乙女の争い
球技大会も大詰め。どの競技も予選ラウンドは終了し、決勝ラウンドが行われていた。決勝戦に駒を進めて奮闘する者。惜しくも敗退し、声援を送るのに徹する者。迎える決勝戦への挑み方は人それぞれである。
流星は後者であった。準決勝にて意味不明な策に出た流星は案の定敗退となってしまったわけだが、バスケに出場している女子が決勝戦に進んだということで応援に駆けつけていた。流星としては早くクーラーの効いた教室に戻りたい限りである。
既にウォームアップが始まっており、それに合わせて多くの生徒が決勝戦を見ようとコートの周りに集まっている。長いドラマに終わりを告げるこの決勝戦。観客が多く集まるのは当然だ。
2の2女子の対戦相手は2の4。真帆と仄花を用するクラスだ。戦力は五分五分、と言った所だろう。
ウォームアップをする真帆の様子を見つめる流星の横から剣人が声をかける。
「…お前、どっち応援すんの?」
「ん〜…どっちもかな」
「優柔不断野郎め。男ならどっちかにしろ」
「女を弄ぶお前に言われたくない」
「弄ぶとは人聞きが悪い事言ってくれるじゃん。俺は別に弄んでないから。あっちが勝手に寄ってくるだけだし。てか俺の本命は優樹菜さんただ一人だし」
それであの対応は余計タチが悪い、と言いたい流星だったが、これ以上は面倒なので心の隅にしまっておくことにした。
「真帆さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん♡」
「うわきも」
将司がコートでシュート練習をしている真帆に耳を劈くほどの声で叫ぶ。あまりのキモさに思わず流星の口からは心の無い言葉が溢れる。
「…ん?あ!りゅーちん!ん〜んっ♡」
将司の声で気づいたのか、真帆の視線は流星に向けられる。愛しの人を見つけた真帆は精一杯の投げキッスを飛ばした。
真帆の愛は将司ではなく流星へと飛んでいく。その様子を将司が見過ごすはずもなく。
「りゅーせぇぇぇてめぇぇぇぇぇえぇえぇぇぇぇ!!!!!」
「いやとばっちりだろ!」
襲いかかってくる巨体をひょいっと避ける流星。瞬時に脇から賢治が出てきて暴れる将司を抑え込む。
(…まぁ少し悪いとは思うけど流石にね…なんかさむ…)
将司に対して若干の申し訳無さを感じている流星を妙な寒気が襲う。幾度となく感じたその寒気に振り向くと、そこにはコートから異常なまでの鋭い視線を送る響華の姿があった。将司に加えてとばっちりである。
「ヒュッ」
「お嬢お怒りだぞ〜?ダイジョブか〜?」
「…後で頭削れるぐらい謝る」
剣人にからかわれながら血相を悪くする流星。響華の猛烈な流星への執着心は彼への愛の大きさの現れであるが、流石にやりすぎである。
「選手の皆様にお知らせ致します。只今より、第三コートにて女子バスケ決勝を開催します。選手の皆様は練習を中断して整列してください」
会場にアナウンスが鳴り響く。双方の選手が練習をやめて整列を始めた。
「…おい将司、始まるぞ。見逃してもいいのか?」
「いいわけねぇだろ!退けろ!」
将司はぐいぐいと流星の間に割り込んだ。その視線は真帆に注がれている。
「はぁ、はぁ、えっろ…」
「マジでぶっ飛ばすぞお前」
流星は将司の顔面に向かおうとする左手を必死に抑えた。
「会場にお越しの皆様、お待たせいたしました!只今より、女子バスケ決勝戦を開始致します!!!」
審判のコールに観客が湧き上がる。ついに始まる決勝戦。今年はどちらも二学年。下剋上を繰り広げた双方の組に会場の注目は注がれた。
バスケのスタートはジャンプボールから始まる。2組からは響華。4組からは真帆が前に出てくる。
「へっへ〜ん。響華、悪いけど今の私は絶好調だぜ?なんせ、りゅーちんがいるからな!」
「それはこちらも同じことよ。勝利を譲るつもりはないわ」
流星を争う二人はバチバチだ。むしろ勝利よりもそちらの方を重視している。
絶対的な関係の確立を狙う妻対勢いそのままに恋路でも下剋上を目指す愛人枠の十分間の熱き戦いの始まりである。
笛の音と共にボールが宙を舞う。真帆と響華はほぼ同時に飛び上がった。
二人で同時に押しあったボールは紙一重の差で2の4の陣地へと転がる。ジャンプボールを勝ち取ったのは響華だ。
「やっべ!」
「よしっ…」
溢れたボールを即座に回収し、切り込んでいく2の2。2の2のチームとしての特徴としてパスワークの良さがある。このパスワークと匠な攻撃で数々の相手を崩してきた。
対する2の4の特徴は堅牢な守備。簡単に前に進ませないその守りは数々の攻撃を阻んできた。2の2のパスワークとは言え攻め込むのは一筋縄では行かないだろう。
この矛楯対決の行く末に観客は心を踊らせる。
「パスパス!」
「…させません」
突如として現れたその影は響華へのパスを阻んだ。先程まで視界に無かった人物の登場に響華は驚く。
「仄花さん!?」
「メイドというものは暗殺者も兼ねている…流星様の言葉ですよ」
自らの気配を消すことができる仄花はステルスでボールを奪うのが役目。偶然にも夫の言葉が響華に牙を剥いた。
パスカットに成功した2の4はカウンターに移る。手薄になった敵地に仄花を先頭に切り込んでいく。小柄な上に素早く、小回りの効く彼女を止めるのは難しい。
「仄花はっや」
「あのメイドちゃん、確か凌のとこのだよな?とんでもねぇな」
「このまま…!」
仄花は潜り込んでレイアップシュートを狙う。だが、そう簡単にシュートを入れさせまいと守備が立ちはだかる。身長が唯一の弱点である彼女にとって上を防がれるのは辛い。
だが、それは彼女が『シュートを打つなら』の話。
「真帆様!」
「おっけー!!!」
中に相手選手を引き付けた仄花は外で待っていた真帆にロングパスを出す。時に息を殺し、時に目立ち他の者を欺く。それが仄花の『ステルス』である。
「おりゃッ!」
ペナルティエリア外からの真帆が放ったボールは放物線を描く。止まった数秒の中、会場の視線はすべてボールへと注がれた。
真帆の手から放たれたボールは吸い込まれるような軌道を見せた後にゴールネットを揺らした。
長距離のスリーポイントシュートに会場が湧き上がる。
「なんとぉぉぉおおおおおお!!!この距離からスリーポイント!これが4組のポイントゲッター四宮真帆だ!!!」
「うおおおおおおおおやべええええええええ!!!」
「うっさ…テンション上がりすぎだろ」
真帆のスーパープレイに将司はテンション爆上がりの様子だ。鼻息を荒らげて食い入るように見ている。
シュートが入ったのと同時に試合は2の2のボールで再開。すぐさま巧みなパスで相手陣地へと攻め込んでいく。
「響華!」
「ナイスパス…反撃開始よ!」
今度は仲間からボールを受け取った響華が相手陣地に一人で攻め込んでいく。フロントチェンジやロールなどを駆使して一人ずつ丁寧に捌いていく。ハンドリングとフットワークを兼ね備えた響華を一対一で捌くのは難しい。
「2組の綾部響華、4組のディフェンダーを置き去りだっ!!!」
(やっば何アレ…置き去りにしてるんですけど。強すぎだろ…男子と競っても勝てるだろ)
響華のフィジカルの強さに流星は呆気にとられる。女子のそれではない。それと共に彼女が帰宅部であるという事実がもったいないと感じた。
「これで終わり___!」
瞬く間にゴール下へと入った響華はレイアップシュートを放つ。ボールはゴールネットを揺らし、すぐさま点を返した。真帆のシュートから実に十数秒あまりである。
「ゴール!!!!!瞬く間に点を返した2組!決めたのは学園屈指の美女、綾部響華だああああああ!!!!」
「ほぉ〜ん?やるじゃん?」
「負ける気は無いの。…私は流星くんの妻なんだから」
響華と真帆の気迫がぶつかり合う。妻(自称)の威厳を見せつけんとする響華。彼女と同じ土俵に這い上がってきた真帆。恋する乙女の勝負は男よりも美しく、そして激しい。
「…なんかバチってね?」
「いつもどおりでしょ」
希望的楽観視をしている流星の願いとは真反対に勝負は激化していった。
「ゴール!!!!2組またもやゴールです!しかし、点差は僅か1!!!」
二年生対決となった決勝戦。勝負は佳境へと差し掛かっていた。
あの後も真帆と響華の点取合戦は続き、スコアは25対24で二組がリード。しかし、点差は1点。バスケに置いて1点はすぐにひっくり返されるスコアだ。
ボールは点を決められた4組に渡る。残りは数十秒。手に汗握る展開、というやつだ。
「真帆!」
「サンキュー!…って言っても」
残りの1点を死守しようと2組は既に守りの体制に入っている。パスコースは塞がれ、出そうにもカットされてしまう。この時間にボールをロストしてしまえば勝利への道筋は途絶えてしまうだろう。真帆の立っている位置はハーフラインよりちょっと後ろ。ゴールまではまだ遠い。
止まった真帆に響華がボールを奪おうと襲いかかる。彼女に残された時間はあと僅か。
「もう観念することね。流星くんの隣は私と決まっているの」
「…そうとも限らないよ響華。響華がりゅーちんの事好きなのは分かってるけど、私だって好きなの。響華だって知ってるでしょ?それに私、諦め悪いんだよね」
二人の間合いがじりじりと縮まっていく。残りは18秒。
「悪いね響華。私、狙ったものを射止めるのは割と得意なんだ」
少し腰をかがめてシュートの体制をとる真帆。響華の脳裏に嫌な予感が走る。
「貴方まさか…!」
「そのまさかだよ…ッ!!!」
真帆の手からゴールに向かってボールが放たれた。会場の全員が息を飲む。まるで時が止まったかのような静寂が会場を包む。
放たれたボールは弧を描く。
まさかという期待。圧倒的自信。入ってくれという希望。様々な思いを乗せて、放ったボールはゴールネットを揺らした。
僅かな静寂の後に歓声が押し寄せてくる。
「ご、ゴール!!!!!まさかのスーパーゴール!決めたのは四宮真帆!なんと逆転!!!!優勝は2の4だ!!!!!」
「うおああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「すっげ…あの位置から入るのかよ…」
「…まじかよ」
流石に決まったかと思っていた流星もこれには唖然とする。信じられないという感情と共にやりやがったという称賛の感情が押し寄せてくる。
「やったー!真帆ー!!!」
チームメイトの面々が歓喜を共にしようと真帆に駆け寄る。
しかし、真帆が駆け寄ったのはクラスメイトではなかった。
「うわーい!!!りゅーちん!!!!」
「うぉわああああああああああああ!?」
真帆は歓喜のあまり観戦していた流星に飛びつく。飛びつかれた流星は将司に血眼を向けられながらも真帆を受け止めた。
「おい!抱き合う相手が違うだろ!!!」
「りゅーちん私のかっこいい所見てくれた?」
「話を聞け!大型犬かお前は!!!」
流星の話に全く聞く耳を持たない真帆。褒められ待ちで頭をこすりつけている。まさに大型犬のようだ。
「…」
「あ”っ…きょ、響華さん…」
真帆を引き離そうとしていると、響華が無言の圧を放ちながら歩いてくる。眉間のシワを見るにかなり不機嫌そうだ。
「…」
「あ、あの?」
「…ん」
「えっ!?ちょ、響華???」
どんな言葉の槍が飛んでくるのかと待ち構えていると、響華が抱きついてくる。真帆に負けじと頭をこすりつけてくる。
二人の美女にこう身体を擦り付けられては、色々と危ない。
「二人共、離れて…助けて剣人…剣人!?」
打つ手なしの流星は剣人に助けを求めるが、既にその姿は無い。あの性悪男のことだ。こうなることを見越して置き去りにしたのだろう。
周りからの『あぁ、いつものか』という視線が突き刺さって痛い。
「頼むから二人共ちょっとはなれてくれないですか!?」
「んふふ〜無理〜♡」
「…絶対離さない」
(…どうしてこうなんだ俺の運命は!!!)
流星は会場のど真ん中で自分の運命を嘆いた。
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