お風呂の話

「流星くん、貴方に話があるわ」



「またこの流れですか…」



 休日の昼下がり。頭を擦り寄せてくる真帆を撫でながらアニメ干渉に浸っていた流星の元に響華がやってきた。この流れはなにかまた始まるのだろう。

 既視感のある流れに流星はまたかとため息をつく。この流れになると毎回アニメを中断しなければいけないので少し不服である。



「今回は真帆さん、貴方にも関わる話よ」



「んぇ?私?」



 流星の膝枕に顔を埋めていた真帆が響華のほうにくるりと向き直す。特等席を盗られて不服な響華の表情が真帆の危機感を刺激した。

 二人は同時になにかやらかしたかと自分の行動を振り返ってみるが、心当たりしか無いのでどれが原因なのかが一向に見えてこない。二人は揃って響華の顔を見つめた。



「流星くん、貴方最近真帆さんとお風呂に入っているでしょう」



「…あ〜」



 流星は瞬時に察した。今回の話の種はどうやらコレらしい。視界の端に膝に寝転がる真帆の顔が見えたが、なにかを察したような愛想笑いを浮かべている。



「私とは入らないくせに真帆さんと入るのは少し違うんじゃないかしら?」



「いや〜…あはは」



「笑って誤魔化さないで。あれだけ私とは頑なにお風呂に入ることを拒否していたのに…」



 響華は静かな怒りを顕にすると共に少ししゅんとした様子だった。

 流星はここ最近は風呂に入る時は真帆と一緒だった。流星が入る時には必ず真帆がいるし、真帆が入る時には流星がいる。最早そういうものになっている。



 流星にとってお風呂は唯一の安らぎの場である。日々苦労に追われる彼にとって、お風呂は様々な悩み事から開放される唯一の場所。故に響華の誘いは尽く断っていた。だが、真帆に関しては話が別だった。

 流星と真帆は付き合っていた頃から一緒にお風呂に入ることが多く、彼女といること自体が彼にとっての安らぎであった。それ故に最近はよりを戻したこともあって毎日一緒に入っていたのだ。

 響華は妻である自分とは入らない癖に愛人の真帆と入っているその事実が心底気に食わなかった。



「なぜなの。答えて」



「えーっと…なんででしょうね」



「…」



 流星は必死に言い訳を考えるが、100%自分が悪いため言い訳など出てこない。どう足掻いても無駄だ。かえって変な言い訳をしたほうが響華の気を逆撫ですることにつながる。

 流星は視線で真帆に助けを求める。だが、彼女もまた言葉に詰まっている様子だった。



「…まぁ今までのことは水に流してあげる。その代わり、一つ提案を呑んでもらうわ」



「提案、ですか」



「これからお風呂は”当番制”にしてもらうわ」



 響華の提言した提案。それは流星とのお風呂の当番制だった。流星の表情が引きつる。

 真帆と入っていたのは彼女に対する信頼と安心感によるもの。彼女は流星が許可を出さない限りなにかをしてくることは無い。これは彼女との長年の付き合いで確立された事実である。だが、響華に限っては何をしてくるか分からない。というかしてこない訳がない。この提案は流星にとってかなり不都合なものであった。

 流星よりも最初に反対の声を上げたのは膝下の真帆だった。



「え〜ダメだよ。りゅーちんとのお風呂は私の特権なの。響華だってりゅーちんの下着独占したり、ベッドにマーキングしたりしてるでしょ?私にだって一つぐらい独占させてよ」



(最近パンツ減ってると思ったらそういうことかよ…ベッドにマーキングは何してる…)



 流星は真帆の口から出てきた暴露に響華に疑いの視線を向ける。響華は隠す気も無く答えた。



「私は妻なんだからそれぐらいして当然よ。独占は選ばれた者にのみ許される行為なの。選ばれし妻である私はそれをするに値するわ」



「私だってりゅーちんの元カノだし〜?選ばれたと言ってもいいじゃ〜ん」



 真帆の意見に響華は反論を飛ばそうとしたが、彼女の苦労を知っていること。流星が彼女に寄せる信頼と愛情を知っているがために言葉に詰まった。

 流星は自分の身の安全を保つためにも、響華をなだめに入る。



「ま、まぁまぁ。一つぐらい許してやってもいいんじゃないですか?お風呂なんて、いつでも入れますし…」



「…それなのに私とは入る気が無いのね」



「あはは…」



 突き刺さる女王の視線。今までだったら他の女と同じ空間にいただけで激怒されてもおかしくは無かったが、ここまで柔らかくなったのは誰のせいだったか。膝下の真帆はこれだけは譲らないとむーっと頬を膨らませている。

 響華は口を噤んだまま流星の隣に座ると、彼の肩に頭を預けた。



「…響華さん?」



「…夫の願いを聞き届けるのも妻としての役目ね。今回は不問にしておいてあげる。その代わり、分かってるわよね?」



 響華は流星の肩をその艷やかな頭でぐいぐいと押した。流星は陶器を扱うように慎重に撫でる。

 


(…両手が塞がった)



 右手で真帆、左手で響華の頭を撫でる流星。事は無事に収まったものの、両手がふさがってしまった流星。

 彼のアニメタイムはまたもやお預けとなるのだった。

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