鍛え抜かれた足
ついに幕を開けた球技大会。3組である凶真はグラウンドにて既にストレッチを始めていた。
3組男子が出場する競技はサッカー。しかも開幕試合らしい。相手は優勝候補の3年2組だ。自然と準備運動の段階で空気もひりついてくる。
凶真は元ヤンということもあり、足技には長けている。なのでサッカーに選出された訳だが、本人はあまりサッカーは得意ではないようだ。そもそも経験が無い。
(…サッカーなんてあんまりやったことないんだが。練習してたとは言え相手が優勝候補じゃな…いや、弱気になるな俺。一人の弱気は周りを弱気にさせる。初心者だからこそ俺が気張っていくんだ…!)
「おい凶真アレ見ろ。あっちのエースの鶴吉先輩だ」
クラスメイトの一人が指さした方の先には相手チームのエースである
鶴吉だけではない。3の2はサッカー部上がりがあと3人を有している。優勝候補に挙げられる所以はこれだろう。
そんな中で対戦カードを引いてしまった2の3は『不運』で片付けるしか無い。
(あれが、…なんか準備運動の段階から強そうに見えるんだが。アレが強者の風格か。…アイツと戦った時以来だなこの感じ。やべ、身震いしてきた)
果たして恐怖への震えか強者との対峙に対する震えか。凶真は身を震わせた。彼の中に眠る闘争本能が彼の背中を後押ししていた。
午前9時30分。試合はついにキックオフを迎えようとしていた。グラウンドと校舎を隔てるネットの外には優勝候補の初戦をこの目で見ようと学年問わずに生徒たちが集まっていた。
試合前の高揚感。そこに入り交じる僅かな緊張。鼻を掠める芝の香り。独特の雰囲気に凶真は心を踊らせていた。
試合前に円陣を組もうとキャプテンが招集をかけた。
「さぁ、いよいよだな。…正直言って、誰も俺達が勝つとは思ってないだろう。なんせ、相手は優勝候補だからな。でも、必ず隙はあるはずだ。せめて一回だけでも一泡吹かせてやろうぜ!」
キャプテンの言葉にチームの全員が息を合わせて頷く。凶真もまた彼の言葉に賛同した。
「よっしゃ行くぞ…さァ行こう!!!」
『おー!!!』
「オラッ!!!」
「させるか…ッ!」
キックオフしてから数分、試合は一進一退の攻防が続いていた。3の2の圧倒的な攻撃を前に2の2は必死に食らいついていく。攻められながらも、隙があれば反撃に転じるが、どちらも点は入らず0対0のまま。
「セットプレー来るぞ!」
コーナーから蹴り上げられたボールは相手フォワードの頭をかすめ、はじき出された。
こぼれたボールは運良く凶真の元へと転がる。
「凶真!カウンター!!!」
(よしッ、攻めるなら守備が手薄な今だ)
凶真は守備が手薄になった相手陣地へ切り込んでいく。ボールを持ってもなおそのスピードは健在で後ろから追いかけてくる相手選手を置き去りにしていく。
「早すぎだろッ…!ディフェンス!」
相手のディフェンダーが凶真の目の前に立ちはだかる。後ろとの距離は開いているが、目の前のディフェンダーの他にも二人のディフェンダーが見える。このままでは時間稼ぎをされてカウンターを食らうのは間違いない。
仲間の到着もまだ数秒はかかるだろう。凶真は強行策に出た。
(確かこんな感じだったよな…決まってくれよ)
以前にテレビで見たサッカー選手のシザースを脳裏に浮かべて再現する。相手の選手の隙を見て、一人目を振り切る。
直後、二人目の選手が襲いかかってくるが、今度はエラシコで相手を翻弄して瞬時に抜け出す。
「やばっ、止めろ!!!」
「言われなくとも…!」
最後に襲いかかってきた3人目。後の二人も既にすぐそこまで迫ってきている。
チームメイトも追いついてきているが、相手選手のマークがキツい。この状況で少しでもためらえばボールのロストは免れないだろう。
(…この距離なら、行けるッ!!!)
ゴールまでの距離はあと十数メートルと言った所。凶真は覚悟を決めた。
3人目の相手ディフェンダーをギリギリまで引き付け、いつしか見た漫画で学んだヒールリフトでボールを空中へ上げる。突如として視界からボールが消えた相手ディフェンダーは凶真にあっさりと置き去りにされた。
ヒールリフトで上げたボールは未だに空中。追いつけるのは凶真ただ一人。
「決めろ凶真!!!」
チームメイトからの声が凶真の背中を後押しする。
極度の集中状態に陥った凶真の身体は反転して宙を舞った。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
宙で回転するのと同時に凶真はその足を振り抜いた。極められた足技の威力を受けたボールは相手ゴールの対角側へ一直線。キーパーはその手を伸ばすも、後数センチ足りない。
放った渾身のシュートは着地と同時に相手のゴールネットを揺らした。
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