憧れの風紀委員長

 日差しの照りつく通学路。多くの生徒達が学園へとつながるこの道を歩いていく。流星はいつもどおり響華と共に学園へと向かっていた。

 未だ眠気の残る流星の表情には疲れが見える。昨日は久しぶりに一人だったため、遅くまでアニメをぶっ通しで見ていた。そのせいであまり寝れていない。

 気を抜くと落ちてくる瞼を必死に開きながら歩く流星に響華は話しかける。



「…また遅くまでアニメを見てたの?全く、少し見ないとこうなるんだから」



「しょうがないじゃないっすか…最近はいろんなことがありすぎてゆっくりと見る時間が無かったんですよ」



 大きなあくびをかましながらそう流星は吐き捨てた。最近は忙しかったこともあり、アニメを見る時間すらもなかった。それらが一段落した今、流星を咎めるものはない。そのため流星は再びアニメ漬けの日々に戻っていた。凛々しかった彼はどこへ行ったのやら。



 意識をギリギリで保っている流星の意識を引きずり上げるように喧騒の声が耳朶を打った。



「だ〜か〜ら!!!地毛だって言ってんじゃん!!!」



「そんなわけがあるか!!!いいから今すぐ染め直せ!!!」



「…なんだあれ」



「何事かしら。…確か今日は頭髪検査の日だったはず」



 喧騒の声の方に目線を向けると、校門前で人だかりができているのが見えた。通行人達が喧騒の中心であろうそれを見ている。生徒会長という立場の彼がアレを見過ごせるわけもなく。

 一気に意識が浮上してきた流星は響華と共に人の合間をかき分けてその中へと入っていった。



「…え?真帆?」



「あ!りゅーちん!響華!ちょうどいいところに!」



 人混みをかき分けて入った先にはなんと真帆がいた。その先には風紀委員の生徒が一人。どうやらこの二人が騒ぎの中心だったらしい。流星は思わず頭を抱えた。



「…お前何してんだよ」



「いや聞いてよ!地毛だって言ってんのにこいつが通してくれないんだよ」



「…なるほどね。頭髪検査で引っかかったと」



 どうやら察しの通り原因は頭髪検査だったらしい。生徒会の面々は髪色が特殊な人間が多いため、こうなるのではないかと流星は危惧していたが、案の定騒ぎになってしまった。

 流星はなんとか場を丸く収めようと風紀委員に持ちかける。



「すんません…こいつマジでコレが地毛なんです。ここは穏便に済ませて欲しいのですが」



「生徒会長!?…申し訳ないですが、コレを地毛だと証明できるものがありません。認めるわけには…「おい、なんの騒ぎだ」



 凛とした透き通るような声に生徒達の視線が一点に集まる。



「おい、風紀委員長だ!」



「おぉ…いつ見ても凛々しい…」



 声の方を見れば、モーゼが海を割ったように人の波を割って一人の生徒が出てきた。

 短くまとまったショートヘアーに特徴的な真っ白な髪の毛。桜のようなペールピンクのその瞳は流星が幾度となく苦しめられたもの。つりあがった目尻と男勝りなその喋り方からは威圧感まで感じられる。女子にしては少し高い身長が目立つ。

 生徒達の羨望の眼差しを受けて出てきた彼女は妙にどこか既視感のある姿に疲れた目を凝らす。

 流星はその姿を見て驚愕、というより戦慄した。



「は…!?瑠璃奈!?」



「委員長!」



「む、流星」



 彼女の名は桐崎きりさき瑠璃奈るりな。創生学園の風紀委員会委員長であり、かつて流星としのぎを削ったライバルの一人である。

 まさかこんな形で再会することになるとは流星も思っておらず、いろんな罪悪感が彼の背中に押し寄せる。



(なんでこいつが…こっちに来てたのかよ…!)



「流星くん、知り合いなの?」



 また女の知り合いかと問いかける響華。だが、顔色を悪くした流星の様子を見てただ事ではないと察した。



「…はい。一応」



「一応、とは心外だな。…まぁいい。おい、そいつのそれは地毛だ。通せ」



「は、はい。…どうぞ」



「ほら言ったじゃん!むー!!!」



 風紀委員に突っかかろうとする真帆を首根っこを引っ張って止める流星。なおもその表情は目の前にいる彼女に固まっている。

 数秒の無言と共に異様な空気が流れる。積もった罪と押し寄せる代償。流星の背に背負ったものが彼女を前に一気に押し寄せてくる。

 先に口を割ったのは瑠璃奈の方だった。



「…流星、少し話がある。ついてこい」



 踵を返して歩いていく瑠璃奈。流星に有無を言わさずに先を歩いていく。

 流星は深呼吸をして彼女の後を追う。その後姿を響華と真帆が止める。



「流星くん!」



「りゅーちん!」



「…二人共、大丈夫。後で行くので先に教室に行ってて」



 流星はらしく無く作り笑顔を浮かべた。ぎこちなさと不安が残るその顔は響華と真帆から見ても異質な物だった。



「でも…」



「真帆、あいつの事覚えてないのか?」



「アイツ?…さっきの白髪ちゃん?」



「瑠璃奈」



「…ええええええええええええええええええええええええ!?」



「ま、真帆さん?」



 真帆は流星の言葉でようやく理解した。先程の彼女が瑠璃奈であるということを。それは真帆が見ていた彼女とはあまりにも違っていたから。

 響華は驚愕した真帆の様子を見て困惑する。理由を知らない響華からすれば何一つこの状況を理解できない。



「それじゃ」



「あ、ちょっと!」



 流星は困惑し続ける響華と開いた口が塞がらない真帆を置いて瑠璃奈の背中を追いかけた。







 瑠璃奈の後ろについて歩くこと数分。校舎裏へとやってきた流星。瑠璃奈はくるりと振り返り、流星の顔を数秒見つめた後に話始める。



「…久しぶりだな。中学以来か?」



「あぁ。…久しぶりだな」



 流星はただひたすらに気まずかった。なんせ彼女は流星が生徒会選挙で欺き、蹴落とした人間の一人。その事実は2年の時を重ねた今でも消えることはない。特に彼女にはひどい扱いをした。

 流星は本来なら謝るべきなのだが、それよりも気になることがありすぎて謝るに謝れなかった。



「お前がまた生徒会長に立候補するとは驚いたぞ。…どういう風の吹き回しだ?」



「…過去に向き合う気になっただけだ。そっちこそ、風紀委員長なんてやっちゃってどうした?生徒会長になる夢はどこにいったんだよ」



 夢。流星がその言葉を口にした時、瑠璃奈の表情が一瞬固まったのが分かった。地雷を踏み抜いたかと焦る流星。しかし、彼の予想とは裏腹に瑠璃奈は顔を赤面させた。

 


「…から」



「…え?」



「…流星くんが誘ってくれると思ってたから///」



 先程までの男勝りな彼女はどこへ行ったのか、顔を赤らめて呟いたその言葉は流星の思考を停止させた。数秒の沈黙が更に状況を混乱させる。

 瑠璃奈は白い髪をいじいじしながら語り始める。



「だ、だって、あの時言ってくれたじゃん…『お前とは仲間だったら良かったのに』って」



「あ、うん。確かに言ったけど…」



「だから誘ってくれると思ってたの…」



 瑠璃奈の仮面が剥がれて、次第に流星の知っている彼女に戻っていく。

 さらにヒートアップした彼女は顔を真っ赤に染め上げて溢れる気持ちを言葉にして思考停止したままの流星に投げかける。



「私っ、あの時より強くなって流星くんに頼られるようにって頑張ったんだけど、力不足だったかな…」



「…いや、お前この学園にいたんだ」



「えっ」



(あっ)



 未だ理解の追いつかない流星はポロッとこぼした言葉に自分でもやってしまったと直感した。顔が青ざめるのと共に流星の脳内は再びフル回転で動き始めた。 

 『お前は地味だ』とも取れる流星の言葉を受けた瑠璃奈はわかりやすく肩を落とした。



「…そうだよね。私、地味だったし…目立つように頑張って髪も白に染めたんだけど…ダメだったかな…この前の球技大会でもあんまり活躍出来なかったし…」



「あっ、えーっと…変わりすぎてて気が付かなかったというかなんというか…あはは」



 何があははなのか。流星自身も分かっていない。今はただ笑ってやり過ごすしかなかった。



「あはは…私ってやっぱり地味なんだね…こんなので流星くんの隣に立とうなんて、浅はかだったね」



「いや待て待て。自分をそんなに卑下するんじゃない。お前だって今こうして風紀委員長として頑張ってるだろ。一つの委員会を一人で取りまとめてるのはすごいことだぞ」



 なんとか瑠璃奈を褒めるも、彼女の様子は変わらない。他にも褒めようと思考を働かせるが、長らく会っていなかったこともあり、浮かんでこない。その事実が更に彼女を否定しているような気がして、流星はただ悩むことしかできなかった。

 悩む流星の後ろから一人の生徒が駆け足でやってくる。



「委員長!本日の頭髪検査、終了致しました」



「よし。結果をまとめ終わり次第持っていけ」



 瑠璃奈は先程までの情けない顔をキリッと取り繕い、生徒への指示を行った。切り替えの速さに流星は更に驚く。指示を受けた生徒は敬礼をして向こうへと駆けていった。

 


「…それじゃ、私も行くね。話があるなんてカッコつけて言ったけど、ホントは流星くんと話したかっただけだから。…わざわざ付き合ってくれてありがとう。なにか困ったら何でも手伝うから言ってね。それじゃ」



 瑠璃奈は手をひらひらとさせると、校舎の表へと歩いて行った。流星はただ一人校舎裏に取り残される。

 何を言われるかと身構えていたが、ある意味見当違いだった。



(…結局謝れなかったな。今度機会があれば、か)



 皆の憧れである風紀委員長の裏を見てしまった流星はなんとも言えない感情になった。

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