斎藤さんは残念ながら他流の出身ですからねぇ。私たち天然理心流てんねんりしんりゅうの絆はわからないかもしれませんねぇ」


 沖田は斎藤を少し憐れむように肩をポンポンと叩いた。



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