決着
大拍手が未だ鳴り止まない場内。仕事を終えた流星は肩の力を抜いて一つ息を吐いた。
一仕事を終えた流星を響華が迎え入れる。
「お疲れ様。良い発表だったわ。流星くん、ん」
響華は有無を言わさず流星を抱きしめる。いつもより抱きしめる力が強い。
流星は伝わってくる彼女のぬくもりに身を任せてふーっと息を吐く。
場数はこなしているとは言え緊張するものはする。いつものぬくもりが、更に暖かく感じた。
「ありがとうございます…ちょっと苦しいですよ」
「時に強く抱きしめてあげるのも妻の役目なのよ」
いつもの訳のわからない言い訳も、今日はどこか安心感がある。こういうときには素直じゃない彼女がどうしようもなく愛おしい。
流星は愛しの妻に身を預けた。
「…やられましたね」
流星達とは反対側の舞台袖。仄花がやはりかとでも言いたげな様子でそう呟いた。
完璧な作戦を練ったところでこうなることはなんとなく分かっていた。あの人はいい意味で頭がおかしい。それを仄花はよく理解していた。
「…あぁ。全くだ」
呆れたように呟く凌。またもややってしまったという自責の念か、はたまた流星に対する憤りか。恐らく前者であるだろう。
彼以上に流星の強みを知る者はいない。そんな彼が負けてしまったのだ。流星の力は、恐ろしい。
「以上で公約の発表が終了致しました。続きまして投票に移ります。皆様、お手元の端末にて投票をお願い致します」
共に離れた舞台袖の中で、既に結末は確信していた。
傾いた勝負がついに集結する。
「…終わった、か」
生徒会選挙終了後の大講堂。最後の仕事となった選挙管理委員が忙しなく行き交う場内を見渡す流星。
結果は743対357。流星の勝利だった。
決定的と言われたあの下馬評から数日。奇跡の大逆転だった。勝利の瞬間の歓喜と言ったら、それはもう甘美なものだった。
舞台袖での待機命令のため仲間と喜びの共有は出来なかったが、ようやくだ。
「うわーいりゅーちーん!!!!」
「うわーっ!?!?」
不意に死角から飛んで出てきた真帆が流星に飛びつく。不意打ちのような形で飛び出してきた真帆を響華の助けも得てなんとか受け止めた流星は一息つく。
その様子を見ていた仲間達がすぐさま駆け寄ってくる。
「相変わらず元気だねぇ〜私はもう不安で不安で仕方なかったというのに…」
「ウソつけ。余裕そうにしてどっしり座ってただろ」
「私は信じておりましたよ我が星よ」
「…お前もまた寝てただろ。途中から音沙汰無くなってたぞ」
「私は我が星を信じておりましたので」
「やったなりゅーちん!今日は夜まで二人でカラオケだー!!!」
「よくやったな流星。お手柄だ」
「ははっ、お前の公約のおかげだよ」
相変わらず個性の強い奴らだと呆れる流星。この胃もたれしそうなほどの個性の濃さも懐かしく感じる。
そう考えると、かなりの激戦だった。改めてあの男の恐ろしさを感じる流星。手に滲んだ汗がどっと流れるのが分かった。
「お疲れ様りゅー」
そんな流星の後ろから撫でるような優しい声が耳を撫でる。振り向けばそこには心の拠り所である彼女の姿があった。
「…ユッキーナ先輩!」
「おいでりゅー。…実に見事な作戦だったよ。流石は私の後輩だ。よくやったね」
討論会の後の時のように頭をナデナデする優樹菜。流星はそれに喜んで応じる。
普段だったらここで怒りのオーラをあらわにする響華も今回ばかりは仕方ないと流星のやり取りを見つめる。
「ユッキーナ先輩のサポートのおかげですよ」
「でもやったのはりゅーだ。もっと自分を褒め称えていいんだよ」
「へへ…あざっす」
「なんだ、来てたのか優樹菜」
流星の頭を撫でる優樹菜の背後から蓮斗が綾華を引き連れてやって来た。旧生徒会の仕事も終わったらしい。
蓮斗からひょこっと顔を出した綾華が優樹菜の元へと駆け寄る。
「優樹菜ちゃん来てたんだ!生徒会席にいなかったから来てないのかと思ったよぉ〜」
「自慢の後輩の晴れ舞台だ。見逃すわけにはいかないだろう?…というかなんだいその顔は」
優樹菜の視線の先には驚きの感情をむき出しにしている蓮斗の顔。優樹菜がここに来ていることに驚いているらしい。彼女の性格を考えれば確かに驚くべきことであることに間違いはない。
「いや、出不精のお前が来るなんて思ってなかったから…」
「まぁ、たしかに普段なら部屋に籠もっていたいところだが、今回はわけが違うからね。流星は私n「優樹菜さーん!!!!」…この声は」
子を愛でる母のような表情だった優樹菜の顔が恐怖に近い念で歪む。
流星が振り返れば、入り口から剣人がこちらに向かって猛ダッシュで突撃してきていた。
剣人は優樹菜の前に滑り込むように来ると、片膝をついて高らかに優樹菜に頭を突き出す。
「けっ、剣人クン…」
「あぁ優樹菜さん…今日もお美しい…ぜひ俺の頭もナデナデしてください!!!」
「…剣人、ユッキーナ先輩引いてるぞ」
「うるせぇ!俺だってナデナデしてほしいんだよ!!!」
相変わらずな様子の剣人。まず俺を褒めろと言う流星を無視して優樹菜への愛を伝えている。
優樹菜には申し訳ないが、面倒事は受け持ってもらうことにした。
「…おい」
「あ、凌」
歓喜の輪からは少し離れた位置から凌が話しかけてきた。その隣には仄花もついている。
「…まったく、まさかあんな姑息な手を使うとはな。相変わらず卑怯な奴だ」
「はは…お前に勝つならあれしか無いと思ったんでね。けしかけたのはそっちだからな」
「…」
なにか言いたげな凌に変わって仄花が咳払いの後に話始める。
「…実に、いい作戦だったと」
「…そうは言っていない」
「相変わらず素直じゃないな凌」
「…一翔」
歓喜の輪から抜け出してきた一翔が会話に入り込んでくる。その瞳はまるで昔を懐かしむような感情にまみれている。
凌はその視線を一瞥して振り払うように顔を背ける。
「…今回の公約、お前が考えたものだろう。なかなか良かったぞ」
「それは流星に言ってやれ。俺に言うことではない」
一翔にそう言われてもなお、凌は流星への称賛を口にしなかった。それは彼のプライドもあってのことだろう。仄花も呆れたように息を吐いた。
そんな最中、凌が口を開く。
「…だが、負けは負けだ。悔しいと言ったらありゃしないが、お前の元でこの学園に尽くすとしよう。俺に勝ったのだ。下手な真似はするなよ」
「おう。任せたぞ」
ひねり出すように言葉にした凌。自らのプライドを自重して流星に語ったそれはきっと彼なりの称賛だったのだろう。複雑な表情からそれが読み取れる。
「…今なら、お前がアイツに好かれていたのもよく分かる。…アイツは賑やかな方が好きだからな」
「…そうか」
窓の外から見える景色を懐かしむ様子で眺める凌。いつの日かの親友に向けて送るその眼差しは哀愁にまみれている。言わずとも通じ合う意識は流星に彼の友を想う感情が伝わってきた。
吹き込んでくる爽やかな風が彼を想起させる。まるで彼がそこにいるような____
「仲良くするんやで二人共」
「…?」
「…流星、今なにか」
「いや____アイツだろ」
「…そうか。相変わらず無理難題ばかり言う奴だな」
吹き抜けた風は二人の間を繋ぎ止めて快晴の空に消えた。残るヤナギバヒマワリの香りが二人の鼻をついた。
「おいブラック!一緒にカラオケ行くぞ!!!」
「その呼び方はやめろと言っているだろう四宮。しっかりと名前で呼べ」
「細けぇことは後だ。勝ったんだからまずは祝いだろっ」
真帆達に絡まれる凌。凶真に肩を組まれて拘束されている。それを見る仄花の瞳はどこか嬉しそうだ。
「どうやら、みんなその気らしいわね。流星くん、行きましょう」
「…行きますか!おっしゃ、お前ら朝まで宴じゃああああああああああああああああ」
勝利の宴は文字通り次の日まで続き、全員ダウンし、流星は加奈子に泣きつかれた。
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