忠誠心は海より深く山より高い

「続きまして、副会長挨拶に移ります。始めに不知火仄花様、お願い致します」



 アナウンスが仄花の名前を読み上げる。流星達から見て反対側の舞台袖から仄花がゆっくりとその姿を現した。頭頂部についたアホ毛をぴょこぴょこと揺らしながら演壇の前へと向かっていく。

 この副会長挨拶は基本的に生徒会長立候補者の推薦をする場となっている。仄花のことだ。恐らく凌を褒めちぎってくるに違いない。


 

(…アイツ相変わらず表情一つ変えないな。表情筋死んでんじゃねぇの?…あ)



 流星はふと思い、隣の妻(自称)と仄花を見て比べる。ぴくりとも表情を変えない二人にはどこか共通点があるように見えた。



「…どうしたの流星くん?そんなに艶めかしい視線を向けられると我慢出来なくなるんだけど」



「そんな視線を送ったつもりは無いんですが…」



 相変わらず凍った表情の響華に流星は苦笑いで言葉を返す。やっぱりどこか似ている雰囲気がある。



「じゃあどうしたっていうのよ」



「いや、なんていうか、仄花と似てるなって」



 『仄花』という言葉を最愛の夫の口から耳にした響華は僅かに眉間にシワを寄せた。



「…別に仄花さんを否定するつもりは無いのだけれど、他の女を引き合いに出すのは心外ね」



 明らかに声のトーンを落とした響華は苦言を呈した。例え相手が主人である凌に忠実な仄花であっても他の女と比べられるのは気に食わないらしい。

 


「…すんません」



「まぁ、許してあげる。流星くんは私の夫だもの」



 まだ結婚していないと言いたい所だったが、今の発言は完全に自分に非があるので流星は黙ることにした。



「…ん?流星くん、あれ」



 響華が舞台上を指差す。流星がその先に視線を向けると仄花が演壇の前で固まっていた。



(…なんであれ固まってるんだ?急な腹痛とかか?それともセリフが飛んだのか?…あ)



 流星は仄花を数秒見て理解した。

 仄花と演壇の間には足りないものがあった。それは、身長である。

 仄花は他の生徒達よりも身長が一回り程小さく、あの演壇でマイクに届くように演説するにはその身長差を埋める台座が必要だ。しかし、本来用意されているはずの台座が無い。仄花が固まっているのはそのせいだろう。

 手筈が狂ったのかは分からないが、このままだと選挙に支障が出てしまうことは確実だ。流星はなにかないかと周囲を見回す。



(なにか…お?)



 周囲を見回す流星の目に止まったのは機材を収納するための木箱。人が一人乗れそうなサイズの物が扉の側に転がっている。 

 丁度いいところに転がっていた箱を拾いげた流星は手で軽く叩いて強度チェックをする。



(…よし、これなら)



「ちょっと、流星くん!?」



 流星はそれを持ち出すと舞台袖から出て仄花の元へと駆け寄る。

 仄花は駆け寄ってきた流星を見て表情を変えずに淡々と状況を述べ始める。



「流星様、リハーサルのときにあった台座が不手際か用意されておりません…このままでは私は凌様のお役に立つことが…」



「仄花、これ使え」



「流星様…ありがとうございます。…なんなら流星様が抱き上げていただいても構わないんですよ?」



「この五に及んでそんな事言うな。さっさと始めろ」



 流星は仄花の足元に木箱を添えると、舞台袖へと駆け足で戻っていった。仄花はその背に精一杯の微笑みを向けるが流星はそれに気づかない。

 舞台袖に戻ってきた流星に響華が声をかける。



「流石ね流星くん。よく周りが見えているわ。鼻の下を伸ばしてたのは関心できないけれど」



「伸ばしてないですから!…ていうか見えてないでしょう」



 流星のツッコミに響華が応じることは無い。これ以上言っても無駄だと判断した流星は大人しくパイプ椅子に座り込む。

 流星に渡された木箱に乗り、演壇の前でペコリと頭下げた仄花はワンテンポ置いてマイクに向かって話始めた。



「皆様、はじめまして。この度立候補される凌様の補佐を務めさせていただく不知火仄花です」



 小さい身長に整った顔立ちの仄花を見た観客席からは『可愛い』というワードが飛び交う。仄花はそれを気に留める様子も無く淡々と続ける。



「幼い頃から側に仕えさせていただいていた凌様が立候補するということで私が副会長を務めさせていただくという運びになりました。今回は皆様に凌様が生徒会長に相応しいということをお伝えさせていただきます」



 ハキハキとした聞きやすい声でゆっくりと話していく仄花。その視線は観客席を一心に見つめている。よく見てみると彼女の手には原稿どころか何も握られていない。恐らく全て暗記してきたのだろう。

 流星は流石だといわんばかりにフッと笑う。しっかり者の仄花らしい。



「凌様は非常に几帳面な性格で身の回りの整理整頓は怠らず、学習面でも予習復習を欠かせません。生徒会長という問題事の解決は避けられない役職においてこの几帳面な性格は必要不可欠とも言えるものです。この点だけでも十二分に相応しいと言えますが、凌様には相応しいと言える点がまだあります」



 語気を強めて強調する仄花。これで終わりでは無いのは誰もが分かっていることだ。

 仄花は表情を一切変化させることもなく続ける。



「凌様は非常に勤勉です。この学園での学習だけに留まらず、フランス語、ドイツ語を学んでいます。そのレベルは常用できるレベルであり、先日も駅のホームで迷っていたフランス人のお方と対話して案内しておりました。現状に満足せずに学び、精進する。この行為はこの学園をより良いものへと昇華する上で重要なものと言えるでしょう」



 淡々と述べる彼女の声色にも次第に熱が入っていく。その言葉の一つ一つからは主人を勝たせたいという彼女の思いが伝わってくる。

 一度は流星の前に敗れ去った二人。此度のリベンジはまたとない機会。主人の恥は従者の恥。主人の敗北は従者の敗北なのだ。この勝負、負けるわけにはいかない。

 仄花の瞳に映るのは流星の後ろ姿。負けるわけには、いかないのだ。



「この二つに加えて更にもう一つ。凌様が生徒会長に相応しい理由があります。それは兼ね備えたリーダーシップです。…先日流星様がおっしゃられたように凌様は以前、流星様の前に破れました」



 仄花の言葉に会場が沸く。それと同時に舞台袖で待機している凌の表情も歪んだのが反対側からでも見えた。恐らく、これは凌も予想していなかった仄花のアドリブだろう。流星は思わず吹き出しそうになり、口を押さえる。



「流星様は凌様に大掛かりな仕事を任せることが多々ありました。自分よりも、と。…私はそうとは一ミリも思ってはおりませんでしたが、流星様はそう判断したようです。凌様は頼まれた仕事をこなすことでリーダーシップを培ってきました。流星様は残念なことに凌様を育ててしまったのです」



「…なるほどね」



 流星は仄花の演説に言葉をこぼした。中学時代、流星は凌に仕事を任せることが多かった。凌は演算能力が高く、的確な指示を出す事ができる。自分がどうこうするよりも彼がやったほうが有意義だと判断したからだ。…見方によっては押し付けているだけに見えるがそうではない。断じてそうではない。

 だが、どうやらそのことが凌を育てるいい機会になってしまっていたらしい。任せていたツケが自分に回ってくるとは思っておらず、流星は過去の自分に小言をこぼした。



(…仕事ぐらい自分でやろうね昔の俺)



「リーダーシップという生徒会長に必要不可欠なスキルを身に着けた凌様は生徒会長というこの学園の象徴に相応しいと言えるでしょう。この学園の未来を栄光へと導くため、皆様どうか清き一票をお願い致します」



 聴衆達への念押しの願いを告げた仄花は木箱から降りて一礼する。聴衆からの拍手が彼女を包んだ。

 仄花は木箱を両手で持ち上げると舞台袖へと戻っていく。



「流石ね。仄花さん」



「えぇ。仄花以上に凌を知ってる人間なんて少ないどころかいないですからね」



 文句なしの演説に響華と流星も敵ながら関心する。彼女の主人への忠誠心も垣間見えるような演説だった。

 会場を見るにパッションは完璧だ。凌の長所がしっかりと伝わっている。流石と言わざるを得ない。

 だが、それでも勝たなければいけないのだ。再び集ってくれた皆のためにも、励ましてくれた凌のためにも、こうして隣に立ってくれている妻のためにも。



「仄花様、ありがとうございました。続きまして、響華様、よろしくお願い致します」



「…私の出番のようね」



 響華が毅然とした態度で呟く。いつも冷静な彼女もこの時ばかりは顔がこわばっているように感じれた。



「行ってくるわ」



「待ってください」



 演壇へ向かおうとする響華を流星が引き止める。振り向いた彼女は流星を見て疑問符を浮かべた。

 流星は響華の手を優しく取り、そして



「じっとしててくださいね…」



「流星くん、何を…」



チュッ



 軽い口づけを一つ、彼女の手に落とした。

 鋼鉄の響華の表情が僅かに崩れる。



「りゅ、流星くん!?何を…///」



「俺からの餞別です。頑張って」



 響華はそのまま静かにこくりと頷くと流星に背を向けて演壇に向かって歩き出した。その頼もしい背中を流星は見届ける。

 去り際に放った彼女の一言はらしく無くか細い声だった。



「そういうところが…ズルいのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る