近づく恐怖

 7月も終盤。夏も本場を迎えようとしている今日この頃。流星は生徒会室のソファの上で寝転がっていた。

 ここ最近は猛暑日が続いており、何をするにしても暑さが邪魔をしてくる。流星は逃れるようにこの生徒会室へとやってきていた。

 流星の他にも一翔、響華、真帆、凌、仄花、理央の6人がこの生徒会室へと集まっている。この暑さに絶えられるのはどこぞの騎士ぐらいだろう。

 クーラーを全開にしてもなお体の中に残った熱がうざったく感じる流星はソファの上から転げ落ちて床にへたり込んだ。



「うぅ…あっち〜」



「…ここ最近はずっとこんな感じだねぇ。地球温暖化も無視できない事案だ」



「理央、お前なんか涼しくなる道具とか無いのかよ」



「そんな事言われても私は猫型ロボットではないのだよ。無理難題を突きつけてくるんじゃない」


 

 アイスティーをすすりながら理央は横目で流星を一瞥してそう答えた。この暑さには流石のマッドサイエンティストも抗うことは不可能なようだ。

 


「なぁなぁ、もうすぐ夏休みだしさぁ、皆でどっか行きたくね?」



 床に伏す流星を他所に口を開いたのは真帆。近づく夏休みに心を踊らせている様子がその瞳から見て取れた。

 真帆の提案に反応を示したのは以外にも一翔だった。



「夏休み、か。確かに、皆でどこかに行くというのも悪くはないな」



「確かに思い出づくりするのもいいわね。夫婦水入らずでもいいけど、学生でいれるのは今だけだし」



「そうそう!思い出づくりにさ。てことでブラック!行きたい所は!」



「なぜそこで俺に振る。あとブラックではない」



 うざったそうにそう吐き捨てる凌。暑さのこともあってか、読書を中断された凌はいつにもまして不機嫌な様子。しかし、真帆がそんなことを気にするはずもなく、凌にキラキラとした瞳を向ける。 

 無視しても無駄だと理解したのか、凌はため息をつきながら呼んでいたページに栞を挟んだ。



「…うちの別荘が静岡にある。そこでどうだ」



「いーね静岡!」



「…凌、お前行く気はあるんだな」



「…もともと別荘には行く予定だったからな」



「そんな予定は入っておりません」



 流星に痛い所を突かれ、言葉に詰まった凌の横から仄花の訂正が入る。いつもとは違って直接的な訳では無かったが、彼の本心が丸裸にされた。



「…仄花ッ」



「私の予定に狂いはありません。行きたいのなら素直にそうおっしゃってください」



「なんだよ素直じゃないなブラックは。ま、乗り気ならいいよな!けってーい!」



 行き先が決まり、夏休みへの思いを馳せる真帆。暑さでうんざりしている他の5人を置いてテンションアゲアゲである。



「楽しみだな〜!浜辺でりゅーちんとあははうふふしちゃって…うへへ〜」



「ん”んっ…真帆、その前になにか忘れていることがあるだろう」



「忘れてること?」



 一翔の含みのある言葉に首を傾げる真帆。忘れていること、と言われて自分の行動を振り返ってみるが、思い当たるものは無い。毎朝の流星とのハグもしたし、ナデナデだってしてもらった。



「流星、お前にも共通することだ」



「…はぁ?なんだよこんな時に」



 流星と真帆の共通することとは何なのか。二人は揃って唸る。

 二人の共通していることといえば、学校が一緒だったことと、お風呂が好きなことと、若干の猫舌であるということ。どれもこの場には関係の無い事のように思える。



「…お前暑さでやられたんじゃねえの?」



「そーだぞかずぴー。休んだほうがいいぞ」



「定期テスト」



 定期テスト。そのワードが一翔の口から出てきたその瞬間、二人の動きが一瞬固まる。背に張り付いたのは戦慄と恐怖だった。

 生徒会選挙と球技大会を終えた今、この学期に残っているのは定期テストのみ。二人は揃ってその事実を失念していた。

 二人はアイコンタクトで意思疎通を図る。二人の意見は一致した。



「…真帆、今日の髪型似合ってるな」



「お、流石りゅーちん!今日はハーフツインにしてきたんだ〜りゅーちん好きでしょこの髪型」



「おい、話を逸らすな」



「…ところでさ、今日暇なら帰りにゲーセン行こうぜ」



「いーね!久しぶりに二人で…」



「私が許すとでも?」



 ゴリ押しで誤魔化そうとする二人を背後に女王の冷気が突き刺す。逃げ場など無いと知らしめるのと共に、浮気に対する怒りが二人を縛り付ける。



「流星くん、貴方勉強してるって言ってたわよね?」



「いやぁ…球技大会で大変だったっていうか…」



「へぇ…あんなにやる気が無かったのにねぇ…」



 響華の凛とした深い蒼の瞳が流星を貫き通す。暑さで火照った流星の体を嫌な寒さが包み込む。

 震える流星の心をさくさくと突き刺すように響華は言葉を投げかけていく。



「最近は真帆さんとずっとイチャイチャだものねぇ?妻である私を放っておいて」



「スゥーッ」



 どんどんと冷気と憎悪の念がましていく響華。流星は恐怖に指先を震わせ、顔から血の気が引けていく。最早喋る言葉もない流星の口からは冷たい空気が通り抜けた。



「…真帆、逃げるんじゃない」



「あはは…私、急用が…」



「あるなら後にしろ。いいから座れ」



「…またか。全く、見ていられん」



「凌様、どちらへ?」



「どこか静かな場所だ」



 いつになっても変わらないこの展開に凌も呆れた様子。凌は仄花を連れて生徒会室を後にした。

 真帆はこの後5時間勉強漬けに。流星は翌朝まで説教が続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る