お疲れ
「…あー…だり〜…」
午後19時25分。創生学園生徒会長、諸星流星は机に伏した。
日も沈み、辺りは暗闇。学園に残っている生徒も数えるぐらいしかいない。こんな時間になぜ生徒会室に伏しているかというと、夏休み前の溜まった雑務の消化である。
予算の確定。夏休みの部活のシフト。遠征費の申請。教室の点検。事務用具の補充。夏休み前はどれだけコツコツとやっていても雑務が溜まる。こうなるのは生徒会をやる上で仕方のないことだ。
流星達も勉強の合間にできるものはコツコツと行っていたのだが、約2名勉強を全くしていないという事実が判明したため、雑務は後回しに。普通にやっていれば学期中に終わる所が二倍の作業になってしまったため、流星達は奔走していた。
「…おい。手を止めるな。まだ仕事は残っているのだぞ」
「まぁまぁ、この量の仕事を一気に終わらせるのは無理難題だ。少し休ませてやれ」
「…チッ」
手元の資料を乱雑に机に置いた凌は椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰いだ。隣で疲れ目の一翔が紅茶を流し込みながら予算の決算を進めている。
ここ数時間はずっとこの状態だ。他のメンバーは外回りや学園周辺の点検に出向き、残った凌、一翔、流星は書類関係の作業に取り組んでいる。既に三人の気力は底を尽きかけていた。
(いつもならアニメ見てる時間なのに…くそっ)
心の中で不満を吐き捨てるも、状況は変わらない。目の前に書類が積み上がっているだけである。
この学園の特色である部活動の多さはこの作業において、生徒会の最大の敵といっても過言ではない。この巨大な学園が有する部活は100に近い。その上数十の委員会と同好会もあるため、予算の決算作業の難易度は計り知れない。流星は既に数字を見るだけで頭が痛くなるようになっていた。
一翔が目をしばたかせながらつぶやく。
「…理央、紅茶を頼む…」
「…理央はいねぇっての」
「あぁ、そうか…」
自分でも自分の行動に驚いたのか、一瞬動きが固まる一翔。彼の疲れも既に限界だ。
「…仄花、アイマスクを…」
「…いねぇよ。お前らコントでもしてんのか」
「…ハァ」
やってしまったと言わんばかりに額に手を当てる凌。普段見ることは無いが、彼も従者である仄花に頼りっきりだ。疲れ際にポロッと出た一言が何よりの証拠である。
疲れ切った二人の様子に呆れる流星。普段惚れ込んでるだの頼りっきりで情けないだの言っていたのはどこの誰達だったか。
どんよりとしたムードが流れ始めたその時、生徒会室の扉が叩かれる。
コンコン
(…んん?こんな時間に人…?響華さんが帰ってきたのか?)
「…どうぞ」
「失礼するよ」
「…あれ、ユッキーナ先輩」
「優樹菜先輩…」
扉を開いて入ってきたのはジャージ姿の優樹菜だった。手をひらひらとさせて挨拶をするとエナジードリンクとお菓子が大量に入ったレジ袋をドサッと置くと流星の隣に座った。
「どしたんですかこんな時間に」
「いやぁ、さっき外でレオンくんに出会ってね。可愛い後輩が遅くまで残っているというものだから、差し入れをね」
「いいんですかこんなに?あざーす!」
嬉々としてお菓子の袋を開ける流星の様子を見てニコニコとする優樹菜。可愛い後輩というのはいつになっても可愛いものだ。
「ありがとうございます優樹菜先輩。このお礼は必ず」
「いいのさ白凪の君。去年は私達も苦しめられたからねぇ。先輩として後輩を助けるのは当然さ」
疲れた時でも礼儀を重んじる事を忘れない一翔に大丈夫と促す優樹菜。普段はズボラで何をしているのか分からない彼女だが、先輩らしい一面もあると流星は彼女の横顔を見た。
「黒木の坊っちゃんも最近は大人しいみたいだしねぇ…?」
「…もう決着はついたのでね優樹菜姉。俺も負けて暴れ散らかすほど愚かじゃない」
「…優樹菜姉?」
凌の口から出た妙に馴れ馴れしい言葉に流星は首を傾げる。横から付け加えるように優樹菜が話す。
「うちの神薙家と黒木家はなにかと縁のある家系でね。昔から顔をあわせることが多いのだよ」
「へぇ…凌とユッキーナ先輩が知り合い、ね…」
「…なんだ。不満でもあるのか」
「いや、無いんだけどなんか不思議だなって」
意外な関係性に流星は優樹菜と凌の顔を古語に見つめた。呼び方や、対応の仕方から見るに恋仲ではなさそうだし、とりわけ仲が良いというわけでもなさそうだ。剣人へ残念な報告はしなくていいらしい。
以前に人間は縁と縁で結ばれていると聞いたことがあるが、まさかこんな繋がり方をしているとは。人間というものは不思議である。
「ふふふ、子供みたいだねぇ。まったく、可愛い子だ。私も授かるなら将来はりゅーみたいな子が欲しいよ…」
「…その発言まぁまぁキモいぞ優樹菜姉」
「可愛い後輩を愛でているだけじゃないか。そんな不審者を見る目で女の子を見つめるんじゃない」
流星の頭を優しく撫でる優樹菜を不審者を見るような目で見つめる凌。中々の発言に一翔も苦笑いだ。
「あと、君もあんまり流星をいじめるんじゃないぞ。私の可愛い後輩なんだ。いなくなっては困る」
「…しませんよ。そんな事」
物思いに耽るような表情でそう呟いた凌。そんな彼の表情を見て優樹菜は言う。
「…君もナデナデするかい?」
「遠慮しておきます」
彼女なりに気遣った言葉だったが、凌の前にバッサリと切り捨てられた。強く成長した今の彼に慈悲は必要ない。
「…昔ほど泣き虫じゃないってことかい?親離れというものは悲しいね」
「…ふん」
不満そうに鼻を鳴らした凌。それが凌の優樹菜へのアンサーだった。
「あぁ、そう言えばりゅー、剣人くんのことだが…」
先日の剣人とのデートの話について切り出そうとした優樹菜だったが、隣の流星を見たときには既に彼の瞼は落ちきっていた。寝息を立てて、意識を夢の中に沈めている。
「…ふふっ、もう寝てしまったみたいだね。まだ食べている途中だと言うのに…本当に子供みたいだ」
優樹菜は流星の口元についたお菓子のかすを手で取って自らの口に運んだ。その上でポケットティッシュを取り出し、彼の口元を拭く。その姿はまさに子供の世話をする母親だった。
流星の口元を綺麗にし終えた優樹菜はゆっくりと彼を寝かせる。
「おやすみりゅー。無理をしてはいけないよ。…本当に可愛い子だ。さて、私はこの辺で…」
「もう行かれてしまうのですか?もう少しゆっくりしていかれては…」
「うかうかしていると女王が帰ってきてしまうからね。彼女の嫉妬の矛先にはされたくない。りゅーの分の作業はこちらで終わらせておこう。…剣人くんにはよろしく言っておいてくれ。それじゃ」
優樹菜はそう言うと、そそくさと去っていった。生徒会室は再び流星と凌と一翔の三人が残される。
「…誰の前でも母親気取りか。まったく厄介な人間だ」
「どうした凌?」
「なんでも無い。ただの戯言だ。作業を進めるぞ」
蘇る優樹菜との思い出に振り返ること無く、凌は手元の資料を再び手に取った。
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