2話 新撰組って…おヤ〇ザさんですか?
「……もしもし、大丈夫ですかぁ? 多分回復はしたと思うんですけどぉ……」
はるぴよ得意の回復魔法は間違いなく3人の武士(?)に効いたはずだ。
しかしはるぴよもこうした実戦の場で回復魔法を使ったことがあるわけではない。学生時代の授業の一環として模擬的な回復魔法を使ったことがあるだけだ。学生時代の回復・補助系魔法の成績は優秀だったが、社会人として忙しく働き始めてからはそんなもののことはほとんど忘れていた。
だから自分の回復魔法が本当に成功したのかいまだ確信が持てなかった。
だがその時3人の武士のうちの1人が目を開けた。はるぴよがイケメンだと判断した切れ長の目をした男だ。
「……何だ、小娘? お前は誰だ?」
低い、だが不思議とはっきりと聞き取れる声だった。
「あ、あ、見て下さい! 武士のコスプレをした人が目を覚ましました! 私の回復魔法は見事成功していたのです!」
はるぴよは目を覚ました武士よりも先に配信を観ている視聴者に向かって呼びかけた。こんな時でも視聴者ファーストとは立派な配信者魂である。同接は依然として10人ほどだったが。
「……小娘。俺の質問に答えろ。訳のわからん真似をすれば叩き殺すぞ!」
切れ長の目をした武士は腰に差した刀に手を掛け、ギロリとはるぴよに一瞥をくれた。
「まあまあ土方さん、相手は女の子なんですし。とりあえず乱暴はよしません?」
いつの間にか隣の男も目を覚ましていた。
土方と呼ばれた最初の男が苦み走った渋い男なのに対して、こちらの男はクシャっとした笑顔で少年のように見える。
「……総司か? お前なぜここにいる? 多摩に戻っていたんじゃないのか?」
一瞬狼狽した土方の表情などかき消すように、はるぴよの視線は総司と呼ばれた男に注目した。
「……あ、こっちはどっちかっていうと可愛い男の子……。っていうか今女の子って言いました? 言いましたよね? 私もまだまだ女の子ですよね? アラサーだって可愛ければ女の子ですよね? ぎゅふふふ」
突然奇妙な笑い方をしだしたはるぴよに武士たちも面食らったようで表情が固まる。
「おい、小娘。何だお前は? 気持ち悪い……」
「私ははるぴよです! 今はまだ弱々のダンジョン配信者ですけど、いずれこの配信界で天下を取る女……いや、女の子です!」
自撮りのカメラを意識してしっかりと視聴者に向けたキメ顔を作ったはるぴよだった。
当然目の前の男たちはポカンとしている。先ほどからずっとポカンとしていたが、またさらにポカン具合を上昇させていた。
「で? あなたたちは? あなたたちは誰なの? 言っとくけど私は命の恩人なんだからね!」
「……おい総司。どう考えてもコイツ
「わ~! 待って待って! 斬らないでよ! 女の子に手を出すなんて最低! 最低の3乗! 別の意味で手を出すんなら全然オッケーだけど!」
いよいよ刀の柄に手を掛けた土方に対してはるぴよは、総司と呼ばれた童顔の男を盾にするようにして隠れた。
「……副長。今は状況がまったく飲み込めません。情報を集めるためにもとりあえずはこの小娘に色々聞いてみては? 叩き殺すのはいつでも出来ますし」
いつの間にか3人目の男も目を覚ましていた。
こちらの男は土方と呼ばれた男よりもさらに細い目、高い背丈、無表情で何を考えているのか全く読めない。
「ち、そうだな……。小娘。一度しか言わぬゆえ心して聞け。俺は
「同じく一番隊組長、
「三番隊組長、
突然名乗った3人に対してはるぴよは少々面食らった。
「あ、はい……どうもお世話になります、O家商事株式会社城東支社総務課……じゃなかった! ダンジョン攻略配信界のニューヒロインはるぴよですっ! なんだかよくわかんないけど、よろしくね!」
自己紹介に対して条件反射的に素が出そうになったはるぴよだが、カメラを構えていたことを思い出して慌てて配信者としての仮面を被り直す。
〈O家商事? マジかよ……大手一流企業じゃねえかよ。なんで配信者なんてやってんだよ? つーか新撰組? 大丈夫かよ、イカレてんなぁ。ま、たまにこういうヤツらがいるから弱小配信者を観るのも楽しいんだがなwww〉
うっかりはるぴよが口走った企業名に関するコメントが飛んで来るが、もちろんそんなものはスルーだ。
「……えっと、新撰組? って皆さん名乗られましたよね? ということは建設関係の企業の方ということですか?」
「建設? 何を言っている。我々は会津中将御預の……」
「あ、○○組ってもしかして反社会的勢力の方々じゃないですよね!? そうでしたら申し訳ないですけど私との縁もここまでということになります! あ、おヤ〇ザさんに回復魔法かけて助けたことって法律的に大丈夫なのかなぁ……法律的にはセーフでも配信者のマナーとしてはダメだよね? 炎上とかしないかなぁ?」
「……よし、叩き殺すぞ」
話せば話すほどお互いの理解は遠くなってゆくようで、その様子に焦れた土方は再び腰の刀に手を掛けジャキリと鳴らした。
「わ、わ、本当に刀抜いた! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 殺さないで!」
慌てて逃げようとするはるぴよだったが、土方の足さばきにいとも簡単に退路を塞がれる。
だがその時、斎藤と名乗った男の声がはるぴよの命を救った。
「……副長。どうやら我々野良犬の群れに囲まれていますぜ? 小娘を斬るのはとりあえずあれらを片付けてからにしては?」
「ああん、野良犬?」
斎藤の言葉に土方はようやく周囲に目を向けた。
十匹ほどの大型の狼とも野犬ともつかぬモンスターが4人を遠巻きに囲んでいた。 その顔には不気味に赤く光る四つの目が付いており、鈍い唸り声は地獄から響いて来るかのようだった。
「ねえ! あれってガルムじゃないの!?……ねえ、えまそん! ここってまだ3階層でしょ! 何であんなヤバそうなのが10匹もいるのよ!?」
「さあねえ、私に聞かれても知らないわよ?……ね、それよりはるぴよ? この人たち新撰組って名乗ったわよね? しかも土方歳三、沖田総司、斎藤一って言ったら……」
「今にそれよりとかないから! 今が私の人生一番の非常時だから! ……えまそん、私が死んだらPCの18禁BLゲームだけは削除しておいて。ね、約束だよ?」
予想だにしなかった事態にあっさり死を覚悟したはるぴよだったが、それとは対照的に3人の新撰組は実に落ち着き払っていた。
「ち……なんだ浮浪の犬っころでなく文字通りの野良犬か。あんな野良犬の血で我が
「はい、は~い。いやぁ懐かしいですねぇ、土方さん! 子供の頃は分倍河原なんかでよくこうして野良犬を木刀で倒してその数を競ったものですねぇ!」
土方の言葉に沖田総司と名乗ったニヤケ顔の男は心底嬉しそうに笑った。
一方の斎藤は表情をピクリとも変えず抜刀して正眼に構える。
「ねえ、ちょっと待ってって! アイツらガルムは本来10階層なんかで出るはずの狂暴なモンスターなのよ!? ちょっと一回みんなで協力して逃げないと……」
「……来るぞ」
はるぴよの叫び声が発されたその瞬間、それを合図としたかのように10匹のガルムたちが一斉に飛びかかってきた。
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