変人二人

「ストレートフラッシュ、です」



「おいまじかよ…仄花つえぇ…」



 貸切られた新幹線の中、凶真は撃沈した。目的地に着くまでの時間の暇つぶしとして先程から仄花にポーカーで勝負を挑んでいるが、一向に勝利できない。

 冷静な立ち回りにそのまさに文字通りのポーカーフェイスにもはや勝利の気配すらも感じることができない。

 そんな凶真を横目に嗤うマッドサイエンティストが一人。



「中々のディーラーっぷりだねぇ仄花。そこまでしなくとも凶真は倒せるというのに」



「…うるせぇ。こっちだって真剣にやってるけど勝てねぇんだよ。やっぱ喧嘩みたいにうまくはいかないか…」



 最後の一言が物騒だったが、理央は無視しておくことにした。



 理央は小さくも大きな壁に悪戦苦闘を繰り返す凶真と両手に核兵器な流星を横目に趣味の読書をたしなんでいた。 

 過ぎる時間の中、少し騒がしい車内。彼女にとっては居心地が良い。数年前まで孤高を気取っていた彼女はどこに行ったのやら。



「りゅーちん、今日の私の下着気になる?気になるよねぇ~!」



「気にならない、気にならないから脱ごうとするな!」



「…脱がなきゃ」



「響華さんも脱がなくていいから!変なことはやめて!!!」



 その威力はまさに核兵器な二人を持て余した流星の苦悩に理央は口元を綻ばせる。人の不幸は蜜の味という言葉が存在するが、あれは的のど真ん中を射抜いた言葉だと理央は思っている。

 『笑う』という行為は数年前まで理央には無縁なものだった。不必要とさえも思えた。

 それを覆してくれた。いや、覆してしまったのが彼女の目の前にいる流星だった。









 奈々瀬理央は一人だった。

 中流家庭上がりの彼女はその才能故にその学校での居場所はなかった。『自分よりも良い成績が気に食わない』というつまらなくそして愚かな理由を抱いたものが理央へ妬みの矛先を向けたのだ。

 人間という生き物は集団的意識の中で誰かに矛先を向けないと気が済まない。愚かな生き物だ。

 周りを見渡せばやれ御曹司だの、名家出身だの、海外の富豪の子だの。どこに行っても窮屈で、息が詰まる。理央はとてもじゃないがうんざりしていた。



 そんな愚者達からの言葉に押し込まれるように理央は実験室に引きこもった。

 自分は元々一人が好きだ。そんな思っていない言い訳をしながら理央はその白衣に身を包んだ。



 あくる日もあくる日も研究に没頭する日々。成績のことなど、とうに忘れていた。家に帰る回数も次第に減り、呼び出されることもしばしば。

 整えていたその髪の毛も、いつしか面倒になってばっさりと切り落とした。見かけだけで言えば素行の悪い生徒の一人だった。

 そんな彼女の元に星である彼が初めてやってきたのは、めぐる季節の中で馴れ合う声にうんざりし始めた、吹き抜ける春風の心地よい日だった。

 いつもの丸椅子に腰かけ、窓の外で身を寄せ合う鳥を見ていた時だった。

 扉の開いた音に理央はまたかと振り返る。だが、彼女の予想に反してそこにいたのは赤い瞳が特徴的な一人の少年だった。



「…お前が奈々瀬理央?」



「出会って早々お前とは、やはりこの学園の生徒は気に食わないねぇ」



 お前とは話す気はない。そんな風に吐き捨てる理央。そんな言葉など気にも留めずに流星は実験室内へと踏み入ってくる。



「ごめんごめん。で、その反応はあってるってことだよな?」



「…そうだが、なんの用だい?冷やかしなら十分受けてるから遠慮してくれたまえ」



 そっけない態度の理央に男は近寄っていく。理央はもう止めるのも面倒だった。



「いや~なんか中流家庭上がりの超頭いいやつがいるって聞いたから、一目見ておこうかなって」



「…はぁ?」



 その一言は理央には理解不能だった。ただ好奇心に身を任せた、まるで小学生のような一言。言葉をはがせば内容は薄っぺらい。そんな一言に理央は意表を突かれたのだ。からかいに来たと言われたほうがまだ理解できる。



「俺も中流家庭出身だからさ。なんか親近感あるなって」



「…そんな理由で来たのかい君」



「うおっ、すげー!これ何?」



 目の前で実験器具を物珍しげに見つめる男に理央は呆れた視線を向けた。

 目の前の妙につかみどころのない男に理央の頭は疑問符で埋め尽くされる。疲れからきているものもあっただろうが、彼女の頭は混乱状態へと陥っていた。

 しかし、彼女の冴えた直感は彼の本質をとらえた。



「…君、何か他に目的があってきてるだろう。自分で言うものあれだが、私にただ近寄ろうとする生徒なんてこの学園においていない。…何が目的だ」



 理央は立ち上がり、男に対して敵意をむき出しに問う。

 半分脅すつもりで言い放ったその言葉は彼という人間の心に刺さったようで、彼は一文字にしていた口を開いた。



「…来月に生徒会選挙があるの、知ってるよな?」



 理央はその質問にかぶりを振った。

 男は表情を見せずに続ける。



「その生徒会選挙に立候補するからメンバーを集めてるんだ」



「…は?」



 本日二度目の反応だった。だが、理央の驚きはこちらのほうがはるかに上だった。



「…なんて?」



「だから、生徒会選挙に立候補するから仲間を集めてるの」



「君、本気で言ってるのかい?この学園における身分の重要さは知らないわけじゃないだろう?」



 理央がこうなてっいるようにこの学園において身分は重要だ。中流家庭から出てきたと言えば見られる目が変わるのは言うまでもない。

 この学園の生徒会長は代々名のある家系の人間が当選していた。それは裏で手が回りきっているからである。中流家庭上がりの流星が挑んでも無謀なことは目に見えている。

 代々続いた歴史というくだらないものに縛られた結果がこれだ。身分で差別されるなど、いつの時代の話なのやら。

 理央の懐疑的な視線に男は吐き捨てるように返す。



「…あぁ。知ってるよ。嫌というほどにね。だからこそ、俺は挑みたいんだ」



 彼の言葉に自然と聞き入ってしまう理央。まだ出会って数分だというのにこれはどういう状況なのか。アンサーは出てこない。



「この学園は腐ってる。…お前もわかってるだろ?」



「…」



「この腐った制度を、この腐った学園を根っこからひっくり返してやりたいんだ。…もう二度とあんなことが起こらないようにね」



 最後にぽつりと呟いたその一言は虚しく教室の中に消えていった。その言葉に詰まっている幾多もの意味ははっきり出なくとも伝わってくる。

 彼の背中から感じる哀愁のような何かは理央の心を激しく突き動かした。

 


「俺はこの生徒会選挙で当選して、この学園で助けを求める人間を救う。そのためには、一人じゃダメだ。だから、どう?」



 男が手を差し伸べてくる。

 実に馬鹿馬鹿しく、向こう見ずな考え。理央は思わず笑ってしまいそうだった。こんなに馬鹿な人間は理央の見た中では彼一人しかいない。

 正直言って、この話には理央に利点は全くと言っていいほどない。目の前の男が生徒会長になろうがならまいが、彼女の生活が変わることがないだろう。ましてや、この学園に根付いた共通意識を取り除くなど、無理に決まっている。やればやるだけ無駄だ。

 だが、理央は感じてしまった。この男は何かを持っている。その考えはロジカルな彼女らしくなく、ただその場のフィーリングから来たものだった。

 認めたくはなかった。出会って数分の男に自分は惹かれてしまっているという事実に。身の毛が逆立つほど”何か”を感じてしまっている自分に。

 理央は口角を釣り上げた。



「…クックック」



「…?」



「はっはっはっはっは!!!」



「うおぉ、えぇ何何…」



 突如として笑い出した理央に男は困惑する。先程とは構図が反対である。

 理央はこみ上げる笑いを抑え込みながら話す。



「ははっ…君、馬鹿だよ」



「は!?」



「正真正銘の馬鹿だよ。この上ないくらいにね!」



 笑い飛ばす理央。男は困惑しながらも言い返す。



「なっ、お前!初対面に失礼だろ!!!」



「何を今更。もう他人ではないだろう?」



「…え?…その、初対面だし、そういう対象では見れないっていうか…」



「そうじゃない。選挙の話、乗った。このマッドサイエンティストが馬鹿な君を導こう」



 手を取る理央。室内ばかりで日焼けを知らないその手をがっしりと掴んだ。怪訝そうだった男の口角がにやりと吊り上がる。

 これから彼女は波乱に巻き込まれることになったのは言うまでもない。







「…ふふっ」



 理央は不意に笑いがこぼれた。人間とは変わるものだ。いい例として目の前の男がいる。

 物事を常に分析しようとしてしまう彼女でさえそれを投げ捨てて笑い飛ばしてしまうぐらいにこの男は変わった。

 それと同時に、自分も変わったのだなと理央は思う。



「ちょ、理央も笑ってないで止めろって!」



「生憎だがmy star、私は見る専というやつなのだよ」



 にやにやとしながらそう返す理央。助ける気は毛頭ない。

 


「どこでも変わらず、だな」



「あぁ。まったくだねぇ」



 隣で微笑ましそうにしている愛しい人に同意する。少しピュアなところも彼のチャームポイントだと理央は思っている。



「本当に、騒がしい連中だ」



 目の前で繰り広げられるうっとおしくもいとおしい事の数々に理央は微笑んだ。

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