変な夢
「…」
流星はいつものベッドで目を覚ました。変わらぬ布団にくるまれて、いつもの天井を見上げた。いつもなら添い寝している響華も今日はいないようだ。
「…はぁ」
流星は目覚めて早々にため息を吐いた。思い出すのは昨日の真帆の事。彼女の本性は見ることが出来たものの、結局は根本的な解決には至らなかった。
まさか真帆があんなにこじらせているとは知らず、流星としてもこれからどうしていいのか分からない。
状況はとても良くなったとは言えない。彼女とどう接して、どう選択すれば良いのか。流星には未だ分からないことが多すぎた。
そして彼の頭に浮かぶのは彼女との別れの瞬間。自らで決めた別れ。あの選択は彼女のことを思ってのことだった。
だが、今となってはそれが正解なのかも分からない。むしろ不正解だったような気もして、流星は頭を悩ますばかりだった。
「…あ”ー…」
「どうしたんそんな声上げて」
「…あ?」
どこかで聞いたような声に流星は視線を天井から部屋の隅へと移す。
そこには椅子に座ってくるくるしている流星の大親友、水無月瑞希の姿があった。
合鍵を渡した覚えは無いが、窓が開いているのを見るに窓から侵入してきたらしい。常習犯のそれだ。
「…勝手に入ってくんなよ。親しき仲にもなんとやらだろ」
「礼儀ありやね。まぁええやん。僕と流星の仲でしょ?」
本棚の漫画の一冊を手に取り、ペラペラとめくる瑞希。何を言ってもゆらゆらと揺れている様子はいつになっても変わらない。
「で、何を悩んでるの?」
「…真帆の事でちょっとね」
「あら〜真帆ちゃんのことと来たか。流星は真帆ちゃん大好きやねぇ」
否定したい気持ちはあったが、そうじゃないとはとても言えなかった。心配をしてる時点で否定しても説得力は皆無だ。
瑞希は悪意0%の無垢な笑顔で流星に語りかける。どこかの剣道部と違ってそこに悪意が一切無いのが困った所でもある。
「真帆ちゃんがどうしたの?喧嘩でもした?」
「いや、なんか最近元気なさそうでさ。…あれだけ側にいたのに気付けなかったし、未だに原因が何か分からないし…」
流星は負い目を感じていた。数年間彼女に寄り添い続け、現在に至るまで近くにいたというのに流星には彼女の悩みに気づくことすら出来なかった。
流星は自分の気遣いの甘さを感じるのと共に、彼女への申し訳無さを感じていた。
思い詰めた様子の流星に瑞希は語りかける。
「まぁ女の子なんて気難しい生き物やからねぇ〜僕達男が考えもしないようなことで悩んでることだってあるから、僕達が考えてもどうしようもない所もあるんよ」
「…俺の選択は間違ってたのかな」
天井を見上げてぽつりと呟いたその一言は確実に”弱音”に分類される言葉だった。瑞希はなにかを思う様子で話す。
「…選択ってのはどの方向に向かうかを決めるのであってそこに正解不正解は無いからね。多少の損得はあるだろうけど」
「…」
「でも、僕が女の子だったら流星の側にいたいなぁ」
流星は失念していた。真帆が自分に向ける思いの大きさを。彼女の事を思うばかりに自分の気持だけを押し付けるとは何たる失策か。流星は自分のエゴを押し付けてしまっていたのだ。
彼女にとって何が幸せで、何が辛い事なのか。分かりきっていた事だと言うのに流星はそれを忘れてしまっていたのだ。流星は瑞希の言葉にはっとさせられた。
「…なにか分かった?」
「あぁ。…少しだけ、分かった気がする。ありがと」
「僕はなんにもしてないけどねぇ。流星が良い方向に向かってくれるなら僕にできることなら何でもするよ」
そう言って微笑んだ瑞希の笑顔は暖かく包み込んでくれるような、流星がいつだって大好きだった彼の表情だった。最後に見たのはいつだったか。
(…ん?)
謎の違和感を感じた流星は漫画をぺらぺらとめくる瑞希の顔を見つめる。見れば見るほどに流星の違和感は急激に増していく。
「…ちょっと待て。なんでお前がここにいる」
「…んぇ?」
「だから、なんで…瑞…希…」
次に彼の名前を呼んだ時には流星をとてつもない眠気が襲っていた。彼に聞きたいことなど山程あるはずなのに、なぜ今まで気づかなかったのか。流星はベッドに伏す。
「…思ったより気づくのが早いねぇ。もう少し話したかったけど、それはまた今度。うまくやるんだよ」
沈みゆく意識の中で流星が最後に目にしたのは自分の頭を撫でる亡き大親友の無垢な笑顔だった。
「…んぅ…あ」
流星はいつものベッドで目を覚ました。変わらぬ布団にくるまれて、いつもの天井を見上げた。自分の椅子を見ても、彼の姿は無い。いつもの光景だ。
(…変な夢を見たな)
眠い目を擦りながら流星は起き上がる。いつもは既に来ているはずの響華も今日は不在らしい。既視感のありすぎる展開だ。
「…」
「すぅ…すぅ…すぅ…」
ふと隣を見ると、真帆が寝息を立てながら寝ている。昨日の記憶を掘り出してみるに、駄々をこねられて一緒に寝たらしい。幸い今朝は響華がいない。居たらどうなっていたことか。想像するだけで背筋が凍りつく。
隣で寝ている真帆は何故か流星のシャツを着ている。昨日の記憶を辿っても貸した記憶は無い。いつ着たのやら。
昨日まで全く分からなかった彼女の胸の内。今なら少しだけ理解できる気がした。
「…ありがとな。俺なんかのために」
流星は眠る彼女を優しく両手で包み込んだ。
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