一度折れた男は強い

 ついに演壇の前へとやって来た凌。両目を閉じてすうっと行きを吸って、吐く。ゆっくりと瞳を開いた凌は一歩前へと出てマイクに語りかける。



「皆様、お久しぶりです。生徒会選挙に立候補した黒木凌です。今回、私がこの生徒会選挙に立候補するに当たって皆様に約束させていただく公約を紹介させていただきます」



 凛々しく、そして覚悟に満ちた凌の声が客席の生徒の耳に訴えかけるように響き渡る。

 先日の討論会では引き分けを喫するも、状況を見るに実質的に流星の勝ちと言える結果だった。もう一歩も引けない凌の瞳からは燃えるような闘志が感じられる。普段澄ましている彼の様子とは全くの真逆のものだ。

 湧き上がってくる感情を抑えながら凌は続ける。



「一つ目は不要な校則の撤廃です。我が高校は積み重ねられた素晴らしき伝統と歴史によって形成されています。その中で伝統の一つとして受け継がれてきたものの一つとして校則が存在します」



 客席からは僅かに驚きの声が漏れ出してくる。

 それもそのはず。この学園において生徒会に並んで絶対的なものとされているのが校則。その一つ一つは長年の歴史の中で新設、構築され、その形は今も変わらずに存在している。先代の先輩方が形成したそれを変えるのは無作法とされており、これまでの生徒会はもちろん、昨年度の生徒会すらも手を出さなかった領域だ。

 もちろん今までも校則を塗り替えようとする活動はあった。

 だが、その大半がOBの目が怖いと言う理由で却下、または弾圧されたのだ。真帆も地毛の件で抗議したことがあったが、逢えなく言いくるめられ、返り討ちに遭っている。

 そんな触れてはいけない領域に凌は手を出すと言ったのだ。その行為は自殺に近いものだ。



「ですが、はっきり言いましょう。不要なものも多く存在しています。頭髪の制限、ヘアゴムや靴下の色の指定。はっきりしないものから効力すら成していないものまでその数は十二にまで及びます。これらのものは存在しなくても良いまたは存在していても変わらないものがほとんどです。ですので、私はこの校則を撤廃致します」



 その口からきっぱりと言い切られた言葉の一つ一つに生徒達は心を揺さぶられる。それは元来出来ないとされていた行為だが、彼の覚悟と思念に満ちた瞳がそれを可能にしてくれるのではないかと思わせる。

 凌は更にと追撃の言の葉を投げかけていく。



「皆様はこう思っていることでしょう。本当にそんなことが出来るのか、と。安心して下さい。私も策も無しに突っ込むような馬鹿ではありません」



 用意された策。幾多もの先人が激突し、砕け散ってきたその壁を破ることのできる方法が、彼にはある。



「今までは”撤廃させる”ということで抗議の声を上げる方が多くいました。その結果、多くが却下、またはもみ消しになったパターンがほとんどでした。つまり、”撤廃させる”以外の方法を取ればいいのです。ですので、私は校則の”改定”を致します」



 生徒会長による校則の”改定”。名目を変えただけとも取れるが、この学園において生徒会長は絶対。生徒会長が改定と言ったら改定なのだ。立場をうまく使った公約だと言えるだろう。



「少し卑怯な手にはなりますが…私には黒木の名もあります。これまで不可能だった校則の撤廃…もとい改革。成功は確実といえるでしょう」



 自信満々にいい切った凌の言葉に客席の生徒達は関心の様子。長らく校則に苦しめられていた生徒は少なくない。

 この公約一つで多くの生徒が凌に賛同している。

 傾き始めている生徒達の心に畳み掛けるように凌は続けて語りかける。



「二つ目は学園のOBをお呼びしての講演会の実施です」



「…おー」



 凌の口から出てきたその言葉に流星の口からは隠しきれない関心の声が漏れ出す。隣の響華を見ても同じ様子だった。

 


「この創生学園には社会で活躍している素晴らしいOBの方々が何百何千といます。政界から芸能界まで幅広い分野で活躍するOBの方々から何名かをお招きしてその成功の理由とこの学園で培ってきたものを聞く講演会を開催したいと考えております」



 凌が言ったようにこの学園には政界から芸能界まで活躍しているOBは何千といる。テレビを見ていれば創生出身生が一人はいる程だ。

 そんな中から何名かを招いての講演会など、心踊らずにはいられないだろう。流星派に傾いている生徒達の心を揺さぶる公約だ。



「世界は違えど、この学園で育った素晴らしき方々です。将来政界や芸能界で働く方も多いでしょう。そうでない方も芸能人の話となれば逃さずにはいられないのでは無いでしょうか?人生の先輩としてOBの方々から吸収できるものが多いと思います。間違いなく有意義な時間になることでしょう。なお、どの方のお話を聞きたいかで皆様にアンケートに協力していただき、要望に沿ってオファーを申し込むようにしたいと思います」



 最後に付け足されたその一言で客席の数名の女子生徒から歓喜の声が上がる。

 この学園は政治家はもちろん、アイドルや俳優も多く輩出している。生徒間で希望調査のアンケートを取るということはうまく行けばそういった方々も呼べる可能性があるということだ。真面目な生徒達の指示を得つつ、女子人気を狙った公約だ。



(凌にしては出来た公約だな…仄花の入れ知恵かな?敵ながらあっぱれだな…)



 これには流星も関心せざるを得ない。作り込まれたこの公約は確実に勝利を引き寄せるものだ。優樹菜の言う『よく出来た公約』の例だろう。

 凌はこころを落ち着かせるように一拍置いてから再び話始める。



「この学園を更に盛り上げていくためにもこの講演会は欠かせないものとなってくるでしょう。…さて、次が最後です。皆様と約束させていただく最後の公約。それは学園での映画の上映です」



(…映画?)



 凌の最後の公約。それは学園での映画の上映だった。それ故に流星は首をかしげた。

 別におかしいという訳ではない。普通すぎるのだ。

 この学園では毎年個性的な公約が反響を呼んでいるのだが、凌が提案した今までの校則の改定も講演会も正直言って誰でも思いつくことだ。ネットで調べれば出てくるような、誰かに聞けば思いつくような、そんなものだ。



「…」



「…?どうしたの流星くん?」



「…なるほど」



 流星は悟った。凌の公約は”あえて普通に作られている”。

 凌にかかれば個性的な公約の一つや二つ考えることなど容易い。戦った流星だからこそそれを知っている。

 なら、なぜ凌はこの公約で来たのか。それは流星へのリベンジを果たすためだ。

 三年前、凌は流星の前に敗北を喫した。瑞希を背負った者として負けるわけにはいかないと挑んだ彼はそれよりも遥かに重いものを背負った彼に跳ね返された。人を助け、ボロボロになりながらも歩みを止めない彼の勝利への執着に負けたのだ。

 彼は今の今まで流星の首を取るために牙を研いできた。それは自らのためか、流星のためかは分からない。ただ変わらないのは勝利への執着。負けない。負けたくないという思いが凌を突き動かす。

 そしてこの公約、出来すぎたまでに作られた公約。どこかで耳にしたことがある。



「…ははっ、アイツ…こだわりすぎだろ」



 笑う流星。彼のまぶたの裏に映るのはいつの日かの生徒会選挙。

 そう。この公約、”三年前と一緒”だ。

 ”普通”は極めることで”王道”へと昇華する。彼は自らの王道で流星を打ち負かそうとしているのだ。

 不意に笑いだした流星に響華は不思議そうな視線を向ける。笑う彼の瞳からは羨望の思いが感じ取れた。その思いはどこから来ているものなのか。響華は図らずも彼の過去にある事を悟った。

 凌は舞台袖の流星を横目で捉え、ふっと笑みを溢す。そして凌は続ける。



「皆さんは映画鑑賞は嗜んでいらっしゃるでしょうか?洋画に邦画、SFにホラーまでその種類は様々です。その一つ一つにはメッセージ性が込められたものが非常に多く、感情を揺さぶるものが多いです。私が当選した暁には週一で洋画の鑑賞会を開催しようと考えています」



 凌の最後の公約である映画鑑賞会の実施は洋画を通じて感性を豊かにしようという狙いのものだ。

 学園で鑑賞会を開くことは映画愛好会により時々あったが、定期的に行おうとしたのは凌が初めてだ。そういう点では意外性のあるものだと言えるだろう。

 だが、流星的には洋画という所が引っかかるらしい。アニメを放送してほしい所だ。



(…なんか三年前も同じこと思ってた気がする)



「映画愛好会さんのお力も借りての開催とします。彼らに選んでいただければハズレは無いでしょう。強制参加ではないので、普段の学業の合間の休憩などにぜひ。…以上が私の公約になります。これらのことは私が当選した時には必ず実現すると皆さんに約束致しましょう」



 そういい切った凌はまぶたを落としてすうっと息を吸う。

 凌は昔話のように語りかけるようにして話し始めた。



「…三年前、私は流星…君に敗北を喫しました。背負った思いがありながら相手の思いに押し負けてしまったのです。完璧だと思っていた策もいとも簡単に打ち崩されてしまったのです。あれから月日は流れ、このリベンジの時が来ました。…三年間練ったこの思いは偽物ではありません。皆さんも皆さん自身のために最善の選択を。以上で私からの公約紹介と致します」



 最後の最後で強気な言葉を残した凌は一礼をして堂々と舞台袖に消えた。

 彼の背中を生徒達の拍手が押していく。

 最後の一言からは彼の勝利への情熱と溢れんばかりの憤りが感じられた。



「…なんというか、すっげぇな」



 客席で応援うちわを手にしている凶真が呟く。凌の気迫に気圧され、その額には一筋の汗が流れている。



「凌だって伊達に生徒会選挙に立候補したわけじゃない。”これくらい”はしてもらわなくてはね」



 不安そうな声を上げた凶真に理央は隣からいつもの抜けた声で話しかける。

 その言葉の思惑には凶真が気づくことは無い。



「…流石、だが大方”予想通り”だな」



「あぁ。…あの調子ならいけるだろう。さぁ、出番だよmy star…!」



「凌様、ありがとうございました。続きまして流星様、お願い致します」



 態度に反して祈るような視線を舞台袖に向ける理央。舞台袖からは流星がゆっくりと歩いて出てくる。



(ナイスだ凌…お前のその思い、使わせてもらうぞ…!)



 凌へと向き始めている流れを手繰り寄せるために、輝く星は舞台上に立った。

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