星はいつだって

「あれ、りゅーちん」



「よ。一緒に帰ろうぜ」



 夕暮れ時の放課後。真帆を出待ちしていた流星は下駄箱でいつもの金色の髪色の彼女を捕まえた。

 流星が見る限り、最近の真帆はどこか陰りが見える。明るく取り繕うのが女優並に上手な彼女の仮面は普通の人間なら見破ることは出来ないが、数年の付き合いを経た流星は真帆の一挙手一投足からそれを感じ取る事ができる。

 彼女の胸の内を知りたい流星はあえての出待ちを選択した。探るなら一対一のほうが都合が良い。



「響華はどしたのー?生徒会室にいなかったっけ?」



「なんか風紀委員会に連れて行かれたらしい。だから今日は一人だ」



「えぇ…ダイジョブなのそれ…」



「俺も心配したけどなんか大丈夫らしい。…ま、とりあえず行こうぜ」



 響華の計らいだとも知らない流星は真帆と共に帰路についた。







「今日の練習大変でさぁ…なんかふとりゅーちんの顔が頭に浮かんで来ちゃってすんごいムラムラしちゃって…」



「どういう状況だよ…あとそれ本人の前で言うな」



 何気ない(?)やり取りを交えながら流星は真帆の様子を伺う。側面だけで言えばいつもどおりの彼女だ。だが、その中でも僅かな違いは存在する。

 真帆が絡めた手をにぎにぎと動かす。これは真帆が寂しい時によくする癖だ。彼女は表情を取り繕うのは得意だが、癖を抑え込むことは出来ない。無意識に出ていると言ったほうが正しいだろう。

 


(寂しい、か…)



「なんか、こうやって歩いてると中学時代を思い出すね。こうやって何度も二人で帰ったなぁ…」



 目を伏せてそう言った彼女の表情からは哀愁と悲しみが感じられた。悲壮感漂う彼女の横顔を見て流星は確信する。彼女は自分が知り得ない何かを抱えている。

 考えるよりも先に流星の口は動いていた。



「…なぁ、お前最近どうしたんだよ」



「…何が?」



「誤魔化せるとでも思ってんのか。互いに知り尽くした仲だろ」



「…」



 流星の言葉を受けた真帆は立ち止まる。相変わらず表情は繕ったままだが、何か異様な雰囲気を感じさせる。流星は彼女の顔をただ一点に見つめていた。

 二人しかいない路地。生温かい風が二人の間を吹き抜けた。

 真帆はゆっくりと語りだした。



「ねぇ流星くん。星っていうのはね。届かないから美しいの」



「…何の話だ」



「どれだけ届かなくても、どれだけ離れていても、人はそれを見つめて思いを馳せる。届いたらそれは星じゃないの」



 星の美しさ。それは果てしなく遠い所から煌々と光り続け、多くの脚光を浴びること。そう語る真帆の瞳には光が無い。流星は知らない彼女の様子にひどく困惑した。



(ッ!?…なんだ?なにかいつもとは決定的に違うのに…それが分からない)



「流星くんは私にとっての星なの。美しく輝く私の一番星」



 不気味なまでに精巧に造られたその笑顔は流星を精神的に揺さぶる。今まで見てきたそれがまるで凶器のように流星の精神へと突きつけられる。その笑顔は喉元に突きつけられたナイフと同等の威圧感を放っていた。

 息を飲むことすらままならないこの状況の中、真帆は淡々と話す。 



「流星くんが星だったら、私は何なんだろうね」



 その言葉は間違いなく彼女の本音だった。先に見た哀愁と悲しさに満ちていて、悲壮感に今にも負けてしまいそうな、か弱い本質が垣間見えていた。口からこぼれたその一言は確実に流星の胸を射抜いた。

 緩んだその心の隙を逃さずに流星は真帆に語りかける。



「…お前は俺の太陽だろ。俺の側でいつも輝いてたお前はどこに行った」



「私はいつも変わらないよ。ただ届かない存在に手を伸ばし続けてる愚かな人間」



「…俺は星なんて大層なものじゃない。お前と同じただの人間だ」



「…そうなんだ。じゃあ、私に今ここで襲われたら私のものになってくれるの?」



 流星と真帆の間に沈黙が走る。互いに知り尽くした仲だからこそ高度な駆け引きは必然的に引き起こる。流星の一言一言に運命は委ねられた。

 いつだって彼女を思う流星の答えは既に決まっていた。



「…それがお前の選択なら、俺は否定しない」



 流星の言葉を受けた真帆は少し目を見開いた後に呟いた。



「…ふふっ。流星くんは優しいんだね。ずるすぎるよ」



 その言葉には彼女の葛藤と、それに対する答え。そして変わらぬ流星への思いが籠もっていた。ひりつくような威圧感がすっと消えていく。



「…それはそうと、少し脅かしすぎたかな?」



「…お前マジでやめろよそれ。心臓に悪いわ。危うく俺の人生がここで終わる所だった」



「あははっ、ごめんごめん。つい、ね」



 そう笑った彼女の笑顔は紛れもなく純粋なものだった。最後に見たのはいつだったか。流星はその笑顔に安心感を覚えた。



「さ、帰ろ。なんだか今ので更に疲れちゃった。お姫様抱っこして〜?」



「無理難題を言うんじゃない」



「そう冷たい事言わないで…そ〜れっ!」



「うわっ、ちょちょっ!?」



 真帆は流星の胸に飛び込んだ。バランスを崩しながらも流星は真帆を受け止める。魅惑的な二つの果実がぐいぐいと流星に押し付けられるが、流星は理性で欲を押し殺す。



「ほらほら、やってくれないとこのままだよ〜?」



「分かった、分かったから一旦離れろ!…家までな」



「ん〜?それは誘ってる?」



「誘ってねぇから!…まぁ今日は響華さん来ないけど」



「じゃこのままりゅーちんの家に直行だね!私、加奈子ママの手料理食べたーい」



 光を取り戻した真帆と流星はいつもの二人に戻っていた。

 この後、加奈子に真帆との関係を詰められるのは言うまでもない。

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