球技大会編

保健室の魔女

「おりゃああああッ!!」



「どらぁぁぁああああッ!!」



(…気合入ってんな〜)



 やる気も失せるような日差しが照らす平日。屋内はうざったいほどの地獄へとなっていた。流星の目の前で左から右へとボールが飛び交う。

 流星達は本校舎から渡り廊下を隔てた体育館にて球技大会の練習に勤しんでいた。

 この創生学園において球技大会は四大行事の一つ。生徒会選挙とは違い、クラスごとに競い合う行事だ。

 団結力とチームワークが問われるこの行事はクラス全員が参加するため、色々なドラマが生まれやすい。昨年はまさかの一年生がいくつもの競技で下剋上を果たして勝利を収めたとか。

 生徒会選挙の後に行われるこの行事は他の行事に比べて準備できる時間が少ない。ゆえに求められるのは完成度。一回の練習を大事にしていかなくては勝利はつかめない。

 流星が出場するのはドッジボール。二年生となった流星達の練習にも力が入る。



「…お前らよくそんなやる気になるな」



「あたりめぇだろ?今年の選挙はお前がとったんだからここも取ればウチのクラスはMVP確実だMVP!」



「そんな賞はねぇよ。せめて優勝めざせ」



 流星自身はというと暑さで帰りたいと言うのが本音だ。普段暑い日はクーラーの効いた部屋でアニメを見ている流星にとってこの暑さは地獄に等しい。

 やる気も削がれるこの暑さに流星も弱音を吐く。



(あっちーなマジで。やってられん暑さしてるぞ…例えるなら地獄の底の釜ぐらい。…ダメだ。自分でも何言ってるか分からん。暑さで頭が…)



「おい流星?なんかヘロヘロだけどだいじょぶかー?w」



 からかうつもりなのだろう。剣人が半笑いで話しかけてくる。



「…お前、そんな変な笑い方だっけ?」



「あ?なんだよ変な笑い方って」



「いや、なんか、口角が、変な歪み方してんぞ。スライムみたい」



「…?してないが」



 剣人は自らの顔をぺたぺたと触って確かめる。とりわけ異常は無い。となると異常があるのは流星のほうということになる。

 この気温。運動不足の流星の体。歪む笑顔。剣人の脳内に一抹の不安がよぎる。



「…お前まさか!」



「…あ?」



バ タ ン



 突如として傾いた流星の視界は駆け寄る剣人の姿と共に深い暗闇の中へと沈んでいった。







 暗闇の中からふわふわと意識が浮上してくる。体を撫でる風が心地良い。 

 僅かな頭痛と共に浮上した流星の意識は見覚えのない天井を捉えた。アニメだったらこの後に何かと嬉しい展開が起こる流れだが、果たしてどうだか。



(…あの後倒れて…ってことは…マジかよ)



 記憶をたどり、自分が倒れた事に気づく。そしてそれと同時にここがどこなのか察しがついた。まだ熱っぽい額に手の甲を当てる。

 


「お目覚めのようですね」



 自分の真横から聞こえてきた声に流星は心の中でため息を吐いた。そして体を真横に傾ける。目の前には案の定彼女がいた。



 灰を被ったような髪色のロングヘアーはシーツへと垂れ落ち、翡翠色の瞳は無機質と感じさせるまでに流星を見つめる。白衣をまとったその姿はバストサイズも相まってスタイルの良さを感じさせる。

 隣に寄り添うように寝転がっている彼女は早見玲奈。その美貌とスタイルから生徒達に人気な保健室の先生だ。



「…先生、お久しぶりですね」



「玲奈で良いと前に言ったでしょう?流星くん」



 そして彼女もまた流星に好意を向ける女の一人だった。

 玲奈は流星の額に手のひらを当てて熱を確かめる。ひんやりとした柔らかい感覚が流星に走る。



「…まだ少し熱がありますね。どうやら軽い熱中症のようです。ねっちゅうしょう」



「ゆっくり言わなくても分かります。…誰が俺の事を?」



「剣人くんです。感謝しておいたほうがいいですよ」



 無表情で淡々と話す玲奈。彼女もまた表情に乏しいタイプだった。

 なぜ自分の周りには表情に乏しい人が多いのかと流星は不思議に思ったが、そういう運命なんだと考えるのをやめた。



「もう夏も近づいて気温も上がってきています。まだ本番ではないとは言え、油断は禁物ですよ」



「…はい。以後気をつけます」



 以外にもしっかりとした言葉に流星も反省の色を示す。

 基本的には頭のネジが一本外れている玲奈だが、本職のことになると以外にも真面目だ。流星のためということもあるが、彼女の生徒達に対する姿勢は本物である。



「熱が引くまではもう少し休んでいってください。水分はいかがですか?」



「あぁ、じゃあ少しだけ」



 玲奈はベッドから一旦立ち上がると冷蔵庫から取り出した清涼飲料水を紙コップに注ぐ。



「口移しと飲ませてあげるのどちらが良いですか?」



「どっちも遠慮しておきます。いいからその紙コップください」



 『つれないですね』と一言残して玲奈は流星に紙コップを手渡した。流星は玲奈が変な事をしないうちにと中身を飲み干した。



「…さてと」



「さてと、じゃないんですよおもむろに脱ぎ始めないでくださいなにするつもりですか」



「何って分かってるのでしょう流星くん。さぁ、寝転がって…」



 玲奈に優しく押し倒される流星。白衣を脱いだ玲奈の姿が迫ってくる。プチプチとワイシャツのボタンを玲奈が一つずつ外していく。

 どうやら良からぬ事をやる気らしい。この教師はなぜいいつもこうなのかとため息をつく流星。こうなってしまっては止める方法は一つだけ。流星はその方法を知っている。



「…玲奈」



 ワイシャツのボタンを外す玲奈の手が一瞬止まる。面食らったような表情の後、玲奈の顔はにこやかなものへと変わった。



「…んふふふふ」



 玲奈はにこやかな笑みを浮かべたまま流星に抱きつてくる。

 流星が名前で呼ばない理由。それは馴れ馴れしいだとか気が引けるからとかではなく、ただ単純に玲奈自身が名前呼びに異常に弱いからである。

 流星への好意もあってか、呼ばれた途端にすぐにヘニャヘニャになってしまう。



「んふふふふ〜」



 抱きついたことでぐにぐにと押し付けられる二つの部分には気づかないふりをする流星。玲奈が少し動くだけでも生命の拍動が激しくなってしまう。



「…襲うのだけは勘弁ですよ」



「んふふふふ〜」



 この甘えはしばらく続いた。流星も抵抗することなく寝ていた。

 二人は数分後、凸ってきた響華によってこの場が修羅場になることをまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る