4話 はるぴよの提案

「おい、小娘。これからお前はどうする?」


 土方は再びはるぴよに問いかけた。


「小娘じゃありません! 私にははるぴよっていう立派な配信ネームがあるんです。ちゃんと名前で呼んで下さい!」


 はるぴよがそう言ったのは、小娘、お前、などと呼ばれることに本当に反感を覚えていたというよりも、彼らに対してもう少し優位な関係を築きたいという気持ちからのものだった。


 先ほどは命の危機に瀕して殊勝な態度を見せたはるぴよだったが、目前の危機が去り精神的な余裕が出てくると、持ち前の打算コンピューターがフル稼働を始めた。

 ちなみにこの時間、生配信の接続は切ってある。今後の配信者としての活動の方針に大きく関わることになりそうだからだ。同接者はせいぜい10人程度のままであったが、視聴者である彼らのためにもこうしたセンシティブな部分は見せない方が良いとはるぴよは判断したのだった。


「そういう皆さんはどうするつもりなんですか?」


 自分の思惑を明かさずとりあえず相手の出方を探るというのは、はるぴよらしい手口だった。


「もちろん俺たちは幕府復興に向けて全力を尽くす。命を賭してでも薩長の逆賊どもに一泡吹かせ、俺たち新撰組、それに会津中将様に着せられた恥をすすぐ他ない」


 土方の実に静かな決意の一言にはるぴよは少々面食らう。今時実生活でこういった強い言葉を耳にする機会はほとんどない。

 驚いたのは土方の言葉に沖田も斎藤も当然のように頷いていることだ。沖田のようにほとんど無邪気な少年のようにしか見えない男にもそうした強い決意が秘められている、ということがはるぴよにはとても意外に思えた。やはり現代人とは精神構造が根本的に異なっているのだろうか?


「だがこの世界は俺たちのいた世界とは明らかに異なっている。お前の……はるぴよの言う通り、簡単に行き来できるようなものではないのだろう。となると、最初の俺たちの目標は元の江戸の世界に戻ることだ。そのためには俺たちはどうすれば良いのだ?」


「いや、そんなこと聞かれても私にもわかりませんから! ダンジョンに過去の人がタイムリープしてきたなんて話聞いたことありませんし。まあ、ダンジョンに関しては未だに色々と解明されていないことも多いみたいですし……」


「そうか。ならばとりあえずは俺たちもこちらの世界で生きてゆくしかないな」


「……え、切り替え早! もっと怒ったり泣いたりしないんですか?」


 元の世界に戻る方法が見つからないというのはもっと絶望的な出来事なのではないだろうか? 元の世界に戻って幕府を復興する……という明確な目標を抱いている分だけ余計にショックなのではないだろうか? 自分だったら間違いなく泣きわめいているだろう、とはるぴよは思った。


「バカかお前は? どうしようも出来ないことに思い悩んで何の意味がある? 出来ることに全精力を傾ける以外何が出来るというのだ? そもそも、今その方法が見つからないというだけの話だ。今後の見通しが全くないと決まったわけではない。……それに総司も先ほど言った通り、俺には近藤さんがこっちの世界に来ているような気がしてならないのだ」


「ね~、そうですよね、土方さん! 私と土方さんがこちらに来ていて近藤さんだけが来ていないなんてことがあるわけないですよね? ってことは私たち3人の当面の目標はこっちで近藤さんを探すってことですね!」


 相変わらずあっけらかんとした調子で沖田が入ってきた。この男も絶望などとは無縁の様子だ。


「斎藤もそれで良いな?」


 土方は沖田の言葉に軽くうなずくと、さっきから一言も発さずずっと煙草をふかしていた斎藤一に同意を求めた。


「俺の雅号は諾斎だくさいだよ。あんたの言うことは何でも聞く、だから諾斎。あんたが決めたんならそれで良いさ」


 斎藤は初めて笑った。




「……ね、えまそん聞こえてる? さっきからこの人たちが言ってる近藤さんって誰のこと?」


 今さら大っぴらに本人たちにそのことを問いただすのは興を殺ぐことになりそうだったので、はるぴよは通話先のえまそんに向かってそっと尋ねた。


「……え、アンタ本当に何にも知らないのね! よくそんなんで慶光大学けいこう出れたわね!?」


 ちなみに慶光大学とは日本の最高学府である。自分には他に取り柄がないと自覚したはるぴよは中高生時代必死で勉強に取り組んだのである。


「だから歴史は世界史だったのよ、私。……良いから教えてよ」


「近藤さんは近藤勇こんどういさみさんよ! さっき土方さんが新撰組の副長って名乗ったでしょ? それより偉いのが局長の近藤勇さんってわけよ。元々新撰組は江戸の小さな道場だったのよ。その道場主が近藤勇さんで土方さんも沖田さんも天然理心流の門人だった、同じ流派で育った幼馴染みたいな感じかしらね? 斎藤さんは元々流派が違うんだけど、いつからか近藤さんの道場に出入りするようになって仲間になってたって感じかしらね。で、この人たちが幕府の浪士組の募集に応募して上洛したのが新撰組の始まりだったのよ。あ、もちろん近藤さんが局長に就任するまでは紆余曲折色々あったんだけどね……」

「わかったわかった、えまそんありがとうね! 近藤さんはこの人たちの幼馴染の社長みたいな感じね」


 オタク特有のマシンガントークをいつまでも続けそうなえまそんをはるぴよは何とか遮った。

 この3人からこれだけ人望を集めているというだけで、近藤勇という人が只者ではないことがわかる。こっちの世界で彼を探すということは彼らにとってそれほど重要なことなのだろう。


 はるぴよは自慢の打算コンピューターを弾き終えると、こほん、と一つ可愛らしく(自称)咳払いをして3人に向き直った。


「皆さんの意向はだいたい理解出来ました。その上で提案なのですが、私と手を組んでみませんか?」


 社会人として培った営業スキルを用い、実に余裕たっぷりな態度を装いはるぴよはニコリと微笑んだ。



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