スイカ割りは魅惑の味
「うぉおー!海ー!」
別荘へと到着した流星達は坂を下ったところにある海岸へと来ていた。少し広めの砂浜が流星達を迎え入れた。
ここは黒木のプライベートビーチであり、あたりを見回しても流星達以外の人間は見当たらない。
海を見てはしゃいだ様子の真帆が大きなイルカの浮き輪を片手に流星に近寄ってくる。
「おいおいプライベートビーチだぜプライベートビーチ!りゅーちんと私だけの愛の花園だぜ!」
「別に二人じゃないしあと海だから花園じゃないだろ」
冷静なツッコミを入れつつ、後ろから漂ってくる女王の冷気に身を震わせる流星。どこにいてもこの二人がいる限り彼の苦労は絶えない。
今日の彼女の水着は黒のブラジリアンビキニ。彼女の抜群のスタイルが強調されてかなり刺激的な容姿になっている。もとから流星を誘惑してくる彼女の体が太陽の元に露出され、彼の視線を釘付けにする。意図せずとも揺れるその双丘は流星の欲を掻き立てるには十分過ぎた。
(やば…なんというか…やば…)
「よっしゃいくぜー!!!」
「あ、おい…行っちゃった」
「行かせておけ。止めても無駄だろう。…あとは各々好きに遊べ。見て分かる通りこの海岸は黒木のプライベートビーチだ。周りの目は気にしなくて良い」
一人で海に突っ込んでいった真帆を横目に凌は流星達にけだるげそうに伝えた。
凌は仄花の用意したパラソルの下に設置されたお気に入りのビーチチェアに腰をおろした。どうやらまだ海に入る気はないらしい。
「それでは、お言葉に甘えて存分に羽を伸ばすとしようか」
「そうだな…ん〜いい潮のかおr…」
一つ伸びを下ところで流星の背中に響華が抱きついてくる。どうやら先程のことが気に食わなかったらしい。振り向いた流星の瞳にはシマリスのように頬をわずかに膨らませた彼女の顔がくっきりと映った。
「…響華さん?」
「さんは余計よ。…また真帆さんを見て鼻の下を伸ばしていたでしょう」
「い、いやぁ〜別にそんなことはあるかもしれないですけどないかもしれないですけど…」
流星はごまかしたいところではあったが、拭いきれない事実とタイサイドビキニ姿の彼女を前に戯言を吐く気にはなれなかった。
響華の水着は無駄な装飾のないタイサイドビキニ。セクシーさを醸し出しつつも、女性としての可愛らしさも演出している一石二鳥の水着だ。今回のために念入りに準備していたこともあり、彼女も中々に攻めた格好をしている。ぐにぐにと押し付けられる2つのそれは真帆のに続いて流星を惑わせる。
「あなたは私の夫なの。彼女の思いはあれども、それを忘れないで」
「はい…」
「早速お叱りとは、my star も不運だねぇ…」
「これが黒木のプライベートビーチ…」
夫婦喧嘩を横目に砂浜へと踏み入る理央。ワンピース姿の彼女は被った麦わら帽子の下から照りつける太陽を
見つめた。先程の二人とは違って肌の露出を控えたその水着はなんでも、隣で人知れず心を踊らせている彼氏に選んでもらったのだとか。
(そう思ってるなら助け舟の一つや二つは出せ…)
「…えい」
「ひゃっ!?」
不意に流星の背中を突く響華。流星の意識は再び彼女へと引き戻される。
「…言った側から」
「別にそういう目で見てたわけじゃないですって…」
「許してほしいなら少しは反省することね」
そっけなくそう返した響華のいじけた子供のような表情からは嫉妬が見て取れた。いつもよりは控えめでありながらも執着心を見え隠れさせる彼女に流星は機嫌を直してもらおうと全身の細胞を働かせる。
「すいませんって…何でもしますから」
「え?」
「あ」
流星が自身の失言に気がつくまでには数秒ともかからなかった。
目の色を変えた響華が流星に詰め寄ってくる。
「流星くん、今」
「いやっ、違います!今のはなんというか…言葉の綾というか…なんというか…違いますから!」
「言葉の綾という文字の『綾』は私の『綾部』の『綾』と一緒よ。よってこの言葉は私に仕向けられたもので間違い無いわ」
「何だそのとんでも理論は」
響華の展開するトンデモ理論に困惑する流星。彼のことになると響華は食いつきが良い。無理矢理にでも物にしてやろうという意思がそのギラついた瞳から感じ取れた。
「とにかく誤魔化しても無駄よ。…実は今日やりたいことがあるのよ。付き合ってもらうわ」
(変なことじゃないと良いんだけど…)
流星はやりたい何かに躍起になっている響華を前になすすべなく引きずられていった。
「で、やりたいことって…」
「スイカ割りよ」
響華はドヤ顔でそう言い放った。案外普通なことだったこともあり、流星は拍子抜けだ。
「…意外と普通なんですね」
「何?海辺でシたいの?」
「いや、そういうわけじゃなくて…一応なんでスイカ割りか聞いても?」
「スイカ割りというのは割る役と支持を出す役の絆が試される競技よ。夫婦の絆を試すには丁度いいと思わない?」
響華のやりたい理由はこれだったらしい。二人きりというところがいささか疑問ではあったが、真帆とのこともあってのことだろうと流星は結論付けた。
「さぁ流星くん。夫婦の絆を試そうじゃない」
「え、ちょちょっと響華さん!?」
立ち尽くしていた流星の背後に周り、目隠しを無理矢理つける響華。なにかあると踏んだ流星は警戒心を高めながらも響華に手渡された棒を握る。
「準備はいいかしら?私の指示通りに動いて頂戴」
(なんかよくわからんけどやるか…近くにはみんながいるし、流石に怪しいことはしないだろう)
「流星くん、まずは右に2歩よ」
「2歩…1、2」
「次は三時の方角に三歩よ」
「なんで急に言い方…1、2、3」
ゴンッ
「痛って…」
響華の指示通りに踏み出したところで流星の足には鈍い音とともに衝撃が走る。事故のように当たってしまったその足の感覚はたしかにそのスイカを捉えた。
(しめた…!)
すかさず握った棒を振り上げる流星。しかし、その手は彼女の声によって静止される。
「まだよ流星くん」
「…え?だって今足n「まだなの」…」
「いいから続けるわよ」
遮るようにして言葉を投げかけてくる響華に流星は不信感を覚える。どうやら今回も彼女にはなにか企みがあるらしい。今回はないだろうと思っていた自分を罵るとともに次の一手を考える流星。このまま従うのが吉か、凶か。
「流星くん、左に3歩よ」
流星の思考を遮るように投げかけてくる響華。その声で流星の次の一手は決まった。
(…周りにはみんながいる。何か変なことをされても止めてくれる…はずだ。ここは従っておこう)
「1、2,3…」
「そう、そのままよ。そのまま前に4歩で向かってきて」
(…向かってきて?あぁ、そういうことか…)
「1、2、3、4…」
ギュッ
響華の狙いを見透かした流星。しっかりと4歩進んだところで彼の体には彼女が抱きついてくる。
「お疲れ様。スイカ割りは失敗ね」
「…誰のせいですか。僕は指示通りにやりましたよ」
「流星くんからの私への愛が強すぎるのが悪いのよ。もう少し抑えてちょうだい」
理不尽な理由での説教に困惑する流星。意地悪な笑みを浮かべる彼女から加虐心が垣間見えている。
「えぇ…俺のせいですか?」
「えぇ。流星くんのせいね。でも、私の所まで来てくれたのは褒めてあげる。…ご褒美に」
響華と流星の距離が一気にゼロになる。驚く刹那に響くリップ音。唇に触れた柔らかい感覚とともにじわっと広がる熱。不意打ちのように落とされたそのえもいえない感覚は停止した彼の脳細胞を停止させた。
唇が離れた数秒後、、流星の頬は朱に染まっていく。
「…なぁッ!?///」
「ふふっ、そんなに恥ずかしがらくてもいいのよ?何回もしてるじゃない」
「だ、だって口に…」
「夫婦としてキスで愛を確かめ合うのは当然でしょう?…うふふっ、相変わらず可愛いのね」
キスをされたということに対する気恥ずかしさと可愛いと言われたことで更に顔を真っ赤に染め上げていく流星。声にならないいくつもの言葉が口の中でこだまする。
色々と言いたい所ではあったが、どれも虚しく潮風にかき消されていく。
「さ、流星くん。そろそろ海に入りましょ。せっかく来たのに入らないのはもったいないわ」
「うぇ?あ、ちょちょっと!」
らしくなく楽しげな笑みを浮かべて流星の手を引く響華。彼と過ごす夏という事実が彼女にはどうしても嬉しい。
流星は終始彼女に振り回されてばかりだった。
「凌様」
「…なんだ」
「あれがカップルというものなのでしょうか?」
「…あれはその先のものというか、全くの別物だ。どちらかといえば、あれのほうが近い」
「あれ?…」
「凶真殿!冷たくて心地よいですよ!それっ」
「あっ、おい!冷てぇな…お返しだっ!」
「…あれが、カップル…」
上裸で水を掛け合う男子二人を見て、仄花はまた一つメイドとしての一歩を歩んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます