甘党の思いはほろ苦い
よく晴れたある休日。凶真は真帆とおすすめのパンケーキ屋に来ていた。
二人は甘党という共通性があり、こうして一緒にスイーツを食べに行くことが多い、最近こそその頻度はヘていたが、生徒会選挙も成功を収たこともあり、久しぶりにこうして二人で外出していた。
駅を二つ跨いだ先にあるそのパンケーキ屋は景色のよく見える丘の上にあった。観葉植物が添えられ、店内の床はタイルが敷き詰められている。
可愛らしい女子ウケを狙う内装ではなく、おしゃれな雰囲気を重視したデザインだ。
二人はその中でも景色を堪能できるテラス席へと座った。
メニュー表を見て悩む凶真から真帆がメニュー表を奪い取る。
「…おい」
「そんな怖い顔すんなって。ここは私に任せておいて!すいませーん」
まほが店内の店員に向かって呼びかけると、一人がぱたぱたと足音を立ててやってくる。
真帆は注文表を片手にやって来た店員にキャラメルパンケーキを二つに二人分のマキアートも付け加えて注文を終えた。
「ここのキャラメルパンケーキは絶品なんだ〜これは確かだから信じて」
「…ま、ちょうどキャラメルパンケーキを注文しようと思ってたからいいけどよ」
凶真は若干不貞腐れたようにそう呟く。それは気恥ずかしさからもあるのだろう。
頬杖をついた凶真は晴れ渡る空をなんとなく見つめる。こうして黄昏れるのもいつぶりだっただろうか。
まさかの立候補から雪崩のように急展開で進んだ生徒会選挙。勝利を収めたのはいいものの、凶真が案ずるのはこれからのことだった。
あの中学の惨劇から早二年。ようやく持ち直したとは言え、まだ傷の残る流星には生徒会長という役職は重い。
無いとは思いたいが、いじめなんてことがあった堺には流星の傷口に塩を塗る事になる。助けてもらった身として流星をなんとしてでも守りたい。それが凶真なりの落とし前の付け方だ。
「おいおいどしたー?そんな顔しちゃって」
「…なんでもねぇよ。少し考え事だ。お前は最近どうなんだよ。なんかいいことでもあったか?」
「お?分かる?さっすが凶真だな〜」
ニコニコと笑う真帆を見て凶真は見抜く。真帆はいいことがあったときは表情に出やすい。
今回は抑えれないほどに出ていることから余程嬉しいことがあったのだろうと凶真は踏んだのだ。
「この前久しぶりにりゅーちんとお風呂に入ったんだ〜」
「…え?」
「だから、りゅーちんとおf…」
「いやいやいや待て。それは分かってる。その…マジで?」
「うん。マジマジ」
凶真は頭を抱えた。どういう状況だったかはわからないが、あの無自覚野郎はまたやらかしたらしい。彼は何回やらかせば気が済むのだろうかとため息をついた。
だが、よく考えてみれば無理もないのかもしれない。真帆は流星にとって誰よりも頼りにしていた心の支えだ。あの惨劇の中でもそばに寄り添ってくれた彼女に甘えてしまうのは仕方のないことであるとも取れる。
目の前にいるこのギャルは周りが思っているよりも気がまわり、誰よりも流星のことを愛している。その愛の深さは響華にも匹敵する。彼女の懐の深さに甘えてしまうのも分からなくはない。
「ここだけの話、りゅーちん私の体見て興奮してたんだぜ?」
「…」
やっぱり下心だったのかもしれない。そう凶真は強く感じた。
とりあえず話を切り替えたい凶真は一つ疑問に思った事を真帆に問いかける。
「なぁ真帆。流星の事どう思う?」
「りゅーちんのこと?…」
問いかけられた話題に対して真帆は少しばかり気難しそうな顔をする。彼女なりに考えているのだろう。
少ししてから彼女はゆっくりと口を開いた。
「…まぁ、不安には思ってた。学園に来た時はボロボロで、まるでりゅーちんじゃないみたいだったけど…最近は戻ってきてくれた気がする」
ゆっくりと時が流れるように述べた彼女のそれは流星に対して抱いている不安だった。
それは凶真と同じもの。壊れかけの器である彼への危惧。取り繕うあまり自分を見失っていた彼を心配する気持ちだ。
「正直、そのうち壊れるんじゃないかと思ってたけど…響華のこともあってなんとかって感じかな。生徒会のこともあってバラバラになってた皆もまた集まって、ブラックも戻ってきたし…」
「ま、問題はそこからだよな…」
二人の案ずる部分はどうやら同じらしい。戻ってきているとは言え、彼が元通りになったわけではない。
この先創生学園生徒会長としてやっていく彼にかかる負担はどれほどのものなのか。二人には分かりきっていない。
「…無いとは思いたいが、いじめなんてあった暁には…どうなるのか」
「その時は、私がなんとかするよ。そうじゃなくても、響華がなんとかしてくれるはずだよ」
胸を叩いてそう言う真帆。にこやかではあるが、どこかに影のある微笑み。
彼女のその笑顔にも若干の曇りが見えたのを凶真は見逃さなかった。
「…まだ諦められないか」
「…そうだよ。まだ諦められない。本当は私を選んでほしいし、今すぐにでも一緒になりたい。正直響華が羨ましいよ」
真帆の口から雪崩出るように欲望が溢れ出てくる。それ羨むような憎むような負の感情も入り混じった羨望で、それでいて自分を戒めるような自制の感情。
身の毛もよだつような感情に対して凶真は身を震わせる。何度か見てきたものであるが、何度見ても恐ろしい。
「…でも、これがりゅーちんの選んだ選択なら私は否定しないよ。側にいれるなら何でもするし、犯罪だってするから」
「そうか…」
取り繕った彼女の笑顔は不気味なまでに明るかった。一切の曇りを感じさせず、むしろ太陽のように明るい。それでいて彼女の瞳は黒く、闇なんて生ぬるいもので形容出来ない深さだ。
これを見て彼はどう思うのか。深く罪を自覚するのか、現実を拒否するのか。この恋は結末を迎えることはなく、彼の想定していた結末とは違う方向へと進んでいる。なんにせよ罪な男だ、と凶真は強く思った。
「…なんか辛気臭くなっちゃったね。ごめん〜」
「いや、いいんだ。俺から振った話だからな。…お詫びと言ってはなんだが、俺から一つお前にいいことをおしえてやろう」
「いいこと?」
真帆は検討もつかない事に首を傾げる。そんな真帆に凶真は言う。
「流星は、まだお前の事が大好きだ」
「えっ…」
真帆は面食らったような顔になる。
今まで嫌いと言われることはなかったが、直接的な表現はなかった。好きであるかなんて分からなかった。なんなら、嫌われているとまで思っていた。
そんな彼女の心に希望の光が吹き込まれる。はったりにしろなんにしろ、この一言は彼女の心へとダイレクトに響き渡った。
「…そんなの分かってるっての!りゅーちんは私のことが大好きだからな!」
「…そうかよ」
喜びを隠せない彼女の顔は満面の笑みだ。先程の影など見えない。本当の太陽のような笑み。
「おまたせしました。キャラメルパンケーキとマキアートになります」
「おー!きたきた!食べようぜ凶真!」
「おう」
凶真はマキアートを一口嗜む。目の前の彼女が道を外れることなく、正しい道に進んでくれるまでは自分が支える。そう心に決めた凶真はキャラメルパンケーキを食べる彼女を見て微笑んだ。
「?凶真どしたー?早くしないと私が食べちゃうぞー?」
「おいっ待て待て!食うのが早すぎるだろ!俺の分を取ろうとするな!」
獲物を狙うハンターの視線を感じながら凶真はパンケーキを頬張った。
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