閉幕

「んふふ〜りゅーちん♡」



「…」スリスリ



(…)



 両手に花、ではなく爆弾を抱えた流星。決勝戦終了後からこの状態のままである。助けを求めようにも、すれ違う人には目を逸らされるし、知り合いは当然のように手を貸さない。流星は完全にお手上げだった。



(…やっっっっと着いた…人生で一番長い移動時間だった…)



 やっとのことでやってきた大講堂。すべての種目が終了したため、閉会式を待つ生徒達で溢れていた。互いの健闘を称える声や相手を労う言葉が飛び交う。



「…あれ?あれって…あぁ、生徒会長か」



「あれホントじゃん。…相変わらず美女侍らせてんねぇ〜」



(あー見ないで。お願いだから見ないで。できれば助けて)



 流星は注目を浴びながらも動きづらい身体を必死に動かして生徒会席へと向かう。流星に響華と真帆がひっついているのは最早見慣れた光景となっていた。

 必死に足を動かして流星はようやく生徒会席に着いた。パイプ椅子の一つに手をかけてぜぇぜぇと息継ぎをする。格好つけて不慣れな動きをしたこともあり、体の疲労が限界だ。



「…ハァ、ハァ、二人共、座る時ぐらいは離れてください、ね?」



「む〜しょうがないな〜」



「…物分りがいいのもいい妻としての役目…」



 ようやく離れた二人の間にどかっと腰を下ろす流星。天を仰いだその姿勢から彼の疲れの具合は容易に理解できる。



「…どうした流星。死んだのかついに」



「おやおや、お疲れのようですね我が星よ」



「あ”ぁ…おっつ〜」



 死にかけの流星を横目に他の面々も続々とやってくる。ここは本来ならお互いの健闘を称え合うのが好ましい場面だが、今の流星にそんな余裕は無い。身体的にも、精神的にも追い詰められている。



(これが力の代償…なわけないか)



 心の中で冗談を吐く流星。疲れからなのか笑う気すら起きない。



「…もうへばったのか生徒会長様は」



「…なんだよ。俺が体力無いのお前知ってるだろ」



 挑発的な視線を向けてくる凌。いつになっても相変わらずな凌に流星は言葉を返すのもうんざりとしている様子だ。目線は天井を向いたまま手のひらをひらひらさせて凌を適当にあしらう。



「あぁ知っているとも。馬鹿な奇行に走る能無しということもな」



「ぐっ…痛い所突いてくるじゃん」



「おいブラック!りゅーちんを悪く言うんじゃない!馬鹿な所も可愛いんだよ!!!」



 全くフォローになっていない真帆の言葉が更に流星の心をえぐる。この発言を天然でするあたり彼女も大概だ。また可愛らしい所でもあるだろう。



「…全くフォローになっていないぞ四宮。あとブラックではないと何度言えば分かる」



「何度だって呼んでやるぜブラック!」



「ふぅ…久しぶりの運動は疲れたねぇ…」



 啀み合う二人の間に割り込むように理央が席に座った。疲弊した様子の流星をかばった彼女のフォローだろう。

 彼女の出場した競技はテニス。普段研究続きの彼女にはキツイ運動だっただろう。

 右肩をゆっくりと回してストレッチをしている理央に流星は気を振り絞って問いかける。



「…理央の方はどうだったんだよ」



「私かい?運良く決勝ラウンドに上がれたが…姫野クンにやられてしまってね」



「え?ひめのんテニス強いのか?」



「それはもうとんでもない強さだったよ。侍みたいなドライブ打ってきたし」



「…なんだそれ」



「会場にお集まりの皆様、お待たせいたしました。これより、閉会式を始めます」



 侍みたいなドライブという意味のわからないワードを掘り下げようとした流星だったが、それを遮るように会場にアナウンスが鳴り響く。問いただすのはまた別の機会のようだ。



「まずは皆様お待ちかね、成績発表です!」



 アナウンスの声色が湧き上がるのと同時に会場も沸き上がる。激闘の結果はいかに。



「まずはテニスから。…女子テニス第一位、姫野梨沙ー!!!!」



「うおああああああ!まじかよひめのん!やるやんけぇ!!!」



「声でっか…」



 親友の奮闘に真帆も大興奮の様子。優勝が決まった時より興奮している。他人の事で喜べるというのはある意味才能だろう。



「皆さん落ち着いて。…次は女子バスケ!」



「お、キタキタ!」



 女子バスケのコールと共にテンションを上げていく真帆。それと共に流星の横から負のオーラが流れてくる。



「…」



「…」ポン



「!!」


 

 流星は響華がブリザードを吹き荒らす前に彼女の頭に手を添えた。響華の口元が段々と綻んでいく。



「女子バスケ第一位、2の4ー!!!」



「いぇーい!りゅーちん、褒めて褒めて!」



「もう充分褒めたろ…すごいすごい」



「んふふー♡」



 流星としては適当に褒めたつもりだったが、真帆はまるで褒めちぎられたかのような反応を見せる。彼女にとって流星からの言葉はなんだって嬉しいのだ。流星の目には彼女の頭に見えないはずのケモミミが映った。



「続きまして、男子バスケ!男子バスケ第一位…3の2ー!!!」



 (お、蓮斗先輩の所だ)



 男子バスケ優勝クラスである3の2の列に視線を向けると、蓮斗が胴上げされているのが見えた。状況から察するに、大活躍したのだろう。生徒会長を降りても人望のある彼を見て流星は尊敬の眼差しを向ける。



(やっぱり、なにか持ってる人だな。…俺もあの人みたいになれたらな)



 すべての生徒からの信頼を受け、平穏を保ち続け、惜しまれつつ生徒会長の座を降りた蓮斗は流星の思う理想形だ。流星も持っていることには持っているが、モノが違う。



(どうなるかはこれからの俺次第、か。少なくとも今は…この二人をうまく扱うことに専念しよう)



「続きましてドッチボール!」



「ふっ、お待ちかねのだなぁ生徒会長様?」



 凌の口角が不気味につり上がる。 幾度となく見てきた彼の不敵な笑みが流星に襲いかかる。彼も剣人同様にいい性格をしている。



「ドッジボール第一位…2の1ー!!!」



「悔しながらあっぱれだな」



「…あの作戦なければワンチャンあったけどな」



「無様だな。自分の愚行を憎むといい」



「ん”んっ、『実に楽しかった』と」



「仄花ッ!?」



 素直に言葉に出来ない凌のセリフを翻訳していく仄花。もはやこの二人のやり取りも恒例のものとなっている。



「相変わらず素直じゃないねぇ〜黒木の御曹司様は」



「…うるさい」



「さぁ次でラストです!ラストはサッカー!」



 凌との会話を断ち切るように次の発表へと移る。ニヤニヤした理央の視線を振り払うように凌はそっぽを向いた。



「さぁサッカー第一位は…2の3!!!」



「え!凶真のクラス優勝じゃん!」



「ははは…まぁな」



 クラスの勝利に喜ぶ2の3。チーム一丸となって掴み取った勝利に喜びを隠しきれない。喜ぶクラスメイト達の視線はなぜか凶真に向けられている。



(…?)



 流星は違和感を感じるがその正体は分からない。しかし、その直後に違和感は姿を現した。



「さぁすべての種目の発表が終了致しました!続きまして大会MVPの発表です!!!」



「キタキタキタ!私にMVPくれー!!!」



「私達も優勝している身です。MVPは譲りませんよ!」



「…優勝は逃しても、MVPと流星くんの妻の座は私のもの…!」



 待ちに待ったMVPの発表に響華達も心を踊らせる。客席でも既にMVP予想が始まっていた。どの種目でもエース級の活躍を見せる選手が多かったため、今回のMVP予想はかなり難しい。様々な予想が飛び交う。



「やっぱレオン先輩じゃね?優勝したし」



「優勝したのなら四宮先輩も一緒でしょ?決勝点決めてたし、四宮先輩じゃない?」



 様々な憶測の飛び交う会場。どれも正解のように思えるが、果たして結果はいかに。



「それでは発表します。今年のMVPに輝いたのは、大会得点王、全試合ハットトリック達成、華麗な足技で空中線を制し、下剋上を繰り返してチームを優勝に導いたこの方_____」













「神宮寺凶真ー!!!!」










「「「「「「「…え?」」」」」」」



「…え?俺?」



 大歓声に包まれる大講堂。多大なる拍手が凶真に送られる。凶真は照れくさそうに立ち上がる。本人からも自分でいいのかと遠慮している様子が見て取れる。



「…お前やばいやん」



「はは…そんなに目立ったつもりは無かったんだけどな」



「全試合ハットトリックで目立つつもり無いはお前嘘だろ」



「それではMVPを獲得した神宮寺さんに一言いただきましょう!神宮寺さん、今のご心境は?」



「あ、えと、自分はサッカー未経験者だったんですけど…クラスの皆との練習の成果もあってこのような結果を収めることが出来ました。本当にクラスのみんなに感謝です」



「なるほど、凶真さんはサッカー未経k…未経験!?」



「え、はい」



 凶真がサッカー未経験という事実に生徒達の大半が驚きの反応を見せる。当の本人はケロッとしている。生徒会の面々は既に知っているため呆れたような反応を見せる。

 この驚きの渦中から数人が凶真の元へと飛び出してくる。



「ちょちょっと君!っぜひこのままサッカー部に…!」



「いやいや、その身体能力なら野球部でも輝けるはずだ!ぜひともうちに…」



「い、君は書道部に来るべきだ!」



「え?え?あの、えっと、」



「はぁ…これだからヤンキーくんは」




 無自覚系元ヤンキーの凶真への勧誘は数ヶ月続いた。

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