最高のお膳立て

 艶のある長い髪の毛がスポットライトに照らされ、ステージ上で揺れる。

 見るものを虜にするほどの美貌を持つ彼女が今、愛する夫のためにと演壇の前に立とうとしていた。

 鋼鉄の仮面を被った彼女が演壇の前で一礼。ゆったりと話始める。



「皆様、はじめまして。この度、生徒会選挙に立候補する流星君の補佐として副委員長を勤める綾部響華です」



 拍手も収まり、静まり返った場内に響華の凛とした声が響き渡る。流星の隣に立つ者として、その声に一切の曇もない。彼女の覚悟がその声から感じ取れる。

 そして流星も彼女の気合の入りようをしっかりと感じ取っていた。



(流石の気迫…女王の名は伊達じゃないな。張り切りすぎなければいいけど…余計な心配だな)



「流星君とは幼い頃からの付き合いであり、彼のことは人一倍分かっています。今回は流星君がいかにい生徒会長に相応しいのかを皆様にお伝えしたいと思っております」



 一言一句間違えずに進める響華に流星も安堵の表情を浮かべる。

 ただ、淡々と述べる仄花とは違い、響華は客席の一人一人と会話するような話し方だ。例えるならば仄花はAI。響華は完璧超人だ。

 この例え方になると仄花の方が有利と思えるが実際はそうではない。少なくとも、流星はそう信じている。この副会長挨拶という場で響華が圧倒的な姿を見せてくれる事を。

 祈る視線を送る流星を横目に響華は続ける。



「まず、流星君は圧倒的なカリスマ性を持ち合わせています。今回集まったメンバーは皆様覚えていますでしょうか?…あの個性的な面々です。覚えている方が多いでしょう。あのバラバラのように見える五人が集まったのは流星君だからこそです。考えてみてください。流星君以外にあの面々を集められる人間がどこにいるのでしょう?」



 響華からの問いかけに客席の生徒達は想像してみる。彼らを集めることのできる流星以外の人間を。その結論は数秒も経たずに出た。

 無理である。学園一位とも名高い美人ギャルにマッドサイエンティストを名乗る変人。剣道部の若きエースに喧嘩じゃ負け無しの元ヤンキー。一年の成績トップを走り続ける堅物眼鏡。そして、氷結の女王。いくらなんでも濃すぎるのだ。

 ひょっとすれば集めることのできる人間はいるのかも知れない。だが、集められた所でだ。各方面に尖った彼らをまとめられる人間など、長い日本の歴史の中を見てもそうそういない。結論がこうなるのも必然的なのだ。

 数秒の後に響華が再び話始める。



「…いませんよね。少なくとも、私は彼以外の人間が思いつきません。人を惹き付けるこの力は生徒会長という役職で存分に振るわれることでしょう」



 付け加えられた響華の一言に客席の生徒達が頷く。客席にいる真帆達も『響華ナイス!!!』と書かれている応援うちわを持って頷いている。

 更に畳み掛けようと響華は続ける。



「それだけではありません。流星君は多くの生徒に親しまれています。常日頃彼の隣にいる私は何度も見てきました。彼が先輩、後輩問わず多くの生徒から慕われ、頼りにされている所を」



 響華はいつも見てきた。流星が多くの人間に頼られ、親しまれ、好かれている所を。時々…というかほぼ毎回嫉妬していた彼女だったが、それと同時に理解していた。流星の良さは皆が知っているという事を。

 普段は真面目に授業も受けない姿に反して彼は困っている人間がいればすぐに助けに入る。多くの生徒をそうして助けてきたのだ。

 知り合いだろうが他人だろうが彼が見過ごすことはない。それ故に彼の交友関係は広い。余計なお世話とも取れるが、彼の場合はこの前も部活で捻挫していた女子生徒を保健室まで運んでいた。響華は心底その心を焦がしたが、それと同時に彼の過剰すぎるまでの親切心に心を打たれたのだ。



「彼は多くの生徒からの信頼を得ています。その事実は彼が既に生徒会長に相応しい人間であるという事を示唆している事に間違いは無いでしょう」



 言い切った彼女の瞳の奥からはその態度に反して燃え盛るような闘志が垣間見える。愛する夫のためにも勝たせたいという行き過ぎたほどに堅い意思が感じられる。

 流星もまた彼女への思いを固く握った拳に込める。異常だという事は分かっている。自分の思いが彼女よりも行き過ぎているということはとうに知っている。だがどうしても彼女を、響華を、自分の妻を心配する気持ちは拭いきれない。

 こんな事誰かにバレたら『日頃行き過ぎだとか困っている奴が何を』と言われるかもしれない。それでも



(頑張れ…俺の愛しの妻…!)



 彼女への思いは潰えることは無いのだ。

 その刹那、流星の思いに呼応するように響華の表情がふっと緩む。流星は不思議に思い首を傾げる。だが、彼がそう思うように偶然ではない。

 響華が横目に視線を流星に向ける。奇跡的なまでにピッタリと合ったその視線。彼女の口元が声を発さず、ゆっくりと動く。流星は口型だけでそれを読み取った。



「し・ん・ぱ・い・し・す・ぎ」



「…なっ!?」



 流星は思わず驚きの声を漏らした。彼女は今、たしかに言ったのだ。いや、声を出していないから言ったことにはならないのだが…とにかくそう言ったのだ。

 驚くと同時に流星は失念していた事実を記憶の中から探り出した。

 彼女は自分の思考を一言一句外すこと無く読めるという事を。



「〜ッ///」



 それに追い打ちをかけるように響華の演説は進んでいく。



「そして何より、彼の良さはその律儀で一途な性格にあります」



 (…おっとぉ?リハでこんなセリフ無かった気がするぞ?)



「…あちゃ〜まずいぞりゅーちん…」



 流星に走るどことなく嫌な予感。背筋がゾクゾクして震える。誰がそうと言ったわけでもないのに不安な未来が脳裏をよぎる。何かが起こる予感というのはこういうことなのだろう。その不安は真帆にも伝わっていた。

 もっとも、真帆は見当がついているらしい。長年の勘というやつだろうか。助ける事は不可能なため真帆は帰ってきた時のフォローを考え始めた。



「昔、私と流星君はある約束をしました。”大きくなったら結婚しよう”と」



「はぁ〜…」



 響華のカミングアウトに会場が湧き上がる。黄色い歓声まであがって会場のボルテージはMAXだ。

 だがしかし、嫌な予感は見事的中。流星は顔に手を当て、凌もびっくりの特大のため息を吐き出した。



「一度は離れた私達ですが、またこうして隣に立ち、共に戦っています。そして彼は私との約束を忘れず、この先も隣にいることを約束してくれました」



(そんな約束はしてない!…してるようなもんだけども!だけれども!)



「その証に、この指輪が私と流星君を繋いでくれています」



 響華の手に握られているのはいつの日かの指輪。追い打ちと言わんばかりに見せつけたそれは会場のボルテージを限界突破させた。 

 流星はというものの今にでも大爆発を起こすのではないかと思わせる程に顔を赤らめて座りながらうなだれている。



「皆さん分かっていただけたでしょうか。流星君はこの通り生徒会長に相応しすぎる程の人格の持ち主です。この学園の象徴となる生徒会長の座に彼が座れば前期生徒会長を超える事も容易いでしょう。皆様どうか清き一票をお願い致します」



 最後に強気な発言を残し、一礼。会場は大拍手に包まれる。

 その拍手の中を切り裂いて響華が堂々と流星に向かって歩いてくる。いつもと同じように見えてどこか自慢げな彼女の様子はまるで褒美を求めて飼い主のもとに帰ってくる飼い犬のようだ。

 舞台袖に戻ってきた響華は顔を抑えたままの流星に話しかける。



「ざっとこんなものかしらね。満足してくれたかしら?」



「…やりすぎですます」



「日本語が崩壊してるわよ。…何か不服でも?」



「…いや、ないんですけど。ていうか結果で言えば文句なしなんですけど…いささか内容攻めすぎでは?ていうかアドリブがすごすぎでは?」



「褒めてもらえたなら何よりよ」



 響華はそう言って長い髪の毛を細い指ではらりとなびかせた。そうではないと言いたい所だったが、彼女が満足そうなので流星は黙っておくことにした。

 なにはともあれ、お膳立ては完璧。ここからは流星の出番だ。



「…よしっ」



「響華様、ありがとうございました。続きまして、選挙公約に移ります。まず始めに凌様、お願い致します」



「最初はあっちの番ね」



 アナウンスの後に反対側から堂々と出てきた凌の姿。やっと出番かと言わんばかりの態度で演壇の前へとやってくる。ここからが正念場だ。

 リベンジに燃える凌の演説が始まろうとしていた。

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