いつもよりも騒がしい朝
「…んぅ…ん”んっ…朝か」
朝の日差しが流星の瞼に差し込む。
いつもどおりベッドの上で目を覚ました流星。今日は休日。時刻は7:30。休日にしては起きるのが早い。
「んーっ…イテテ…」
寝そべったまま伸びをする流星。先日の球技大会での激闘もあってか、身体が悲鳴をあげている。分かっていたことではあったが、その痛みは流星を朝から苦しめた。
「痛ってぇ…あんまり無理するんじゃなかった…」
「りゅーちん、練習はやる気なかったのにあんなに張り切っちゃって。そんなに私にかっこいい所見せたかったの?」
「んなわけ…ってうわああああああああああああああああああああ!?」
不意に囁かれた言葉に声の方を向くと、そこにいたのは真帆。しかも裸である。
布団で危ない部分は見えていないが、その布団の下が裸であることは直接見なくても分かる。なぜなら、夏用の布団にくっきりとそのラインが浮き上がってしまっているから。
「朝から元気だねりゅーちん」
「あぁまったくだ誰かさんのおかげでな!!!なんで裸なんだよ!!!」
「んー、りゅーちんを全身で感じられるから?」
流星の隣に寝そべったまま訳の分からない理由を述べる真帆。2つの意味で元気な様子の流星にニコニコとした笑顔を向ける。状況が更にややこしくなってきた。
一刻も早くベッドからの脱出を試みる流星の後ろで、もう一つの影が動き出す。
「朝から元気なのね流星くん…」
「な、あぁぁぁぁあああああああああ!?」
脱出を試みる流星の前に立ちはだかったのは妻(自称)の響華。真帆とのやり取りで目を覚ましたのか、眠い目を擦って起き上がる。
流星の驚愕の理由は最早言うまでもないだろう。
「なんで裸なんですか!!!」
「それは流星くんを全身で感じられるからよ」
既に聞いたセリフに流星は頭を抱える。この二人にはつくづく頭を抱えさせられる流星。球技大会という一つの大きな事が終わったかと思ったらこれである。
恋のライバルである二人はくしくも同じ理由で流星の布団に入り浸っていた。
「なんであんたらは揃って人の布団に入ってくるんですか!!!」
「いーじゃん別に。細かいことは気にしない気にしない〜」
「別に他人じゃないもの。私は流星くんの妻よ」
この二人には常識というものが存在しないらしい。朝ということもあり頭がうまく回らない流星は二人を言いくるめるほどの言葉が出てこない。押し寄せる欲と理性の間で流星は寝起きで寝癖のついた頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
流星は器用に響華を避けてベッドから飛び出ると、すぐさまドアノブに手をかけた。
「…二人共着替えてから来てくださいね」
流星は加奈子の待つリビングへと降りた。
「流星くん、あーん」
「りゅーちん、あ〜ん♡」
「…」
寝起きの事件から数分後。流星はリビングで二人の間に挟まりながら朝食を摂っていた。
流星としては一人でゆっくりと食べたい所なのだが、二人が『どちらがより多く流星にあーんできるか対決』を始めてしまったため、その願いは叶うことはない。
どちらをとってもその先には危険しか無いため、流星はどちらを選ぶことも出来ない。まともに朝食も摂ることの出来ないこの惨状に流星はため息をついた。
「…二人共食べたらどうなんですか」
「私はいいのよ。夫に食べさせるのも妻の役目なの」
「私はりゅーちんでお腹いっぱいだよ♡」
「…なんだその言い分」
真帆の訳の分からない言い分になにか裏があるのではないかと訝しむ流星。しかし、ニヤニヤした表情を向けてくるばかりでその裏に何があるのかは全く分からない。相変わらず隠すのがうまい。
「りゅ、りゅーちゃん…」
「…母さん」
この状況にはさすがの加奈子もまずいと思ったのか、心配そうな表情で流星を見つめてくる。決して見込みは無いが、流星は瞳で助けを求めた。
数秒ほど見つめた所で加奈子は悟ったのか流星の目の前まで来る。
「りゅーちゃん、あ、あーん」
「なんでだよ」
ボケとしか思えない加奈子の行動に流星は思わずツッコミを入れる。何を思ってそうしたのか小一時間問い詰めたい所だったが、今の流星にそんな時間は無い。もたもたしていると両側から顔面偏差値2億の美女達が迫ってくる。
「なんでそうなるの。この状況をどうにかしてよ」
「だ、だって、響華ちゃんも真帆ちゃんもりゅーちゃんのことが大好きだから…」
「流石加奈子ママ、分かってるな〜」
「流石加奈子さん。妻がなんたるかをよく理解しているわ」
分かっていたことだが、加奈子に助けを求めても無駄だったようだ。むしろ状況が悪化している。
「…だからって助けを求める息子を放っておくのはどうなのよ」
「でも…今のりゅーちゃん、すごく楽しそうなんだもの」
加奈子の言葉に流星ははっとさせられた。左を見れば妻を名乗る幼馴染の響華。右を見れば元カノの真帆。愛おしい二人に囲まれ、少し迷惑しながらもこうして過ごしている。
考えてみれば今の状態は流星にとってある意味”幸せな状態”だと言えるだろう。
「…まぁ、悪くは無いけど」
「なんだよりゅーちんやっぱり私の事好きじゃ〜ん♡」
「いいえ、流星くんは私がいるから幸せなの。故に流星くんが好きなのは私よ」
(…なんで張り合おうとするのかなこの人は)
自分でも分かりやすいな、と思いながら朝食を食べ進める流星。二人が流星の好きな所の語り合いで手が止まっているうちに好きな卵焼きを食べ尽くす。
「…ごちそうさま」
「真帆さん、今日は貴方と私。どちらが流星くんのことを分かっているか勝負よ」
「おう!望む所だッ!」
(…相変わらず騒がしい人達だな。ま、悪くないけど)
大好きな二人が共にリビングで仲良く(?)流星の好きな所について討論している。運命で巡り合った妻。集った生徒会。友との再会。戻ってきた太陽。思えば最近は色々なことがあった。
まだ一年も経っていないというのに走馬灯のように記憶が脳内で流れる。流星はコーヒーを片手に微笑んだ。
(楽しそう、か。…間違ってないな)
止まったままだった日常は少しずつ動き始めた。
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