開幕、生徒会選挙
大接戦の討論会から数日。流星は再び大講堂の舞台袖にて待機していた。
例年通りに討論会からのハイペースで開催となった生徒会選挙。ついに本番を迎えた流星は討論会前より盛り上がる会場の空気に圧倒されていた。
(やっば…討論会の時より人数いない?流石にこの人数相手は少し緊張するかも…)
舞台袖から覗いた観客席はこの後に行われる凌対流星の議論で盛り上がっていた。端から端までびっしりと生徒で埋め尽くされている。その人数は有に討論会の人数を超えている。
それもそのはず。この創生学園にて生徒会選挙は四大行事の一つでその中でもその人気は頭ひとつ抜けている。生徒全員が未来を託すことになる生徒会長誕生の瞬間を見届けようと集結するのだ。
(とんでもないな創生学園…お?)
客席を見回す流星の視界の端にいつものように揺れる金色の髪が入る。視線をそちらに持っていくと客席から真帆達が流星に向かっててを振っていた。今回は真帆達の出番は無いため客席にて待機だ。
よく注視してみると真帆達の両手には『りゅーちん』と書かれたうちわが握られている。真帆がそれを裏返すと『こっち見て♡』と書かれているのが見えた。いわゆる”応援うちわ”というやつだろう。
(何やってんだあいつら…てか一翔もノリノリで振ってんじゃねーよ。止めろ)
ブレーキ役が壊れてしまっていることに苦笑しながらも流星は真帆に手を振って返す。その様子を隣で見ていた女王はどうやら気に食わなかったようで。
「妻の前で堂々と浮気とは、いい度胸ね」
「…手振っただけで浮気になるんですか?ちょっと厳しすぎません?」
「当然でしょう。そうしないと変な
最愛って自分で言うのかというところはあえて触れず、流星は表情に出さずに拗ねている響華の手を取る。
「…少し緊張してるんで手、握ってていいですか?今頼りにできるのは響華さんだけなので」
「…別にいいけど、『さん』は余計よ」
流星に手を握られたことが嬉しかったのか響華の手は流星の手と指を一本一本絡めてぎゅっと結んだ。恋人つなぎである。少しは機嫌を直してくれたかと流星はちらりと響華の顔色を伺う。その表情は普段と変わらないものだったが、僅かに耳が赤くなっているのが見えた。
響華は『流星になにかする』時は平然としてやってのけるが、『流星になにかをされる』事にはめっぽう弱い。現に今もこうして感情の起伏を見せている。流星はそのことをしっかりと知っていた。
(…かわいい)
「おーい、りゅうせ…って取り込み中だったかな?」
「あ、蓮斗先輩」
舞台の裏口からやって来たのは
「なんでここに?もうすぐ始まっちゃいますよ」
「いや〜お前と一回は話しておこうと思ってさ。この前の討論会では話せなかったし」
蓮斗は時々こうして『自分がやりたいから』という理由で動くことがある。昨年の改革もその一例だ。旧生徒会のメンバーからはよく『責任感を持て』とお叱りを受けていたらしい。全くだ。
「…そんな理由でここに?」
「え?そうだけど?」
(…全く、この人はもう少し生徒会長としての自覚を持ってくれ…まぁもう生徒会長じゃないけど)
「お隣の人はもしかしてだけど…」
「綾部響華です。流星くんの妻です」
「おぉ〜流星、随分といいお嫁さんを見つけたんだな〜」
「…からかわないでください」
流星と手を固く結ぶ響華の様子を見て蓮斗はニヤニヤとした笑みを浮かべる。口元を手で隠しているのが余計に腹が立つ。
「あと響華も変な事言わないで」
「変な事じゃないわ。事実よ。それに今更ごまかした所ででしょう?」
「まぁ、そうではありますけど…」
なぜか論破された流星は言葉に詰まる。今更でも少しぐらいは遠慮して欲しい所だが、叶わぬ願いだ。
「にしても、俺が誘ってもあんだけ頑なにやらなかったお前が自分で立候補するとはな」
「…今回は訳が違うんですよ」
一年前、蓮斗は生徒会選挙に立候補するにあたって流星をメンバーとして招集しようと試みた。なぜなら彼もまた惨劇を知る者だったから。中学の流星の活躍を見た蓮斗は彼を仲間にすれば勝てると踏んだ。
しかし、流星は彼の招集に答えることは無かった。理由は当然。こちらに来たばかりの流星の心はあまりにも傷つき過ぎていたからだ。友を失った末に行った改革も彼にとっては成功と言えるものではあらず、真帆との関係も自ら断った。流星には全てが痛すぎた。
しかし、蓮斗もそこで諦める程潔い人間ではなかった。蓮斗は拒否する流星に何度もアプローチをかけた。流星が逃げれば蓮斗が追いかけ、流星が隠れれば蓮斗が意地でも探し当てた。そうして地獄の追いかけっこは二ヶ月に及んだが、流星が蓮斗の思いに答えることは無かった。
「なんだよ〜今立候補するんだったら俺と一緒にやってくれてたって良かったじゃんか」
「別に、俺だってやりたい時とやりとうない時があるんですよ」
「じゃ去年はやりとうなかったってこと?」
「そういうことです」
「相変わらずつれない奴だな…ま、お前が楽しそうで何よりだよ」
蓮斗はやれやれといった様子でそう言った。惨劇を知る者の一人として今の流星を見て安心したのだろう。安堵の様子だ。
「ちょっと蓮斗くーん?」
不意に花を撫でるような優しい声が響く。声の方を見やると、蓮斗がやって来た方の裏口から顔をひょこっと覗かせる白髪美しい少女がそこにいた。
長いまつ毛か風に揺れ、その桃色の瞳が蓮斗を見つける。蓮斗よりも少し小柄な彼女は不満の声を漏らしながら蓮斗へと近づいて来た。
「あ、七瀬」
「もー!蓮斗くん探したんだから!もうすぐ始まっちゃうのに帰ってこないし…皆探してたんだからね!」
彼女の名は七瀬綾華。旧生徒会の副会長だ。昨年は蓮斗のサポート役として数々の場面で蓮斗を助けてきた蓮斗の保護者役だ。頬を膨らませて怒る彼女はその背も相まって幼児のようだ。
「すまんすまん…久しぶりに流星と話したかったんだよ」
「それは後でもできるでしょ!…ごめんね流星くん本番前に」
「いえいえ、大丈夫です。緊張をほぐすのにはちょうど良かったので」
綾華からの謝罪に笑って返す流星。彼女も苦労人だ。同じ風を感じてなんだか嬉しくなる。
そんな流星の横で気を張り詰める女王が一人。初めて出会った女に対して愛する夫には近づかせまいと警戒モードに入っている。
そんな響華を流星は片手で静止した。
「…大丈夫です。警戒しなくても」
最愛の夫である流星に止められた響華は疑問符を浮かべたが、目の前の二人の様子を見てその行動に納得した。
「もう!行くよ蓮斗くん!迷惑かけたんだから今度アイス奢りね!」
「分かったよ…今度のデートでな」
「…」
「この二人、デキてるんで」
蓮斗の腕に飛びつく綾華。蓮斗はそれをしっかりと受け止め、流星と話す時とは違う甘い声で話す。この人目を憚らない姿勢は流星達よりもバカップルと言えるだろう。これには流石の響華も警戒モードを解いた。
呼吸をするだけで甘い味が口に広がるような空気を醸し出す二人を前に流星もやれやれといった様子だ。
「それじゃ流星くん、頑張って!」
「健闘を祈るぞ流星」
甘々な空気の二人は流星に激励の言葉を残すと裏口から仲良く去っていった。残された二人を祭りの後のような静寂が包む。
「…なんだか台風みたいな人達だったわね」
「…緊張をほぐすにはちょうど良かったんじゃないですか?…俺は疲れましたけど」
「…座りましょう。もうすぐ始まるわ」
二人は再びパイプ椅子に腰掛けた。
過ぎ去った台風の後にため息をつきながらも、口の中に残る甘さを水で洗い流した。
「皆様、お待たせ致しました。これより、生徒会選挙を開催致します」
「…始まったわね」
あの二人が去ってから数分。遅れて生徒会選挙の開始がアナウンスされた。拍手で包まれる会場。最初からボルテージは高い。討論会とはまた違う緊張感が流星の背筋を走った。
今回は本番。いよいよ決着が決まる。ここでしくじってしまえば全ての努力は水の泡だ。今までよりも大きな重圧が流星にのしかかる。
(やっぱり慣れないな…この重圧は…!)
一度体験したことでもそう簡単には慣れない。あの日無我夢中で足掻いた景色が流星の瞳に映る。演技し、欺き、蹴落としたあの時とはもう違う。正々堂々ぶつかることでそれを証明してやる。そう決意し、手にぎゅっと力を込める。
その流星の手にもう一つの手が寄り添う。
「…響華」
「分かっているわ。耐え難いというのは私も同じよ。正直、苦しいわ。それでも、私達はやらなくちゃいけない。皆の思いは無下には出来ないわ。あの鼻につくお坊ちゃまに一泡吹かせるためにも、しっかりやらなくちゃ。この重圧さえも楽しんでいきましょう」
流星の副会長として、妻として寄り添う響華の言葉。何よりも誰よりも彼を信じ、そして支える彼女の言葉は流星の心に深く響いた。
流星の肩がすっと軽くなる。
「…そうっすね。リラックス、ですね」
重ねられた響華を流星はギュッと握った。
「始めに、前期生徒会長の挨拶をいただきます。楠木様、お願い致します」
そうこうしていると、進行役のアナウンスが鳴り響く。アナウンスを受けた蓮斗がゆっくりと立ち上がり、ステージへと上がってくる。今日も彼の挨拶からのスタートだ。
蓮斗は演壇の前までやってくると討論会でもそうしたように一礼した後に話始める。
「梅雨寒のk___あれ?」
蓮斗は出力されていないマイクのスイッチを確認して、はっとしたような表情を浮かべる。
客席がざわつき始めた所で蓮斗が再び話始める。
「…失礼、マイクがオフになっておりました」
若干照れ気味にそう言った蓮斗を見て、観客席からは笑いが巻き起こる。
「ドジっ子アピールかかいちょー!」
「…まぁそういうことにしておきましょう。私も引退とは言え人気で負ける気は無いのでね」
僅かなトラブルでさえも、自分の空気へと持っていくきっかけにしている。僅かな事を自分のアドバンテージに変えることのできる彼が選挙に当選するのは当然の事といえるだろう。
「さて改めまして…梅雨寒の候、すぐそこまで迫った夏が見えるような天気となった今日このごろですが、いかがお過ごしでしょうか。私は先日の討論会での興奮がいつまでも冷めず、夜しか眠れない日々が続いております」
蓮斗の小ボケに観客席からは『いつもどおりだろ!』とツッコミが飛んでくる。流星もしつこいまでの小ボケにはにかむ。
「討論会の興奮冷めやらぬまま本日は生徒会選挙を迎えました。皆様の間でもどちらが勝利を収めるか議論が飛び交っていることと思われます。この勢いのまま諸星くんのジャイアント・キリング達成となるのか、はたまた黒木くんが威厳を見せつけるのか。気になる所です」
蓮斗はちらりと流星の方を見やる。バッチリとあったその目線は自信に溢れている。蓮斗は安心した様子で再び客席側へと向き直る。
「…心配は無用のようです。本日は学園の未来を担う二人の行く末を見届けるとしましょう。以上で前期生徒会長の挨拶と致します」
演壇から下がって、一礼。それと同時に客席からは多大なる拍手が送られる。流星も響華もその場で拍手を送った。
「流石ね生徒会長」
「そうっすね。でも、あれに負けないぐらいで行かないと」
並び立つその夫婦の瞳は互いを映し出す。見つめ合ったその瞳は互いへの信頼と自信で溢れている。二人の相性はこの世の誰にも及ばない。
言葉を交わさずとも通じ合ったその意思は二人を結びつける。
「行きましょう流星くん」
「えぇ。もちろん」
二人が立ち向かうは誇り高き魔王。絶対王政への反乱を今ここに起こそうとしていた。
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