ヤンキーは甘いものが好きって相場が決まってる

 学校から数分、流星達は駅前のカフェまでやってきた。響華はすり寄ってくる男を静かなる視線で牽制しながら扉を開いた。

 扉に取り付けられた鐘がチリンチリンと鳴る。JKやカップルで賑わう店内から鐘の音を聞きつけた店員がやって来た。人数確認を済ませると流星達を奥の席へと案内していく。




「…」




 凶真は普段足を入れることのない空間に周りをキョロキョロと見回す。

 パンケーキの焼ける甘い香りや焙煎した豆から漂う香ばしい香り。壁や座席の傍らに設置されている観葉植物。どれも凶真にとっては新鮮なモノばかりだった。




「こちらの席になります。ごゆっくりどうぞ」




「ありがとうございます」




 流星達が案内されたのは四人席。二対二の席に流星の隣には響華が座る。店員が戻ったところで息を一つ吐いた。




「…ふぅ、なんとか見つからずに済みましたね。凶真もありがとな」




「いや、礼を言うのはこっちだ。流星のおかげで騒ぎにならずに済んだからな。あと…」




「綾部響華よ」




「綾部さんもあざっす!」




 凶真はバッと腰を90度に折って二人に深々と礼をする。流星は『まぁまぁ』と凶真に頭を上げさせると響華に紹介する。




「じゃ、改めて。こいつは神宮司凶真。俺の中学からの知り合いです」




「凶真っていいます。よろしくお願いしゃす」




「ちなみに元ヤンです」




「ちょ、流星…」




 神宮司凶真。流星の中学からの知り合いで喧嘩では負け無しの元ヤン。今は足を洗って普通の生徒として過ごしている。が、先程のように他校のチンピラに突っかかられるとヤンキーの血が騒いですぐに手が出てしまう。 

 本性が隠しきれないヤンキーである。

 流星から元ヤンという事を聞いて響華は納得した様子。合点したような声が口から抜けて出てくる。




「あぁ、だからさっきは一人で…いやそれにしても強すぎじゃない?さっきの三人組、なかなかガタイがよかったけれど…」




「凶真は『孤高の神宮司』っていう二つ名で呼ばれるぐらい激強なヤンキーだったんです。あんなの朝飯前ですよ」




「やめろって流星…それはもう昔の話だ。俺はもう足を洗ったんだよ」




「神宮司…だとしてもすごいわね。あんなことできるのはどこかの騎士様とアナタだけよ」




「へへ…あ、あざっす」




 凶真は少し頬を赤らめながらそう言った。現に今の凶真は極力目立たないように学園生活を過ごしている。クラスメイト達にも自分の素性は明かしていない。そのほうが都合がいいからだ。

 世間一般的にはとても良いとは言えない過去とは言え、自分でも誇りに思う功績であることに変わりは無い。凶真は照れくさそうに笑った。

 そんな照れくさそうに笑う凶真の顔を見た流星はどこか違和感を感じた。久しぶりに会ったからだろうか。いや違う。確実になにかが変わっていた。

 流星の視線に気づいた凶真はぎょっとした表情を浮かべる。




「…ど、どうした流星?」




「…いや、お前メガネなんてつけてたっけ?」




 流星にそう言われた凶真は『あぁ…』と声を漏らすとメガネを外して流星に渡して見せた。




「これは伊達だ。本物のメガネじゃない。まぁなんだ、目立たないようにってやつだ」




「へぇ〜…でもお前、髪の毛で結構目立つけどな」




「…それは自分でも思ってる」




「髪色は戻せばいいんじゃないの?」




「あー…俺のは地毛なんですよね」




「…これが地毛?」




 響華は既視感と共に信じられないといった声を漏らした。

 凶真の帝王紫の髪色は父親譲りのもの。よく風紀委員や生徒指導部の教師に指摘されるが決して染めている訳では無い。親から貰った髪の毛を染めるのも忍びないので本人としても困っている。




「…うちの学園は変わった髪色の人が多いのね」




「そういう学園ですから。多様性の時代ですし」




「でもその髪色どこかで…まぁいいわ」




 響華も疑問に思う所があったが、目を瞑ることにした。よく考えてみればおかしい所があるのはきっと気の所為だろう。




「さぁ、ちょうどよく凶真に会えたことだし本題…の前に、なにか頼みましょうか」




 このまま何も頼まずにいるのもマナー違反だと感じた流星は立てかけてあるメニュー表を取り出す。真ん中に広げて三人で頼むものを決めることにした。

 何やら難しい表情を浮かべる凶真が唸るように口を開く。




「…こういうとこ普段こねぇから分かんねぇ」




「あーそっか。ここパンケーキがめっちゃうまいんだぜ?」




「パンケーキ…」




 凶真の目線の先にはパンケーキを前にスマホを持ち出して楽しむ二人のJKの姿。凶真の中で『パンケーキ=女の食べるも』のというイメージが存在しているため、自分がパンケーキを頼むのもどうなのかと抵抗感が生まれる。

 悩む凶真を置き去りに流星は響華とメニューを決めていく。




「響華はどれにします?」




「そうね…このベリーのパンケーキにするわ。流星くんは?」




「う〜ん、このバナナパンケーキにします。凶真は?」




「…ん?え?」




「どれにするか決めたか?」




「あぁ、いやまだ…」




「なら、俺と一緒のやつにしようぜ」




 正直ここはコーヒーのみでと考えていた凶真だったが、他でもない流星の誘いとあらば断るわけにはいかない。凶真は数秒の葛藤の後に返事を返した。




「…じゃそれで」




「よし、じゃ決まりだな。すいませーん」




 厨房に向かって声をかけると一人の店員がやってきた。店員は三人分の注文を一つ一つメモを取り聞き終えると、再び厨房の奥へと消えていった。

 しばし待ちの時間ができた流星は凶真に今回ここまで誘った旨を伝えることにした。




「凶真、今回お前をここに連れてきたのはお前に頼み事があるからだ。…まぁ無くても連れてきたけど」




「…まさかとは思うが…生徒会選挙か?」




「お、勘が鋭いな。流石凶真」




「…マジか」




 凶真は自分で言っておきながら驚きの声を上げる。なぜなら彼も過去の流星を知っている人間の一人だから。

 どこかのマッドサイエンティストといい騎士様といい『生徒会』という単語が流星の口から出るたびになにか訳ありな反応を見せる人々に響華はたしかな違和感を覚えながら二人の会話に耳を傾ける。




「今度の生徒会選挙に立候補しようと思っててな。お前にも手伝って欲しいんだよ」




「ちょっと待て。話が見えてこない。なんでお前がまた生徒会に…」




「う〜ん、なんでかって言ったら凌にやれって言われたからとしか言えないんだけど…」




「…凌のやつ何考えてんだ…」




 凶真は肩をガックリと落としてため息にも似た声を口から漏らした。額に手を当ててやれやれと言った表情を浮かべる。

 その様子を見て流星も苦笑を浮かべる。その横顔から漂う哀愁に、響華は気づいていた。




「…流星くん」




「?どうかしましたか?」




 流星の表情は響華に声を聞くのと同時に表情を明るいものに変わる。いや、取り繕ったと言ったほうが正しいだろう。響華今までは普通だったその笑顔がどうしようもなく悲しいものに見えた。

 不意に言葉が喉元まで上がってくる。彼の知らない部分が垣間見え、踏み込んでいこうという好奇心が響華の心をくすぐる。が、ぐっと抑えて飲み込んだ。

 好奇心というその場の気持ちで踏み込んでいいものではないと響華の本能が喉元まで来ていた言葉を食い止めた。このまま踏み込んでしまえばきっと後悔する。

 響華は逸る気持ちを抑えて自分を諭した。




「響華?」

 



「その…ッ…なんでもないわ」




「そう…ですか。なにかあったら言ってくださいね?」




「…なぁ、流星」




 タイミングを見計らっていた凶真が口を開く。顔を上げた凶真の真摯な瞳が流星の朱に染まった瞳を映す。




「お前は、やりたいのか?」




「…」




「”あんな事”があった後でも、まだやりたいと言えるのか?」




「…」




 それは凶真からの心に訴えかける言葉だった。流星の過去を知っている彼だからこその心から心配する気持ち。流星を引き止めるべきなのではという感情が言葉となって流星にぶつかる。

 今まで会ってきた二人の時もそうだった。流星が引きずってきた過去が足に纏わりつく感覚。ただ抜け出せないこの感覚が流星を襲った。憎悪、妬み、嫌悪、厭忌。嫌というほど味わってきた負の感情が流星の心を殴りつける。もう、見て見ぬ振りは通用しない。

 だが、そんな思いの中でも流星の意思は既に固まっていた。




「俺はやるよ」




「…そうか」




 ただそれだけ。短い一言だった。澄んだ表情で凶真に言い放った一言からは流星の確かな覚悟が見受けられた。

 凶真はその言葉を受け取り、一言返すとふっと微笑んだ。『安心』という言葉が合う表情を浮かべる凶真はその視線を流星に向けたまま口を開く。




「いいぜ。お前がやりたいって言うなら付き合わなくちゃな」




「お前ならそう言ってくれると思ってたよ。凶真がいれば百人力だ。」




「大袈裟だな…」




 口ではこう言っているが、茶化すように感謝を伝える流星に凶真も満更でもない様子。このヤンキー、割とちょろい。




「…案外あっさりだったわね」




 響華の脳裏には再び憎き騎士様の姿が浮かぶ。ムカつくぐらいに爽やかな笑顔に暗い目で見つめてくる騎士が響華を貫いた。

 自分で思い出しておきながら眉間にシワを寄せ始める響華に流星が話しかける。




「きょ、響華さん?」




「さんは余計よ。何かしら」




「なんかすごい不機嫌そうでしたけど…」




「…気の所為よ」




「…そうですか?ならいいんですけど…」




 響華としては誤魔化したつもりだったが、思ったより表情に出ている。脳内で騎士様の挑発を受けているらしい。誤魔化すどころかどんどんシワが深くなっている。

 なんだか不穏な空気を感じた流星は深く触れないようにすることにした。




「あ〜…ちょっとお手洗いに行ってきます。パンケーキ来たら先に食べててください」




「一人で大丈夫?ついていく?」




「遠慮しておきます」




「良ければ手伝って上げるけど?」




「…遠慮しておきます」




 流星は不意に迫ってきた尿意に席を外した。返事まで少し間があったのはyesと答えたらどうなるのか気になっただけで断じて淫らな考えがよぎったわけではない。断じて違う。

 



「…」




「…」




 初対面ながらに二人きりの状況になってしまった凶真と響華の間には沈黙が流れる。周りから隔絶されているのかと思わせる程の沈黙の中、凶真はなにか話題はと必死に考えていた。

 この男、実はあまりコミュニケーションが得意なわけではなく話しかけられても言葉に詰まってしまうことが多い。『孤高の神宮司』の異名はこのことからもきている。

 共通の話題はなにかと考えてみたはいいものの、思いつくのは流星のことだけ。相手は学園で有名な愛情激重女王様。下手なことを言えば何をされるか分かったものではない。

 変な所で弱気なヤンキーである凶真はスマホを見る振りをしながら響華の顔色を伺っていた。




「凶真くん」




「へっ、は、はい」




 不意に透き通るような声で名前を呼ばれ、凶真はビクッと肩を跳ねさせる。

 響華は冷静沈着な表情を崩さずに二つの蒼で凶真を見つめる。




「アナタに一つ、聞きたいことがあるの」




「俺に聞きたいこと…ですか?」




「えぇ。その、流星くんのことなのだけれど」




 響華の瞳がほんの僅かに揺れた。そこで口を噤んだ響華を見て凶真が口を開く。




「…もしかしてっすけど、流星の過去のことじゃないですか?」




「…え」




「やっぱりっすか…」




 目を見開く響華を見て、凶真はやれやれといった顔で息を一つ吐く。




「全く、あいつは…ちゃんと言っとけって…」




「凶真くん、その、流星くんは、流星くんには何があったの?」




 動揺からか響華の口からは言葉が途切れながら出てくる。自分の知らない流星のことが分かる。そう思った途端に響華の中でなにかが激しく揺れた。

 珍しく取り乱す響華の瞳とどこか呆れた様子の凶真の瞳がばっちりと合う。




「…申し訳無いですけど、俺の口からそれを言うことはできません」




「…どうしてか、聞いてもいいかしら」




「これは俺が言うべきじゃないからです。あいつの口から直接、綾部さんに伝えるべきことなんです」




「私に…直接伝えるべきこと…」




 凶真の言い放った一言が響華の中でこだまする。妙に含みのある言い方に響華は言葉を飲み込むので精一杯だった。

 俯いた響華はか細い声で呟く。




「流星くんどうして…」




「…その、生徒会に関わる以上、きっとその時が必ず来ます。だからどうか、それまでは触れないでやってくれませんか」




 凶真は頭を下げる。申し訳無さでいっぱいの彼にできる最大限の言葉。流星を、彼を信じてやってほしいという心からの願い。それは凶真の言葉を通じて響華の心に響いた。

 響華の中ではどうしても『なぜ』という感情が何度も心を突き刺した。だが、妻を名乗る以上流星を信じないわけにはいかない。それは響華が心に誓った自分の使命であり、彼と自分をつなげる証。唯一の願いだった。

 響華はいつもの表情を取り繕うと凶真を見つめて言った。

 



「…えぇ。分かったわ」




「…あざっす。そう言ってくれると信じてました」




「当たり前よ。私は流星くんの妻なんだから」




 いつもの調子に戻ってきた響華を見て凶真も安堵の表情を浮かべる。安心した凶真は背もたれにより掛かると一つ長い息を吐いた。色々な感情が籠もった息が口から抜けていく。窓を覗くと雨雲は去り、雲の隙間から光芒が降り注いでいる。いつの日か彼と見た空と全く同じだった。

 



「うぃーっす…どうした凶真?なんか疲れてね?」




 そうこうしているうちに流星が帰ってきた。黄昏ている凶真を不思議そうな目で見つめる。




「あぁ、えーっと…」




「少し流星くんのことを語りあっていたら疲れちゃったみたい。ね、凶真くん?」




「え、あっ、ははい。そうっす」




「…?」




 どこかおかしい様子の凶真に流星は首を傾げる。作ったような笑顔に違和感を感じた流星だったが、店員がやってきた所でその思考はシャットアウトされる。




「おまたせしました。バナナパンケーキお二つとベリーソースのパンケーキがお一つになります!」




 ハキハキした声と共にワゴンに乗せられたパンケーキが運ばれてくる。

 ベリーのソースとホイップクリームで飾られたパンケーキとバナナと生クリームが添えられたスフレパンケーキが流星達の前に並べられた。

 流星は『ありがとうございます』と一言笑顔で店員に返す。

 




「ごゆっくりどうぞ〜」




 そう一言残すと店員は領収書を渡して厨房へと消えていった。




(うんうん、いつ見てもうまそうなこのルックス…!カロリーがやばいと分かってても食べたくなっちゃうんだよな〜二郎系に似たなにかを感じるぜ…)



 流星は甘い香りを漂わせるパンケーキを前に心を踊らせる。

 ふと対面に座っている凶真に視線が向く。

 



「これが…パンケーキ…」




 凶真がまるで五歳児のように目をキラキラさせながら感嘆の声を上げていた。意外とピュアな元ヤンに流星は思わず笑みが溢れる。 

 隣からはシャッター音。響華がパンケーキを前に写真を撮っているのだろう。

 JKらしいなと思った流星は横に視線を向けるとスマホのカメラとばっちりと視線が合う。




「…響華?」




「何かしら?」




「何してるの???」




「いい笑顔だったから写真に収めておこうと思ってね。素敵な一枚が撮れたわ」




「…」




「その表情もいいわね」




 先程よりも歪んだ得も言われぬ表情の流星を前に響華はまた写真に収める。本人は満足げだが流星は未だになんとも言えない表情のままだ。一方では元ヤンが目を輝かせ、また一方では女王が満足し、その傍らでは顔を歪めるアニオタ。なかなかにカオスな状況である。




「さ、とりあえず食べましょう。見てるだけじゃもったいないわ」




「…そうっすね。食べますか」




 三人は『いただきます』と一言。

 流星はパンケーキをフォークとナイフで食べやすい大きさに切り分けると口に運んだ。

 ふわふわな食感が口に広がり、溶けるように消えていく。今度は優しい甘さが余韻に残り、流星の味覚を天国へと誘う。

 




(あぁ、幸せってこういうことか…)




 あまりの美味しさに感銘を受けた流星は心の中で感嘆の声を溢す。天にも登る思いというのはこのことだろう。





「〜!!!」




 ふと凶真に視線を向けると満面の笑みを浮かべながらパンケーキを頬張っている。ここだけ見れば元ヤンということを忘れそうなぐらいには幸せそうな笑みだ。流星も思わずつられて笑みが溢れる。

 そんな凶真を見つめていると腕をつつかれる。

 響華の方に視線を向けると、フォークに刺さったベリーの乗ったパンケーキが差し出される。

 流星は数秒の困惑の後に響華が何をやりたいのかを理解した。




「流星くん、あーん」




「あ、あーん」




 響華から差し出されたパンケーキを一口頬張る。

 口に含んだ途端に広がるしっかりとしたパンケーキの甘さ。そこに甘酸っぱいベリーソースが加わることでバランスのとれた深い味わいになっている。




「どうかしら?」




「…うん、美味しいです」




「ふふっ、それは良かったわ。それじゃ、流星くんのも私に頂戴」




「…え?俺もやるんですか?」




「当たり前でしょう?私だけあげるなんて不平等でしょ?ほら、早く」




 流星は目の前で口を開けてあーんを待っている響華を前に困惑する。どうしても流星にあーんをして欲しいらしい。響華のきれいな白い歯が目に入る。

 このまま膠着状態のままでも変な癖に目覚めそうでまずいと判断した流星はバナナパンケーキを切り分けるとゆっくりと響華の口に運んだ。

 響華はパンケーキを口に含むと数回ほど噛んで飲み込んだ。




「うん、おいしいわ。優しく広がる甘みに流星くんの匂い。それとこのシチュエーションがスパイスとなって最高においしいわ」




「…それはどうも」




「…お前ら人前でそういうことするな…見てるだけで口が甘くなってくる…」




 二人のイチャラブ(?)を見た凶真がちょっと引いた様子で流星を見つめる。この際、『別にやりたくてやってるわけじゃない』という言い訳は逆効果になるため流星はあえて何も言わない。




「案外ウブなのね」




「いやそういうことじゃないと思いますけど…」




 少し的外れな感想に流星は苦笑いを浮かべる。




「さ、流星くんもう一回よ」




「えぇ…まだやるんですか?」




「当たり前よ。満足するまで付き合ってくれるわよね?」




 結局、このイチャラブ(?)は食べ終わるまで続いた。







「ふぅ…美味しかった」




 ようやくパンケーキを食べ終えた流星は一つ息を吐く。さっきから他の客から変な視線を集めている気がするが気にしないことにした。




「素敵な一時だったわ」




「…流石に今度からは公衆の面前でやるのはやめましょうね」




「そうじゃなかったらいいってことかしら?」




 意地の悪い笑みを浮かべる響華を前にしくじったと額に手を当てる流星は瞬時にこの状況からの脱却の方法を考える。

 そんな流星の目端に入ったのは配膳の際に置かれていた領収書。反射的にそれに手を伸ばすとバッと立ち上がる。




「俺、会計行ってきますね」




「待て流星、今回は俺が払うよ」




 うまく逃げれたと確信したところでまさかの妨害が入る。凶真は流星の腕を掴むと領収書を手から奪い取った。

 流星は席を立つ凶真を止めようと声をかける。




「おい凶真、今回はいいって」




「いいからここは俺に払わせろ。久しぶりに会った記念だ」




 凶真はそう言うとレジに向かっていった。

 取り残された響華と流星は凶真の分の荷物を持つと席を立つ。

 不意に響華が凶真を見て呟く。




「神宮司…どこかで…」




 そう言いかけたところで響華の視界に衝撃のものが飛び込んでくる。それは凶真の懐から黒いカード。それは普通の学生なら所持していないであろうものだった。店員も少し動揺した様子で会計の手続きをしている。




「…ねぇ、流星くん。凶真くんの神宮司ってもしかして」




「あ、気づきました?神宮司製薬の神宮司ですよ」




 そう、何を隠そう凶真はあの大手製薬会社である神宮司製薬の社長の息子である。既視感の正体は神宮司製薬社長の帝王紫だった。

 疑問が晴れた響華は『なるほどね』といった表情を浮かべる。




「用心棒兼財源、ってところかしら?」




「まぁ実際は用心棒のほうがメインですけど大体あってますね」




「…お前ら本人が聞こえてる所でそういうこと言うなよ」




「さて、用も済んだことだし帰りますか」




「おい」




「そうね。天気もよくなってきたことだし」




「ちょっとまて」




 流星と響華は凶真からの声をシャットアウトし、逃げるようにして店を出た。

 ノンデリなバカップルに再び呆れる凶真だった。

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