夏休み編
楽しい旅行の始まり
日差しの照りつける広場前。学期も終わりを告げ、待望の夏休みとなった8月の頭。流星は駅の構内にてキャリーバッグを引き連れ、早足で闊歩していた。
今日は待ちに待った生徒会での旅行。泣きつく加奈子を説得することに時間を要したため、待ち合わせ時間はすぐそこまで迫っている。
手元のスマホの画面には9時28分の文字。待ち合わせの時間までは後2分と言った所。入り組んだ構造の駅で待ち合わせするのは流星にとっては酷だ。
遅れた場合、”彼”からの罵詈雑言が飛んでくることは間違い無い。流星は足を早めた。
(やっべ遅れそう…あとはこのホームの向こうに…)
「あ、来た!おーい、こっちこっち!」
駅の構内からホームに出たところで向こう側に生徒会の面々の姿が見えた。ようやく待ち合わせの場所が見得た流星は急いで向かいのホームにつながる歩道橋を駆け上がる。
(コレなら間に合うだろ…!)
汗を流しながら駆け抜ける流星。手元のスマホの画面が示す時間は9時30分。時間ぴったりである。
「はぁ、はぁ、はぁ…ギリセーフだろ…」
「うい〜お疲れりゅーちん。やっぱりギリギリだな〜」
「ちょうど迎えに行こうと思ってた所よ。ま、及第点ね」
息を切らす流星を響華と真帆が迎え入れる。今日の二人のコーデは響華が青のスパンボイルプリーツスカートに白のブラウスというシンプルかつ少し小洒落たコーデ。真帆はブラウンのショートパンツに白のシャツ。サングラスは彼女のぱっちりとした瞳を隠している。少し大人っぽいコーデだ。
「お疲れ様です我が星よ。お荷物をお持ちいたしますよ」
「あぁ、ありがと…」
「ははは、朝からお疲れだな流星。また夜ふかしか?」
見慣れた二人の姿もいつもと違ってかなりラフな格好だ。レオンが軽々とキャリーバッグを持ち上げ、車両内へと運んでいく。
今日乗る新幹線は凌が気を効かせて車両一つ分貸し切りにしているらしい。なんでも、よく利用するから貸し切るのは簡単なのだとか。
「やっと来たか。ほぼ遅刻だぞ」
車両の扉から凌が顔を出した。凌も真帆と同じくサングラスを着用している。以外にもノリノリであるのがその浮かれた格好から分かる。
「…悪かったな」
「ふん、まぁ想定内だ。出発時刻は後10分後に設定している。いいから乗れ」
「…お前」
「生ぬるい視線を向けるのはやめろ。行くぞ」
顔を見せないように踵を返していく凌。言って彼とも数年の付き合いだ。相手のことを理解しているのはこちらだけではない。
「行きましょう流星くん。黒木家が使う車両とだけあって内装は中々よ」
「あぁ、なんかそう言えば特別仕様だとかなんだとか言ってたような…」
「よっしゃー!行くぞりゅーちん!数年ぶりのバカンスだ!」
流星の手を引く二人。真帆はもちろんの事、響華も少し浮かれた様子だ。瞳が嬉々としている。夏の魔法というのは恐ろしい。あの女王の仮面さえも剥がしてしまうのだから。
流星はかかり気味の二人に引き連れられて『黒木』と名の刻まれた車両へと乗り込んだ。
「おや、ようやく来たのかいmy star。時間ギリギリだね」
「…あぁ」
入って早々に流星を出迎えたのは席でくつろぐ理央だった。いかにも高そうな席を2つ分使って足を伸ばし、読書に耽けている。少しだらしない様がなんとも彼女らしかった。
貸し切りだから当然なのだが、車両内を見回しても自分達以外の気配は無い。それも普段なら自分が乗ることのないグランクラス。そのこともあってか、まるで絵の中にでも入ったかのような異様な雰囲気だった。
(ほんとに誰もいねぇ…)
「おはようございます流星様」
「うわびっくりした…おはよう仄花」
急に現れたその影に流星は肩を跳ねさせた。少し小柄な仄花はいつものビシッとした制服ではなく私服ということも相まってとても高校生には見えなかった。しかし、その立ち振舞は健在でその見た目とのギャップに流星は違和感を感じざるを得ない。
「お荷物の方は既に運ばれましたか?」
「あぁ、うん。レオンがさっき運んでくれたよ」
「それはそれは…先を越されてしまいましたね。…この先は既にご覧になられましたか?」
「いや、まだだけど…」
「でしたら一度見たほうがよろしいかと。特別仕様となっておりますので」
仄花が言うには少し先に見える扉の先は黒木専用の特別仕様になっているのだとか。ここでも充分すごいがこれ以上のものが待ち構えていると思うと流星も男の子としてワクワクせずにはいられない。
「…え?奥もあるの?」
「はい。皆様奥で流星様をお待ちしております」
「…じゃあなんでここはなんで貸し切りに?」
「気分だそうです」
「気分て」
流星が現在いる車両は凌の気分で貸し切りにされているらしい。とても常人のやることとは思えない。流星は黒木の恐ろしさを垣間見た。
「よろしければ案内致しますよ。理央様もそろそろ」
「マジ?それじゃ、よろしく頼もうかな」
「うぅ~ん…それじゃ、行くとしようかね」
流星はどこか浮ついた仄花の後を追って次の車両への扉へ向かった。
目の前の自動扉が開く。心を躍らせる流星を待ち受けていたのは豪華なゲストルームだった。本当に新幹線の中なのかと疑うほどに豪華な造りをしている。黒木の財力は底が知れない。
部屋の中心には大きなテーブル。それを取り囲むように椅子が配置されており、テーブルの上にはお菓子とドリンク類が多数。凌の計らいだろう。
その奥には大きなスクリーンも顔を覗かせており、まだまだ他の機能が隠されているように見える。
「あ、りゅーちん!こっちこっち!」
「流星くん、こっちよ」
流星の存在に気が付いた真帆と響華が自分の横に来るように手招きをする。他の面々も既に揃って席に座っている。
流星はもはや恒例のポジションとなっている真帆と響華の間に座った。
「…なんかすごいっすね」
「ふん、当然だろう。どこの専用車両だと思ってる。そこらのものと一緒にするな」
流星の対面の席で鼻を鳴らす凌。いつも通りに毒を吐きながらもどこか嬉しそうだ。
「それにしても、ここまでとは。いい睡眠がとれそうです」
「…お前また寝るの?」
「戦いには備えておかなければいけませんので」
既に寝ようとしているレオンにつっこむ凶真。この騎士はいつでも睡魔と戦っているのだろうか。既に船をこぎ始めている。
「まぁまぁ、今日は海にも行く予定だ。疲れるだろうから今のうちに寝させておけ」
「こんな時でもブレないやつだな…」
呆れた様子で見つめる流星。ここぞというときには頼りになる奴だというのに、普段がこれだから少し感覚が狂う。
寝息を立てるレオンの寝顔を見てボーっとしていると、部屋の扉が開いた。黒木の使用人が一人凌のもとにやってくる。
「凌様、出発の準備が整いました」
「あぁ。すぐに出してくれ」
「なんかお坊ちゃまって感じだな」
「これがリアルの…!」
洋画の中で見るようなやり取りに流星と真帆は瞳を輝かせる。凌はうざったいようにそれを冷たい視線で振り払った。
凌は顔は向けずに手をひらひらとさせて使用人を退かせる。数秒と経たずに車両は動き始めた。
「うおー!!!動き始めた!!!」
「ようやく出発だ。目的地までは2時間ほどで着く。それまで各々適当に暇つぶしでもするといい」
窓の外から見える景色は見る見るうちにスピードを上げて流れていく。旅の始まりの高揚感に流星は胸を躍らせた。
「流星くん、なんだか落ち着かないみたいね」
「はい。なんだかいつもと違ったドキドキというかなんというか…!」
「分かるわ。初めての夫婦旅行に胸の高鳴りが止まらないのよね…」
「それはちょっと違うというか…」
「りゅーちん何して遊ぶー?まずはポッキーゲームするかー?」
「なんでよりによってそれなんだよ。他にあっただろ遊ぶやつ」
「…真帆さん。今日は私と流星くんの旅行なの。夫婦の時間に水を差さないで」
「むー!りゅーちんは私と遊びたいの!独り占めしないで!」
騒ぐ胸の高鳴りも束の間、好奇心からのドキドキは冷や汗のドキドキに変わる。この二人の間はいつになっても
「…見せつけるねぇ~my starは」
「ははは…らしいっちゃらしいけどな」
「愚かな奴…」
「これはこれでよいのでしょう。皆さん、ポーカーはいかがですか?」
「ちょ、ちょっと仄花?おーい、助けて欲しいんだけど…
いつも通りに顔面を蒼白させる流星の助ける視線を横目に、仄花達はポーカーを楽しんだ。
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