悩み事

「うい〜」



「真帆ナイスー!」



「…」



 放課後に設けられた練習時間。流星は隣のコートで脈動する真帆を見つめていた。

 今日はなにをするにしても上の空だった。気にかかるのは最近の真帆の様子。いつも太陽のように明るく、流星を照らす彼女に、最近は影が見える。

 普通の人から見ればいつもと変わらないように見えるが、流星には分かる。ああ見えて元から周りに気を使うタイプの彼女は自分の本性をひけらかすようなことはしない。だが最近はその取り繕った表情も少しずつ剥がれてきている。それを見るたびに流星はなにか悪い兆しを感じるばかりだ。

 その原因は何かは流星には分からない。些細な悩みかもしれないし、想像もつかないような大きな悩みの場合だってある。それは彼女の幸せを願う流星にとって懸念すべきことだった。

 彼女との関係に非常な決断を下したのは流星自身だ。だが、それも彼女のため。できるだけ彼女の歩む道は舗装してあげたいというのが彼の本心。そこには拭いきれない彼女への感情も含まれている。



(…どうしたんだろう)



「おい、流星!前前!」



「…へ?」



 切羽詰まったクラスメイトの声に流星は振り向く。手を滑らせたクラスメイトの投げたボールが流星の方向へと一直線。

 時既に遅し。振り向いた時にボールは目と鼻の先。流星はその運命を受け入れる他なかった。



「りゅーせー!!!!!」



「ふがぁ”っ…」



 不幸中の不幸と言うべきだろうか。最大威力で放たれたそのボールは流星を顔面から押し倒した。

 痛みとともに走ったツンとした感覚に流星は鼻を手で抑える。まさかと思い、抑えた手を確認すると案の定その手は血で濡れていた。



「大丈夫かりゅうs…ってお前鼻血出てるじゃん!」



「あぁ、大丈夫だけど…コレはちょっとひどいな」



「お前保健室行くか?」



「…やめておく」



 流星の脳裏に浮かぶのは一人の教師の顔。この前会ったばかりなのにまた会いたくない。



「いや、念の為行っておいたほうがいいだろう。行け」



「はぁ〜い流星、俺と一緒にまた保健室に行こうね〜^^」



「なっ、おい、一翔、やめろ!」



 血濡れた手での抵抗虚しく、流星は一翔の一声で剣人に連行された。






「はい。手当はこれで終わりです。私に会いたからといってわざと怪我をするのも考えものですよ?」



「…そんな理由で怪我するわけ無いでしょう」



 流星は保険室にて玲奈からの手当を受けていた。相変わらず頭のネジが数本飛んでしまっている玲奈に対しての流星のため息は尽きない。この女には怖いものが無いのか。

 相変わらずスタイルの良い玲奈の体は流星を簡単に狂わせる。胸部から下腹部にかけてのくびれがかなり刺激が強い。流星は見てはいけない気がして目をそらした。

 玲奈はなにか言いたげな流星の表情を見てなにかを察する。



「ベッドなら空いてますよ。私のこの後の予定も」



「誰があなた何かと…やったら問題でしょ」



「きっぱり言い切らない辺り、やる気はあるんですね」



 無表情で流星に詰め寄る玲奈。こういう人のことを無敵の人というのだろう。下手な脅しは効かないようだ。

 しかし流星が持っているのは生徒会長権限。この学園の最高権力に匹敵する力だ。



「…生徒会長の権限で懲戒処分にしますよ」



「むう。つれない人ですね。…とは言え、その表情はなにか悩みがあるのでは?生徒の悩みを解決するのは教師の役目ですよ」



 玲奈は流星の表情から悩みがあると読み取ったようで、その細い指を流星の手に伝わせて語りかけてくる。表情が乏しい割に他人の表情には敏感なようだ。

 目の前にいる人間は確実に自分よりも人生経験の多い。彼女は流星に好意を寄せているため、外部に秘密を漏らすとも考えにくい。そう判断した流星は悩みを打ち明けた。



「…少し、元カノの事が心配で」



「元カノ、と来ましたか…なぜ元カノのことを?」



「別に仲は悪いわけじゃないので…最近なんだか元気がなさそうで」



「…思い当たる節は?」



「…無いっす」



 ふむふむと呟きながら何かを思考している様子の玲奈。相変わらず表情が固いのでどんな事を考えているのか見て取ることは出来ない。

 


「元カノの性格は?」



「…明るくて、いつも俺の事を気にかけてくれてて、誰よりも俺を理解してる太陽みたいな人、ですかね」



 流星は真帆の姿を思い浮かべて語る。玲奈はその様子を見て、珍しく頬を引きつらせた。



「…未練タラタラじゃないですか…」



「…言われなくても、です」



 言葉の節々から伝わってくる面倒くさい感が玲奈の表情を引きつらせる。アンタには言われたくないと言わんばかりに流星は睨みをきかせるが、比べた所でどんぐりの背比べだ。

 玲奈はこほんと咳払いをして、流星に言い聞かせるようにして話す。



「いいですか?『女性の大丈夫は大丈夫じゃない』という言葉があるように女性というのは気難しい生き物です。同性である私ですら相手の気持ちは図りきれないほどです。ですので、色々立派な男性である流星くんに理解することは到底難しい事なのです」



「うん、色々の部分が気になりますけどそうなんですね…」



「はい。ですので、一番良いのはできるだけ本人に寄り添ってあげることですね。元とは言えカップルだったのなら、相手も心を開いてくれるでしょう。それか今から全て捨てて私に乗り換えするのが吉です」



「…絶対に乗り換えはしないですけど参考にはなりました。ありがとうございます」



 人生の先輩である玲奈の助言はたしかに流星の力になった。助言の中に入り混じった誘惑は言葉を持ってバッサリと切り捨てる。簡単な誘惑に負けるほど流星も飢えていない。



「むぅ…なら、体の関係に…」



「玲奈」



「ひゃん♡」



「…また近々来ます。そんな気がするので」



 流星は玲奈が悶ているうちにそそくさと保健室を去った。この後、玲奈は小一時間悶続けるのは言うまでもない。







 保健室から返った流星は帰宅の準備を終えた。流星は響華を探しに生徒会室へと向かう。



「響華さ…あれ?いない…」



 生徒会室に来たのはいいものの、響華の姿が見当たらない。いるのは雑務に勤しんでいる理央のみだ。



「理央、響華さんは…」



「女王なら、なんだか風紀委員会に連れて行かれたよ」



「…それ大丈夫なの?」



「知り合いのようだったし、大丈夫じゃないかい?my star に言っておいてくれとは言われたよ」



(…それならいいか)



 そう話す理央の笑みにはなにか含みがあるように思えた。

 流星は少し違和感を感じたが、何にも触れずに生徒会室を去った。

 流星が去った後の生徒会室。理央は茶葉の揺れるカップの水面を見つめる。



「くっくっく…これでいいのかい?」



「…えぇ」



 生徒会室に設置されたデスクの裏から響華が這い出てくる。隠れるには狭いため、かがんでいたのだろう。腰を擦りながら理央の方へと振り返る。



「女王も変わった事を考えるものだねぇ…寝取られが好きなのかい?」



「そんな訳ないでしょう。…今、流星くんに必要なのは二人の時間のはずよ」



「…そのままくっついてしまったら、どうするつもりだい?」



「そんなことはありえないわ。流星くんは裏切らない」



 きっぱりと言い放つ響華。流星が裏切らないということはともに過ごした年月が証明している。

 窓から高く見上げた空の色。澄んだ空の夕焼けはどこまでも果てしなく見えた。

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