未熟な騎士
揺れる意識の中。うつらうつらとした彼は意識の浮上と沈降を繰り返していた。
彼の名は獅子神レオン。自他共に認める生粋の騎士である。
彼は現在、日課である瞑想(睡眠)に耽ていた。彼はその人間離れした身体能力を生かすために休息も欠かさない。それは夏休みとなった今でも変わらない。調子のいい時に休むのが彼の鉄則だ。
閉ざした瞼の下に映るのはいつの日かの記憶。沈んだ意識は深くで燦燦と光る記憶に引き寄せられた。
それは閉ざされた暗闇の中で光を放つ星のような美しくも儚く、煌びやかなものだった。
天才が入学してきた。そんなありきたりな言葉はすぐさまに広まった。
周囲の期待を背負い、彼がその学園に入学したのはもう既に4年も前のことだった。
とりわけ異質なその学園で1年生ながらに『天才』と呼ばれた彼は規格外だった。
周りから見ても頭一つとびぬけている身長。特徴的な髪色。どう見ても騎士な立ち振る舞い。日本中を探しても他にない異質なその学園でも彼はその輝きを放った。
レオンがその学園に入学できたのはその圧倒的なまでの剣道の実力。中学に収まらなかったその実力を学園のスカウトに見込まれ、入学した。
彼の姿は上級生から見ても圧倒的だった。磨き上げた精神と体から繰り出されるその一振りは何人たりとも防ぐことはできない。
圧倒的なまでの威圧感。まさに獅子と言えるその姿は相対するものを震え上がらせた。彼の磨き上げた騎士道は舞台が移ろうとも、輝きを放った。
中学時代、既に全国制覇を成し遂げていた彼は1年生ながらに高校生でも制覇を成し遂げた。『天才』という重圧をものともしない突き抜けた成績に周りからは称賛の嵐だった。
ただ、それをよく思わない者も残念ながら存在する。
レオンへの嫌がらせが始まったのは、全国制覇をしてから間もない頃だった。
私物の紛失。ありもしない愚行で問い詰められること。上級生からの理不尽な命令。これらはすべてレオンの活躍を妬む上級生によるものだった。たとえどんな親の元に生まれようとも人間は人間。愚かなものは変わらないのだ。
彼自身気にしないようにしていたが、何をするにしてもそれらのことは彼にまとわりついてきた。些細なものから思わず嘆息をつきたくなるようなものまでそれらは彼の頭を悩ませた。
そんな矢先、彼は星に出会った。
いつもと変わらず、時間外まで稽古に打ち込んでいた時のことだった。心の乱れを律するための素振りをしている彼の元に一人の男がやってくる。
道場に踏み入ったその男の足音にレオンは振り返る。
「お前が噂の騎士さん?」
少し驚いたようにそう尋ねてきた男はレオンの顔を見てさらに驚いた様子だった。日本ではそう見れない髪色に整いすぎた顔立ちの彼を見て驚いたのだろう。
レオンもまた彼を見て驚いた。特徴的な赤い瞳に細身ながらしっかりと筋肉のついた体。彼の性格上、まず相手の体を見るのだが、彼の瞳は目の前の男の潜在的なそれを見抜いていた。
「はい。獅子神レオンと申します。…私に何か?」
そう答えたレオンを見て男は話す。
「あぁ、やっぱり。…俺の名前は諸星流星」
「諸星…あぁ、剣人のご友人の」
レオンは聞き覚えのある名前に記憶の隅にあった名前を掘り出した。
目の前にいる流星のことは前々からよき友人である剣人から聞いていた。なんでも、『ポテンシャルを持て余してる馬鹿』なのだとか。
「そうそう。…こんな時間まで練習?」
「えぇ。いつもの時間では物足りないので」
汗を拭いながら答えたその言葉には彼の強さの理由が含まれていた。センスで戦うどこぞのイケメンとは違って彼は努力を怠らない。
当たり前かのように答えたレオンに流星は苦笑いを浮かべた。
「はは…よく頑張るな。ま、それが強さの秘訣ってことか…」
「それで、何か御用ですか?」
稽古に戻りたいレオンは手早く済ませようと流星に問う。
「あー、それが____」
「おい、レオン」
流星がそこまで言いかけたところで彼の言葉は遮られた。
道場の入り口の方から聞こえてきたその声にレオンは表情を硬くする。
「またこんな時間まで練習か?ご苦労なこったねぇ」
道場の入り口からつかつかと入ってきた男は嘲笑するようにそう言った。レオンは表情を変えることなく返す。
「はい。稽古は自分を強くしてくれるのでね」
「ははっ、全国覇者さんは大変だねぇ…」
「…レオン」
名を呼ぶ流星にレオンは無言をもって返した。
流星が見たその表情は貼り付けた仮面のような表情だった。痛々しく、つなぎ合わせたような表情。流星が一番見たくないものだった。
黙りこくるレオンに男は話を続ける。
「そういやぁお前、またうちのクラスの奴とやらかしたらしいなぁ?おい」
「まぁ少々。つっかかってきた割に脆かったのでね」
「は?」
それまで丁重だったレオンの口調が相手を煽るような口調になる。それは果たして狙ったものだったのかは分からないが、相手の表情を歪ませた。
男はさらにレオンに詰め寄る。
「おい、お前わかってんだろ。てめぇのことなんて誰もよく思ってないんだよ」
「…えぇ。そんなの十も承知ですとも。だからあんな人達を仕向けて来たのですよね?」
「…てめぇいい加減に__」
男がそう言いかけた時だった。揺れる赤い瞳がレオンと男の間に割って入る。
「そこまでにしてください。喧嘩なら後でできるでしょう」
「はぁ?邪魔すんなよ!!!つか、お前には関係__」
男の口が尻すぼみに止まった。彼の視線は流星の赤い瞳に釘付けになる。
「お前、噂の…チッ、しゃあねぇか…」
男はそう吐き捨てると、踵を返して道場を後にした。道場内には安堵で息をつく流星とその流星を不思議そうな目で見つめるレオンだけが残る。
「はぁ…いつやっても慣れないな」
「…あなた、なぜ…」
振り返った流星の瞳を見たレオンは言葉を失った。彼の赤い瞳は形容しがたい哀愁と奥深くに沈んだ何かにまみれていた。きっと自分では到底及ばないものなのだなとレオンは感じた。
「…俺あーいうやつ嫌いなんだよ。嫌いだとか、気に食わないとか、そんなくだらない理由であんなことされんの嫌だし」
「…はぁ」
付け加えるように話したその言葉もレオンにはひどく寂しいもののように思えた。言葉の一つ一つが勢いなく地へと落ちていく。
「…ま、なんにせよ無事なら何でもいいや。話すことはいろいろあるけど…またあとにしよう。それじゃ」
流星はそう言うと、足早に道を後にした。何かを背負った彼の背中にレオンは何か不思議なものを感じた。
後に聞いたことだったが、流星はどうやら学園にはびこる身分関係の問題の解決に奔走していたらしい。
その学園では身分による差別が酷かった。レオンこそその影響を受けなかったが、中流家庭出身である人間にはその影響が酷かったとか。
中でも一つ上の代はその色が濃いらしく、レオン達の代はその上下関係に苦しんでいた。
かくいう流星は中流家庭出身だが、人間性と人望ゆえに気に入られていたらしい。彼は架け橋となるべく各地で問題事に首を突っ込んでいたのだとか。
その時の噂では学園で有名なヤンキーと変人を仲間にしたとかで話題になっていた。
この学園から差別をなくすなど、不可能だ。その時こそレオンもそう思っていたが、後にその考えは改めることになる。
彼がその男を慕うようになるのはまだ先の話だ。
「…む」
瞼がゆっくりと上がる。暖色の光が目に入り、沈んでいた意識を一気に引き上げる。レオンは眠い目を擦る。
「お、起きたかレオン。なんか寝言ってたけど、悪夢でも見たか?」
わずかに口角を上げる凶真。お気に入りのイチゴミルクを飲んで上機嫌だ。
レオンは対面の席で真帆と響華に苦戦を強いられている流星を一瞥して答える。
「…いえ。少し、懐かしいものを見ました」
「そうか~…お、もうすぐ到着らしいぞ」
凶真が座席から見える電光掲示板を見てそう言った。どうやら目的地はすぐそこらしい。
「お、もうすぐ到着?よっしゃいくぞりゅーちん!」
「まだ行くな着いてないから!」
「さぁ、勝負の時間ね…!」
既に飛び出そうとしている真帆に謎に気合を入れる響華。流星は二人をなだめるのに精一杯な様子。
「うぅ~ん?もう到着かい?まだ半分も読み切っていないんだが…」
「そろそろ降りる準備をしよう。荷物を…」
「あぁ、それなら私が持ってまいりますよ」
「私も行きます。…遅れをとるわけにはいきません」
レオンは対抗心を燃やす仄花。静かな彼女の瞳は闘志に燃えている。それがメイドのプライドだ。
レオンは仄花をよそに荷物が置いてある後ろの車両へと向かった。
目的地は、すぐそこだ。
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