理央のラボ

「…一体なにが起きてんだよ」



 夏も本番に差し掛かり、日差しがじりじりと照りつける今日この頃。何をするにしても暑さというデバフが付き纏うこの日に流星は実験室を訪れていた。



 彼がここまで来た理由は数分前まで遡る。



キーンコーンカーンコーン



(ふぅ…終わった終わった。今日は座学ばっかりだったし、腰が痛いな…今日はなんのアニメを…ん?)



 放課後になり、今日はなんのアニメを見ようかと考えていた所でポケットの中のスマホが揺れた。

 画面を付けてチェックしてみると優樹菜からのメッセージの着信だった。



(ユッキーナ先輩?…また剣人か)



 最近は剣人が目を光らせていることもあり、優樹菜から流星の連絡は大抵のものが剣人関連のことだ。やれ後をつけられているだのしつこいだの様々である。

 しかし、教室を見渡してみると剣人は複数の女子の輪の中にいた。どうやら遊びに誘われているらしい。いつもの気持ち悪いほどによく出来た作り笑顔が光っている。



(いる…ってことは別件か)



 流星はLINEを開いて優樹菜からのメッセージを確認する。そのメッセージは彼女にしては珍しく長文だった。



『りゅー、なにかがおかしい。別校舎の監視カメラにアクセス出来ない。どうやら何者かが破壊工作を行ったらしい』



「…なんだそれ」



 流星の口から出たのはシンプルな疑問の声だった。

 彼女が言うには別校舎で異変が起きているらしいがまずその前になんで監視カメラにアクセスしようとしているのか。その異変は自分になんの関係があるのか。警備員にでも任せておけばすぐに解決してくれるだろう。

 そんな流星の心境を察したかのように優樹菜から追加のメッセージが送られてくる。



『りゅー、君は生徒会長だ。この学園を守る義務がある。だから行って確認してきてくれ』



「…」



 言葉にしなくとも彼の顔には負の感情が出ていた。生徒会長だから、と言われたらこちらとしても反論する術がない。どうやら厄介な言葉を自ら作り出してしまったようだ。

 しかし、めんどくさがりの彼はここでただでは引き下がらない。



『めんどいです。警備員にでも任せてください』



『私が出不精なの知ってるだろう?頼むよ』



『じゃあ今度剣人とデートしてくださいね。会わせろってうるさいので』



 流星はそのメッセージを打ち込むと、通知を切ってスマホを閉じた。優樹菜からメッセージが何件も飛んで来ていることは見なくても分かる。

 流星は小さくため息をつくと歩き出した。




 と、言うわけで現在に至る。

 スマホを取り出してみると、電波はしっかり通っている。原因は妨害電波ではないらしい。

 流星は普段別校舎に踏み入ることは無いためあまり詳しく無いが、彼にはこの場所をよく知るマッドサイエンティストの知り合いがいる。そのため彼女の根城である実験室にやってきたというわけだ。



 流星は他の教室よりも頑丈な作りの扉を開く。扉の軋んだ音と共に耳に入ってきたのは鉄を打つような甲高い音だった。



「うっさ…おい、理央」



「ん?おや、my starじゃないか。珍しいね」



「珍しいねじゃねぇよ。何だこの音は…ってかなにしてんの?なにそれ」



 流星の目の前には人が一人入るぐらいのサイズのカプセルのようなものとその前に立つ理央の姿。周りには工具が散乱していて誰が作ったものなのかはひと目で分かる。

 理央はカプセルに手を添えて話始める。



「コレかい?コレはタイムカプセルさ。…といっても外側だけだけどね」



「なんでまたそんなもの…」



 流星がそう言うと、理央はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりのドヤ顔に変わる。その瞬間、流星はまた自分にとってわけのわからない話が始まる事を察した。

 理央は自慢げに目の前のタイムカプセルについて流星に語りかける。



「実は先日、研究していたら偶然タイムカプセル理論の結論が出てしまってね。この理論は過去にいくつもの結論が先人達によって出されてきたが、どれも失敗、または闇の中に消えてしまったのだよ。タイムリープしてきた、なんて者もいたが、どれも都市伝説の域を出ない。そこで、私が作り上げることでこのマッドサイエンティスト、リオル・レオリーナの名を轟かせよう!…と思ったのだけれどね」



 理央の声のトーンが急に下がっていく。がっくしと肩を落とした彼女はぼそぼそと語る。



「この理論には膨大なエネルギーが必要でね。この地球場の物質では現状では再現が不可能なのだよ。…結局は私の理論も空想の域を越えなかったというわけだね。だから今はこうしてせめて形だけでもと作っているのだよ…」



「…はぁ。それはそれは」



「大変なのね」



「そうd…」



 言葉を吐きかけた所で流星は目線をぐるりと横に向ける。そこには先程まではいなかった妻である響華の姿が。



「…いつからいたんですか」



「ついさっきよ。教室にいないから匂いを辿ってきたけれど…浮気?」



「違いますよ。だれがこんなマッドサイエンティストに…」



「ただのマッドサイエンティストではない!私は狂気の…」



「はいはい。分かってますよ」



 いつものが始まりそうだったので流星は理央の言葉を遮るように無理矢理返事をした。得意の名乗りを邪魔された理央は若干不服そうにムッとしている。

 そんな理央を置いて響華は流星に訝しむ視線を向ける。



「で、何をしにここに来たの?」



「あー…そうだった。ちょっとユッキーナ先輩に頼み事をされましてね。それで理央に少し聞きたいことがあって…」



「なんだい?答えれる範囲で教えてあげよう。なんてったって私は…」



「実はですね…」



 流星は彼女の長々とした挨拶が始まる前に事の説明を始めた。理央はさらに不服そうな表情を浮かべたが、流星は無視して説明をした。

 説明を聞いた理央はあぁ、と思い当たる節があるような声を漏らした。

 理央は実験室の奥から一つの球体を持ち出してきた。



「その原因ならコレだね」



「…なにこれ」



「コレは”電磁パルスボム”さ。その名の通り、電磁パルスを周囲に発生させる装置なんだが…どうやら誤作動を起こしていたようだ。まだまだ改善点の見える作品だね」



「またそんなものを…」



 またかという流星の反応に理央は本日三度目の不服そうな表情を浮かべる。



「またとはなんだいまたとは!いつか使う時が来るかもしれないだろう!」



「それはいつの戦争の時になるんだか…」



 その頭脳に反して子供のような言い訳をする理央に呆れた様子の流星。もっとマシな言い訳は無かったのだろうか。

 まさかの犯人にため息をついた流星。苦労が無駄になったような気がして、なんだかやるせなかった。



「はぁ…あ?」



 下がった流星の視線の先には拳銃のようなものが転がっていた。あまりにも場違いなそれを流星は拾い上げる。響華もそれに興味を示した。



「流星くん、それは?」



「わかんないっす…なんだこれ?」



「あぁ、それは”びっくりスタンガン”さ」



 理央の口から飛び出た聞き慣れない言葉に流星と響華は首をかしげた。

 理央はノートパソコンでレポートをまとめながら二人に向かって説明を始める。



「それはエアガンを改造したものでね。スタンガンを直接相手に飛ばせたら強いんじゃないかという安易な考えで作ったものさ。安易な考えには当然何かしらのリスクを含むもので、弾丸にスタン効果をつけて飛ばせるようになった代わりに威力がかなり減ってしまってね。当てられてもほんとにびっくりする程度の威力になってしまったものだよ」



「つまり失敗作と」



「くしくも、そうなるね」



 なぜそんなものが床に転がっているのか流星は甚だ疑問であったが、工具の散らばったこの惨状がその疑問へのアンサーであった。



「理央さん、コレは?」



 響華が一つの灰色の球体を拾い上げる。

 なにかモヤのかかったような奇妙な柄をしたその球体は外見では到底なんなのか理解することは不可能だった。



「ん?…あ!女王!それはまずい!今すぐそれを外に…」



 響華の手にした球体を見て、理央がすぐさま警告を促す。



ボ   ン



「きゃっ!」



「響華さん!!!」



「まずい…!」



 しかし、既に時遅し。響華の手にあった球体は大量の煙を出して爆発した。部屋を煙が埋め尽くす。



「吸っちゃダメだよmy star!」



 理央はそれと同時に懐から出したもう一つの球体を投げた。響華の持った球体から発せられていた煙はすぐさま消えていった。

 


「響華さん!大丈夫っすか?」



「…?大丈夫だけ、ど、涙が…」



 響華の感情に逆らい、瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていく。

 流星はそれを見てひどく困惑したが、頭を抱える理央の様子を一瞥してコレが先程の煙のせいであることを理解した。



「…さっきのは催涙効果のある液体を混ぜたスモークさ。これは偶然が産んだ産物でね。ある実験の最中におまけ的な感じで出来てしまったものなのだが…少しの衝撃でも起動してしまうものだから私も扱いに困っていたのだよ。範囲も狭くは無いからね。…それがここに転がっているとは、全部処理したはずだったんだが…まぁいい。次からは見ても触らないでくれ。確か目薬があったはずだ。取ってくるから少し待っててくれ」



 そういうと理央は実験室に併設された準備室へと姿を消した。

 未だぼろぼろと涙をこぼしている響華を心配する流星。彼女の泣いてる所を見るなんていつぶりだったか。



「響華さん、これ。ハンカチ使ってください」



「ありがとう。…さんは余計だけれど、助かったわ」



 こんな時でも彼女の意思はブレない。妻としての威厳はいつになっても失う気は無いという彼女の確固たる意思の現れだろう。

 


 流星は泣いている響華を見ると、どうにも落ち着かなかった。いつも全く感情の起伏を見せない彼女が泣くことなど、滅多に無いはず。流星でさえも彼女が泣いているのを最後に見たのは彼がまだ5歳だったころだ。

 それ故なのかは分からないが、流星の妙な胸騒ぎは留まる所を知らなかった。なんとかしてあげたい。そんな庇護欲にも似たなにかざっくりとした感情が流星の言葉を埋め尽くす。

 そんな心境が顔に出ていたのか響華が流星の顔を見つめた。



「…流星くん?」



「…あっ、は、はい?」



 不意に流星の体を響華が抱きしめた。優しく包み込むようなそれはまるで子をあやす母のよう。不安と心配が入り混じった流星の心に安心感が広がっていく。



「響華さん…?」



「大丈夫よ。私は大丈夫。最愛の妻が泣いている所を見て少し混乱してしまったのよね?無理もないわ。でも、大丈夫だから」



 流星は寛大な妻の優しさで包み込んでくれる響華を抱きしめた。心の不安に上書きするように広がるえにも言えない安心感。流星は改めて自覚してしまう。



(俺も大概だな…)



 少し悔しくもあるが、『やっぱり』という気持ちの方が大きい。それほどまでに流星は響華を大切に思っていた。



「…ん”んっ」



 背後から聞こえた咳払いに振り返ると、理央が目薬を片手に少し赤面しながら気恥ずかしそうにこちらを見ていた。



「お二人共、ここは私のラボだ。イチャイチャするのはいいが、少しは控えて欲しいものだね」



「すまんすまん…目薬、あったの?」



「あぁ。コレを」



 理央は流星の目薬を手渡す。小さな容器に入ったそれにはしっかりと『神宮寺製薬』の文字が刻まれている。

 


「流星くん、ん」



 響華が流星に顔を近づけてくる。早く目薬をさせ、ということなのだろう。流星はキャップを丁寧に取ると、ブレないように慎重に目薬をさした。

 響華は目をパチパチとさせて目を確認する。



「どうですか?」



「少しだけ良くなった…気がするわ」



「次第に効果は出てくるはずだ。数分はここで休んでいくといい」



 理央は効果が出始めていることを確認すると、すぐさま作業へと戻った。まだ涙が止まらない響華は流星と共に直ぐ側にあった椅子に腰掛ける。



「お言葉に甘えて少し休んでいきましょうか。野暮用も終わったことですし…」



「流星くん、ん」



 流星の隣に座った響華は流れる涙をそのままに何を言うわけでもなく流星の前で両手を広げる。

 なんとなくは察しているが勘違いだった場合かなり恥ずかしいため、流星は一応聞いてみることにした。



「…なんですかその手は」



「ハグよ。今の流星くんには妻のぬくもりが必要なのでしょう?だから、ん」



 必要か不必要かで言われたら必要だが、相変わらずの訳の分からない理由に流星は困惑する。こういう時の彼女は強情だ。早くしないとすぐに拗ねる。流星は戸惑いながらも決意を決めたその時。



「…じゃ、僭越ながr「カチッ」…ん?」



 謎の音に流星は一時停止する。普段なら些細なことは気にしないが、あいにくここは実験室。何が起こるか分からない。

 流星の嫌な予感に呼応するように椅子の部分が異様に軋んだ。何かと思った次の瞬間、座席部が浮き上がる。



「え?…うわああああああああああああああああああああ!?」



 流星の体は座席部ごと持ち上げられ、後ろへとぶっ飛んでいく。

 流星の体は叫び声と共に準備室の奥へと突っ込んだ。



ドカーン



「…」



「…」



「あぁすまない。ドッキリ用のぶっ飛びチェアを出しておいたのを忘れてた」



「…変な物ばっかり作りやがって」



 180度ひっくり返った視界の中で流星はため息混じりにそう吐き捨てた。

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