帝王紫の君

 雨模様の空。しとしとと降り注ぐ雨音が傘を叩く。そんな雨の中肩身を寄せ合って歩く影が二つ。

 いつもどおりの帰り道。雨を浴びた道が煌々と二人を映していた。二人で歩幅を合わせながら歩いていく。

 今日は雨の中二人で一つの傘に入り、共に帰路に着いていた。流星は方がぶつかりそうな距離にいる絶世の美女の彼女に声をかける。




「響華さん」




「さんは余計よ。何かしら流星くん」




「傘、持ってますよね」




 流星の視線は響華の腕に下げられているビニール傘へと向けられる。雨という傘が活躍する絶好のチャンスに使わない響華に対して流星は疑問符を突きつける。

 響華は何食わぬ表情を一つも変えずに口を開いた。




「こんな絶好のシチュエーションで相合い傘をしながら帰れるなんてそう無いでしょう?傘を使うなんてもったいないわ」




「…左様ですか」




「こうやって肩身寄せ合いながら二人で帰るなんて、素敵だとは思わない?」




「んー…まぁ確かに」




 他愛もない会話を交わしながら二人はレンガで整えられた学園の道を歩いていく。

 すぐ横には自分の事を狂気的なまでに好いてくれている異性。ふわっと心をくすぐるようないい香りが漂ってくる。男子高校生というか全男性が興奮するシチュエーションだ。流星はうるさい鼓動を必死に抑えて歩いていた。




「そう言えば流星くん、生徒会の話なのだけれど…」




 話題は自然と生徒会選挙に移り変わる。生徒会選挙まであと二ヶ月ほど。そろそろメンバーを集めておきたい時期だ。

 創生学園の生徒会選挙は短期決戦で行われる。一ヶ月の期間内に行われる立候補者挨拶、討論会、生徒会選挙をすべてこなして行かなくてはならない。準備は早々に済まさなくては。




「だんだんメンバーは集まってきましたけど、あと二人ぐらいは欲しいですね」




「…実は一人お願いできそうな人は見つけてあるの」




「え?マジっすか!誰なんです?」




「それは後のお楽しみよ」




 響華は人指し指を口元に当てて、どこか妖艶な含みのある笑みを浮かべる。その笑顔の破壊力に流星は更に鼓動を加速させる。笑顔一つでここまで人を狂わすのはもはや才能だろう。頬に熱を感じた流星は咄嗟に顔を逸らした。

 そんな様子の流星を見て響華は満足げな笑みを溢した。




「ふふっ、可愛い人」




「やめてください…どこで覚えたんですかそんなの」




「流星くんの部屋にあった漫画よ」




 (マジかよ…)




 どうやら響華は流星の好みの漫画から技術を吸収したらしい。この時ばかりは怪物をパワーアップさせてしまった自分の趣味を恨む流星だった。




「おい、持ってんだろ?いいから出せよ!」





 校門を出たところで二人の耳に喧騒の声が飛び込んでくる。声のした方を見ると一人の男子生徒が大柄の男子四人に囲まれている。服装からするに他校の生徒だろう。

 御曹司やら政治家の息子やらが通うこの学園に怖いもの知らずでカツアゲをしに来るチンピラはよくいる。その度騒ぎになっているが懲りずにまた来たようだ。

 隣から冷たい空気を感じた流星が横を見やると響華が深淵を宿したような瞳で四人組を見つめている。響華はああいう見た目だけの中身の無い人間が嫌いだ。ましてやあんな事を見せつけられては許せないのも当然だろう。

 流星は既に意識が向いている響華に横から声をかける。




「…あれ、まずいっすよね」




「えぇ。見過ごすわけには行かないわね」




(…でもあの絡まれてるやつ、どこかで見た気が…あ)




 流星は雨の中をお構い無しに進んでいく響華をの後を追いかける。なかなか金を出さない男子生徒にしびれを切らしたのか既に四人組の一人が生徒に手を上げそうになっている。

 響華が静止の声を上げようとしたその時だった。




「テメェ!いい加減n」




ゴッ




 鈍い音と共に突っかかっていた一人が倒れる。囲まれていた生徒が頭突きで一人をノックダウン。それを見た二人目が殴りかかる。




「この野郎、調子にのんなよ糞メガネ!」




「あ”?」




 殴りかかってきた所を華麗に身を反らして交わし、開いた横顔にエルボーをかます。衝撃でふらついたチンピラの一人は壁に衝突。そのまま倒れ込んだ。

 まさかの自体に怯みながらも三人目が声を上げて突っ込んでいく。だがその拳は当たることは無く、空中で一回転した見事な回し蹴りで二人目のチンピラの上で撃沈した。

 圧倒された三人を前に残された一人は情けない声を上げて逃げ出していった。ビニール傘がハラリと水溜りに落ちる。

 他校のチンピラを相手に圧倒した一人の生徒を前に響華も唖然とした表情。響華の後に続いてやってきた流星はようやくその既視感の正体を思い出した。




「…あ!凶真!」




「ン?…流星?」




 流星の声に反応してその男子生徒は振り返る。メガネを掛けた細身の生徒でとても喧嘩が強そうには見えない身なり。雨を浴びて輝く帝王紫の髪の毛。それは幾度となく苦楽を共にした流星の記憶にしっかりと残っていた。

 二人の反応を見るやいなや響華が流星に疑問の声をかける。




「流星くん、もしかして知り合いの子?」




「あぁ、そうっす。こいつは…ってその前にこの人達をどうにかしましょうか。このままじゃ通る人の邪魔ですしね」




 流星が凶真と呼ぶ生徒に圧倒され気を失っている三人。このままでは流星の言う通り邪魔になるだろう。

 学園の職員でも呼んだほうがいいのだろうが流星は面倒事が嫌いだ。このまま隠蔽してこの場を去る方が都合がいい。




「…そうね。せめて路地裏にでも置いておきましょう」




「凶真、少し手伝ってくれ」




「おう。相分かったぜ」




 流星は二人と協力してチンピラ三人を近くの路地裏まで運んだ。

 ちょうど運び終えた所で流星の目端に学園の職員の姿が目に入る。

 二人にそのことを視線で伝えるとバレないように裏路地を抜けてその場を後にした。

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