一大事

「…流星くん、座って」



「はい…?」



 生徒会選挙の一件も終え、リビングでゴロゴロしていた休日。流星は自宅のリビングへと呼び出された。

 響華からの呼び出しなどあまり無いことだったため、不思議に思ってリビングへと降りてみると、妙に不機嫌そうな面持ちの響華がソファに座っていた。

 流星は促されたままに彼女の隣に座る。



「…流星くん。今日はあなたに聞かなければならないことがあるの」



「…聞かなければならないこと?」



 妙に含みのある言い方に流星は首をかしげた。毎度のことであるが、なにをした覚えもないし、された覚えもない。今回も大事ではないことを祈るばかりだ。

 響華は語るように話始める。



「…最近は、生徒会選挙のこともあって二人の時間が少なかったわ。…いえ、私がもっと側に居てあげればよかったかもしれない。そのせいかは分からないけど、二人の関係が怪しくなっている気がするの」



「…そんな気にしすぎじゃないですか?確かに一緒にいる時間は普段よりは少なかったですけど…それなりに多かったですし」



「それだけだったら良かったのだけれど…誰かさんは仮とは言え元カノと一緒にお風呂に入ったりなんかして…未練タラタラじゃない。私達の関係性を揺るがすには十分すぎるわ。これは由々しき事態よ」



 流星の心に言葉の槍が突き刺さる。

 未練が無いと言ったら大嘘になる。その事実が更に傷を深くしていた。



「だから、今一度流星くんが私についてどれだけ知っているか試させてもらうわ」



 響華から出された提案。相手が自分のことをどれだけ知っているかといういわゆる信頼度チェックだ。

 夫婦としてお互いのことをよく知っているのは当然のこと。響華の行き過ぎた考えの中では最も一般の思想に寄ったものだ。

 響華はこほん、と一つ咳払いをして流星への質問を開始した。



「まず最初に私の誕生日は覚えているかしら?」



「11月11日です。流石に思えてますよ」



 響華の誕生日は11月11日。ポッキーの日だから覚えやすい。

 流星は過去にこのことでポッキーゲームをやる成約を組まされているため、覚えていた。忘れるはずがない、と言ったほうが正しいだろう。

 


「まぁ、これは覚えていて当然ね。交わした約束、忘れたとは言わせないんだから」



「…半ば押し切られましたけどね」



 流星の言葉に響華は反応することは無い。ささやかな抵抗は女王の前にあっさりと打ち払われた。

 


「さ、次に行きましょうか。私の好きな食べ物は?」



「おにぎり。それも梅入りのやつですよね?」



 この質問は流星にとってイージーだ。

 響華の好きなものについては以前自分から聞いたことがある。その際に下着の色だったり余計なことも知ることになったが、好きな食べ物は梅おにぎりであることが分かった。流星としては以外な物だったのでしっかりと『響華さんメモリー』に記憶していた。



「好きな味まで知っているとは、流石ね。以前のことをよく覚えてるのは褒めてあげるけど、まだまだ序の口よ」



 なんで上から目線で褒められているのかは分からないが、触れないほうが吉なのは今までの経験が物語っている。

 流星は一言だけ返事を返して次の質問に備える。



「じゃあ次の質問ね。私が常に大切にしている物はなにかしら?」



「…俺との時間、ですよね」



 流星は僅かな思考の後に端的な回答を導き出した。

 迷う時間すらも疑われる材料になるため基本的に10秒以上の思考は危険だ。そのため、流星は脳細胞を総動員してものの5秒で結論を導き出したのだ。

 自意識過剰な考え方にはなるが、響華が大切にしているのは恐らく流星自身か流星との時間。必然的に二択となる。ここは流星自身とも考えがちだが、恐らく正解は後者だ。響華にとって流星の存在は大事というより死守すべきものだ。自分自身、命の核とも言えるだろう。

 


「…少し悩んだようだけれど、正解ね。この辺りになると少し不安なんじゃないかしら?」



(この人は俺に正解してほしいのか外してほしいのかどっちなんだ…)



 彼女に対する疑問は結論に至ることはない。それは決して彼女への無知ではなく、掴みどころのない彼女の性格のせいだ。 

 先程の思考時間に訝しむような様子の響華は流星に再び語りかける。

 


「…逆に質問するわ。私の嫌いな物は?」



 この質問に対しての結論はすぐさま出た。だが、いささか自分で言うにはイタすぎる。 

 拭いきれないためらいの気持ちを抑えて流星は導き出した結論を口にする。



「…俺に寄ってくる女、ですよね」



「えぇ。よく分かってるじゃない。分かってるくせに、いつもあんなことやこんなことをしているのね」



 流星の心に再び槍が突き刺さる。

 自分でも自覚はある。元カノとカップルのように絡んでいることも、度々寄ってくる可愛い女の子に対して少し鼻の下を伸ばしてしまっていることも。

 だが、分かっていても止められない。これは男の性なのだ。かわいい女に寄られたら鼻の下を伸ばす。そういう生き物なのだ。クズだと分かっていても、止められない。



「…言い訳はしません」



「そう。素直に認めている分はマシかしらね。…話がそれたわね。最後に一つ、質問をするわ。それに答えられたらこのことは許してあげる」



 然程気にしていないのか響華は女王モードに突入することなく淡々と話した。普段ならここで女王降臨のタイミングだ。それはつまり普段とは違うなにかが彼女にあるということである。

 それがなにかを悟ることは現段階では流星でも不可能だ。この後の一言一句に含まれる僅かな感情の起伏から読み取るしかなさそうだ。



「私が今、してほしいことはなにかしら?」



 鋼鉄の仮面から放たれた一言。空気はよどみなく流れ、時計の針は止まることなく進む。読み合うように見つめ合ったその視線は僅かに揺らいだ。

 僅かに見えたその揺らぎを流星が見逃すことはない。先程までの問答。彼女の異常なまでの執着心。他人を許さない独占欲。以外にも寂しがりな性格。その全てを加味して考えた結果、結論はすぐさま出た。



「精一杯のハグ、ですよね」



 響華の背に手を回し、優しく包み込むように抱きしめる。彼女もまたそれに答えることで同意の意を示した。

 流星が導き出した結論はただ一つ。彼女は寂しかったのだ。

 流星の身内とは言え他人は他人。溺愛するほどに大切な唯一無二の人を取られたら、と考えてしまうことは仕方のないことだ。それが彼女なら尚更。不満が溜まって当たり前だ。



「…なんか、おかしいですね」



「…?」



「いつもと真逆です」



 いつもとは逆の構図に流星もなんだか笑ってしまう。自ら行動に移すことが少ない流星は気恥ずかしく感じた。

 



 ふと流星は思い返す。ここは自宅でしかもリビング。この家にいるのは響華と流星とあと一人。

 



 そう考えた途端に視線を感じるようになった流星。顔を覆うように手を当てる。

 





「夫婦仲睦まじくていいわね〜」



「…母さん、居たなら言ってくれ」

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