別荘

「…着いたか」



「おぉ…ここが黒木の」



 新幹線を降りて数十分。駅から黒木の迎えの車に乗り込んだ流星達はようやく別荘へと辿り着いた。

 海を臨める小高い丘の上にあるその別荘は白を基調とした外装で、どこかラグジュアリーな品息を漂わせていた。海側には景色を一望できるテラスも確認できる。



「ついた~!なんかすっげー綺麗!」



「当り前だろう。どこの家の別荘だと思っている」



 真帆の感嘆した声に凌は胸を張る。凌は家のことになると何よりも嬉しそうになる。それは彼のプライドと黒木へのリスペクトから来るものだろう。



「…いい潮風ね。いい予感がするわ」



「海って感じですね。懐かしい感じ…」



 ふわっと吹き上げてきた潮風が流星達の心を躍らせる。流星にとっては懐かしい感じだ。海に最後に来たのは数年前。その潮風は彼の記憶を掘り起こす。



(…あの時もこんなんだったっけな)



 彼の脳裏に浮かぶのはいつの日かの青の記憶。隣には愛しい黄金色の彼女がいる。懐かしく、そして愛おしい記憶が流星の脳内を埋め尽くしていく。

 このまま感傷に浸っていこうとした流星だったが、その思いはその愛しい彼女によって打ち砕かれる。



「おっしゃー!さっさと行こうぜりゅーちん!」



「いって…どつくな。急いでも別荘と海は逃げねぇよ」



 背中に突撃される流星。記憶の彼女も現在の彼女も変わらないらしい。



「凌様、荷物のお手伝いを…」



「いや、いい。そのぐらいは自分達でやっておこう。あとは帰ってもらって構わない。ご苦労だ」



「左様ですか。それでは皆様、お楽しみくださいませ」



「…ということだ。行くぞお前ら」



「それでは行くとしますか。凶真殿、お荷物お持ちいたしますよ」



「いいって…俺女じゃねぇし」



「まぁまぁご遠慮なさらずに。これも騎士の勤めです」



 そう言って凶真のキャリーケースを軽々と持ち上げるレオン。彼の屈強な体がここぞとばかりに脈動している。凶真ごと持ち上げてしまいそうな勢いだ。



「流星様、お荷物は私に…」



「いや、大丈夫だよ仄花。男子である俺が女の子に荷物を持たせるわけにはいかないk「いいから渡してください」…仄花さん?」



 珍しく強引な仄花の様子に困惑する流星。こころなしか、ピクリとも動かないその頬を軽く膨らませている。



「メイドとして引けを取るわけにはいきません」



「…何を競ってるの君は。凌の持ってあげなよ」



「凌様は変なプライドがございますので不要かと」



「…聞こえてるぞ」



「と・に・か・く渡してください」



「あ、ちょちょっと…」



 仄花は凌のことなど気に留めず、流星の荷物を強奪した。彼女の中のメイド因子が叫んでいるらしい。荒々しい足取りがそれを物語っている。

 流星は仄花の後を追うようにして別荘へと向かった。







 中に入ると、整えられた家具達が流星達を出迎えた。白で統一された家具が綺麗に並べられ、大きなガラスの向こう側には海が見える。

 常に手入れされているのだろう。流星は隅々を見渡すが、埃一つ見当たらない。むしろ不気味に見えるぐらいだ。

 ところどころに飾ってある絵画はきっと高価なものなのだろう。流星にはその価値は一ミリとて分からないが。



「随分と手入れがなっているねぇ…これが別荘とは、恐ろしいものだ」



「この別荘は俺が父上から貰ったものだ。常に手入れはなっているようにしている」



(…別荘を貰った?そんな漫画みたいなことあるのか…いや、あるのか。うん)



 現実離れした凌の発言に流星も驚きを隠せない。あの学園に通う者は只者ではないという噂は正しい。



「凌様は毎年ここに来られます。もっとも、一人だけでですが」



「…悲しいねぇ~」



「…部屋に案内する。ついてこい」



 量は振り返ることもなく、足早に進んでいく。仄花はため息交じりで着いていくように流星達に促した。 

 彼の耳が赤かったのは言うまでもない。



 


 流星、レオン、一翔、凶真の四人が案内されたのは客人用のゲストルーム。四人分のベッドと、稼働中の冷房。テレビやらなんやらが設置されており、さながらホテルの一室のような空間だ。

 今回は流星の要望に沿って女子と男子の部屋は分けられている。最初は流星と真帆と響華とその他に分ける予定だったが、さすがにと流星が懇願したためこの部屋割りになった。



「それでは、荷物はここに」



 レオンが四人分の荷物をどさどさと降ろす。扱いが少々乱雑なところが少し気になるところだ。



「ここがお前らの部屋だ。冷房だったりテレビだったりは好きに使え」



「…お前らってことは凌は別の部屋なの?」



「当り前だろう。お前らのようなむさ苦しい奴らと寝る気はない」



 冷たくあしらう凌。だが、流星達にはそれが上辺だけのものであると分かっている。

 流星はわざとらしく声を作って凌に言い寄る。



「…まぁ今日はせっかくの生徒会メンバーでの旅行だし~?俺みんなと一緒に夜を過ごしたいんだけどなぁ~?」



「…」



「そういうことだ。たまには悪くないんじゃないか?」



「そうですよ凌殿。私も凌殿のお話を聞いてみたいです」



 流星の言葉に口を閉ざして悩んだ様子の凌に一翔とレオンが語り掛ける。流星はともかく、仲の良い二人に言われては凌も断ることはできまい。

 凌は渋々といった様子で口を開いた。 



「…まぁ、考えてやらんこともない」



 凌はそっぽを向いてそう吐き捨てた。つまりYESである。初恋をこじらせた女ばりにめんどくさい彼の心はメンヘラより扱うのが難しい。



「…何をニヤニヤしている。すぐにでも海に行くぞ。準備しろ」



 凌は流星達からの視線から逃げるように踵を返すと、部屋を後にした。わかりやすいほどのツンデレである。あの性格のせいで威厳が半減している。



「あ…ちょっと待ってトイレの場所教えて凌ー!」



 





「ふぃ~…」



 用を足してすっきりとした流星は長い廊下をたどって部屋へと戻る。

 この家は別荘とは言えども、その大きさは実に流星の家の2,3倍にも及ぶ。凌曰く、『小さめなほう』らしい。この広さで埃一つ落ちていないのは凄腕の使用人たちのおかげだろう。



 迷いそうになるほどに入り組んだ廊下をたどって、流星はようやく元の部屋の前まで戻ってきた。



「あ、りゅーちん!ちょうどよかった~」



「ん?真帆、どうかs___」



 背後から聞こえた真帆の声に流星は振り返る。

 彼は真帆の姿を見て言葉を失った。



「な、なななななななッ」



「?」



 流星の目の前に立っていた真帆は疑問符をそのまま貼り付けたような表情をとる。

 彼女の身を守る布は一切が取り払われていて、その美しい張りのある肌がさらされている。つまり、裸だ。辛うじて下の方が下着で隠れているが、胸のほうは腕で隠しているだけでほぼ丸見えだ。



「なーッ!?!?!?」



「りゅーちんどしたー?そんな同人誌でアレを初めて見たヒロインみたいなポーズしちゃって」



「どしたー?じゃねぇだろ!!!なんでお前そんな格好で出回ってるんだよ!!!」



「いやぁ~なんか水着に着替えようと思ってたんだけど、荷物がそっちのに混じっちゃってるみたいでさ。りゅーちんとってきてよ」



 驚きと危機感にあたふたしている流星に対して、真帆な呑気な様子である。なんとも危機感のない人間だ。



「取ってくるから待ってろよ!変な動きはするな!」



「おっけ~ありがとねぇ~…お風呂ではいっつも見てるのに何で恥ずかしがってるんだろ?オタクって気難しい…」



 流星は真帆への待機命令を吐き捨てると、ドタバタと部屋の中へと入っていった。






「お、流星どうした?また叫び声なんて上げて…」



「…」



「…流星?」



「あぁ、我が星よ。ちょうどいいところに。真帆殿の荷物が混じっておりまして、ちょうど流星殿に届けてもらおうと…」



 流星はレオンが言い切る前に真帆の荷物を奪い取った。

 一言発さずに気難しい顔をして扉を勢いよく開くと、外に向かって真帆の荷物を投げ出す。するとすぐに『ありがと~』という一言だけが聞こえてきて流星が戻ってきた。



「…流星?」



「…俺は憤りを感じている」



「え?」



「…恥じらいを隠せない自分に対して、憤りを感じている」



「あ、そう…」



 流星は顔色を窺ってくる凶真に対して流星は表情を崩さずにそう答えた。 

 流星は奇しくも彼女の裸体がくっきりと脳内に残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る